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僕は、ユウキが殺されてから、生きる希望をなくした。
ただ、死んでないだけの日々。
毎日が辛かった。
学校でも、僕はガラスの様に透明な存在になった。
ガラスは傾けると光の反射で実態が見えるけど、僕はまるでそのガラスをさらに油に浸けたような存在になっていたように思う。
ガラスは油に浸けると、屈折率が限りなく近い為、全く見えなくなる。
教室は油で、僕はガラス。
溶け込んでいたという例えではなく、存在感がないということだ。
休み時間にサオリやマキと会話することは殆どなくなった。
僕としては、放っておいてくれという気持ちだったので、むしろそれでよかった。
でも、やっぱり寂しかった。
ユウキが殺されてから3日目の朝、机の中に1枚の紙が入っているのに気が付いた。
いかにも女子高生が書いた様な文字で
「今夜8時に駅に来てほしい」とだけ書かれている。
そこには差出人の名前も書かれていた。
僕は、5分前に駅に着いた。
しばらくすると彼女が来た。
渋谷に行った時と同じ格好だったので、すぐに分かった。
「ちょっとついて来てほしいの」
彼女はそう言ったが、僕は彼女の目的を特に聞いたりはしなかった。
僕達は歩きながら話した。
「ユウキくん、写真の通りになったね。タツヒコくんもやっぱり怖い?」
僕は彼女と並んで歩いていたが、彼女の目線はまっすぐ向いたまま、僕の方を見ずに話した。
「正直怖いよ。どうしてユウキは殺されたんだろう?」
本音だった。
強がる必要なんてなかったし、学校での態度からして恐れていることは安易に想像出来る。
「ユウキくんの腕、まだ見つかっていないよね?それが欲しかったのかも」
彼女の言葉に鳥肌が立った。
声のトーンが本気だった為、冗談とは思えなかったが、僕はそれを流すしかなかった。
気が付けば人気のないところまで来ていた。
彼女は何を考えてるのだろう。
何故かものすごく帰りたくなった。
「着いたわ」
彼女が急に立ち止まって言う。
木で出来た少し古い建物だった。
いくら夏といっても8時半は流石に暗くなっていて、さらに街灯の間隔も遠いためはっきり分からなかった。
「ここはこの時期かき氷屋をやっているの。私のお父さんは釣りが趣味で、その時に使う氷を運んで欲しいの」
そう言うと彼女は店の裏に回ったのでついて行く。
そこには業務用というものなのか、大きな冷凍庫があった。
「この店は私の知り合いがやってるから、盗むわけじゃないからね。ちゃんと知り合いにも言ってあるわ。黙っていてごめんなさい」
「別に最初からそう言ってくれても断らなかったのに」
彼女は申し訳なさそうに言ったので、僕はすかさず言った。
彼女が冷凍庫の扉を開ける。
ゴォーという音と共に、冷たい空気が僕達を包む。
中には袋に入った氷がたくさん置いてあった。
「この氷、どこまで運ぶの?」
僕は氷を持ち上げる前に聞いた。
「店の前までお願い。台車を置いておくから、そこまで運んでくれる?」
彼女は小走りで店の前まで台車を置きに行った。
ここから店の前までは15メートルくらいだろう。
冷凍庫から店までの道幅は狭い。
割と大きな台車なのだろう、ここまで台車を持ってくるのは出来ないらしい。
「台車置いたから、運んでくれる?」
彼女は戻って来て言った。
「私は1人じゃ運べないから、いつも小分けして運んでいるの。今度の休みにお父さんが会社の友達と釣りに行くことになって、たくさん氷がいることになったの。お父さんは忙しいから頼まれたんだけど、私だけじゃとても…」
僕が断る様な素振りを見せたわけでもないが、彼女はそう説明した。
「よっと…」
余裕だと思っていたが、いざ氷を持ち上げてみると案外重い。
女の子1人じゃとても運べそうにない。
道幅は狭く、暗く、おまけに重いため慎重に運ぶ。
ようやく途中まで来ただろうか。
突然、後頭部を金属製のもので殴られた。
氷を落とし、僕は前に倒れ込む。
僕は意識を失った。
それから何分経ったのだろうか。
次に気が付いた時には、胸に包丁が刺されいた。
その時に犯人の顔を見た。
目が合った。
とても恐ろしく、狂気に満ちた顔だった。
「何故?」僕はそう言おうとしたが、声にならなかった。
意識がなくなる。
僕はここで死ぬんだなと思った。
仰向けになりながら、顔は右に落ちて行く。
犯人の足が見えた。
その横には黄色い鞄が置いてある。
そして、僕は殺された。




