人生躍進!クイズ「ザ・アネモネア」
ここは、とある港湾の廃倉庫の中。
そこは暗闇が一面を支配し、おおよそ一般人が来るような場所ではなかった。
突然、誰かの足音が周り一帯に響き渡った。
スポットライトが、足音の主を煌々と照らし、静寂を打ち破った。
「レディース・アンド・ジェントルメン!」
その人物が仰々しく叫ぶと、数えきれないほどの照明が灯り、完全に暗闇を追い払ってしまった。いわば、光のクーデターとでも言えようか。
「さあ始まりました!クイズ『アネモネア』。本日もこの白スーツに似合わないウエスタンハットがチャーミングポイントのMr.サンクスマンが司会を務めさせていただきます。さて、今宵はどんな方が夢を掴み取るのでしょうか?今回の挑戦者は、こちらの方です!」
拍手喝采が巻き起こり、観客の視線が「Mr.サンクスマン」なる中年男性が右手の杖で指し示す奥のゲートに集まる。
「今日の挑戦者は、かの有名な蜜弓製薬株式会社の社長令嬢、蜜弓青葉さんです!」
歓声が一際大きくなり、ギャラリーの盛り上がりは最高潮に達した。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞ、挑戦者席へお掛けください」
挑戦者、蜜弓青葉は、小型のテーブルが取り付けられた真っ黒な回転式のレザーチェアに腰掛けた。
それを見届けて、Mr.サンクスマンは再び口を開いた。
「さてさて。ではルールを説明いたします。これから7つの二択問題に答えていただきます。1問目に正解すると千円を獲得し、7問全てに正解すると一億円を手にすることができます。途中でリタイアした場合、その時点で持っている金額が賞金となります。また、このクイズには『テレフォン』『ビデオ』『オーディエンス』という一度ずつ使える3つの救済措置があり、どのタイミングで使っても構いません。そして、これらの措置を一切使うことなく全問正解した場合、パーフェクトクリアということになり、貴女の願いを叶えるお手伝いをさせていただきます。わかりましたね?ではお伺いします。ズバリ、貴女の望みは何ですか?」
蜜弓青葉は一瞬口角を吊り上げて表情を元に戻すと、まるで小さな子供が親にねだるように、嬉々として言い放った。
「私ねっ、好きな女の子がいるんだけどね、その子、私を拒絶して抵抗するから、黙らせるための薬を作ろうと思ってるの。でも親や会社の人には内緒だから、レシピは完成してるけど、たくさんお金が必要なの。私の望みは、開発費の資金援助と、それを監修してくれる人を雇うことだよっ!」
一通りの事情を聞いたMr.サンクスマンは、観客に向かって両手を大きく広げた。
「素晴らしい野望です!いいでしょう。貴女がパーフェクトクリアした暁には、我々財団が誠心誠意貴女の活動を支援いたしましょう。それでは、イッツ・ショータイム!」
奥のゲートから、ボンボンをつけたチアチームや楽団がやってきて、盛大に音楽を鳴らし、再び奥へ戻って行った。
「以上、今回も『世界中に百合の花園を拡げ隊』がオープニングをお届けいたしました。それでは早速、第1問!」
『『産休したいだけなのに会社を辞める雰囲気にされてしまう』という事例が代表的な女性差別問題の一つ。何と言うか?
A:マタニティ・ハラスメント
B:マタニティック・ハラスメント』
「Aの、マタニティ・ハラスメント」
「ラストアンサー?」
「うん」
「……………………正解!」
天井のスピーカーから、パンパカパーンと祝福の音が鳴る。
「いやー、快調な滑り出しですね。この調子でどんどん進めていきましょう。では、第2問!」
『アネモネア、あなたは何人目の挑戦者?
A:4人目
B:40人目』
◆
「いやー、お見事です。いよいよここまでやってまいりました。それでは、最終問題!」
「ねえ」
「いかがなさいましたか?」
「私は、おじさん達に誘われてここに来ているんだし、私を誘う以上、おじさん達もある程度私の気持ちを知ってるんだよね?」
「その通りです」
「じゃあ、なんでこんなまわりくどい遠回しなことをしてるの?」
突然の質問にやや戸惑いつつも、Mr.サンクスマンは蜜弓青葉の瞳をじっと見つめ、半笑いをした。
「…………………………………………良い質問ですねぇ。いいでしょう、お答えいたします」
「なになに?」
「我々財団は、貴女のような百合属性を持つ方々の願いを叶えるために、少なくない犠牲を払いながら日々奔走しております。これは、その挑戦者に我々が尽力するだけの価値があるかどうかを見極める『儀式』なのですよ。もし挑戦者の願いを叶えるために犯罪を犯す必要がある際、挑戦者自身にその自覚が無くては我々も困りますからね」
「じゃあ、おじさん達は、そんな女の子達を応援するのが好きな変態さんの集団なんだねっ!」
「左様でございます。それでは改めて、第7問!」
『あなたが想いを寄せる少女、暮島那緒に対してこれから行う犯罪行為は?
A:誘拐
B:殺人』
思いもよらない選択肢に、蜜弓青葉は目を見開いて、驚きの声を上げた。
「…………えっ?」
「先ほども言いました。我々は、挑戦者に自覚と覚悟があるかどうかを審査していると。さあ、答えをどうぞ!」
蜜弓青葉は小さくため息をついて、静かに苦笑した。
「……………………それはね…………両方っ!」
◆◆◆
ここは、日本から遠く離れた異国の地。
雲ひとつない青空の下、柔らかな風が吹き抜ける広大な草原で、彼女は恋人の様子を見守っていた。
ふと、彼女のポケットの中で携帯電話が振動した。
「…………ん、知らない番号だ。誰だろ?」
ややためらいつつも通話モードにして、耳元にあてる。
「ハロー!アイムMr.サンクスマン!どうですか、その後の様子は?」
「あー、あの時の。久しぶり。私は那緒ちゃんと楽しく暮らしているよ?」
「今はどちらに?」
「南半球にある島国で、那緒ちゃんと一緒に羊と戯れているよ。人って面白いよね。あんなに私を拒絶していた那緒ちゃんでさえ、薬ひとつで私の思うがままになっちゃった。今、とっても充実してる。人生が楽しくて仕方ないよっ!」
「喜んでいただけてなによりです」
「それにしても、薬の開発の手伝いだけじゃなくて、高飛び…………じゃなかった。駆け落ちのための偽造パスポートまで作ってくれるなんて、すごく助かったよっ!」
「挑戦者へのアフターケアも、我々の仕事の内なので。ところでその件ですが、貴女方の死亡届と出生届及び戸籍周辺の改ざんが完了いたしました」
「へぇー。それじゃあ、この『密為碧羽』と『明縞那緒』名義の偽造パスポートが正式に効力を持つようになったんだぁ…………♡」
「その通りです。もはや、それは偽造品ではなくなりました。どうぞ、新たな人生を謳歌してください。それと最後にひとつ。今後この番号にかけられても、これは盗んだ携帯電話のものですので、質問等には一切お答えすることができません。ご連絡の際は、例の方法でお願いいたします」
「わかったよ。今までありがとう。じゃあね」
そう言うと、二人の通信はツーツーという音と共に途切れた。
「さ、那緒ちゃん、そろそろ行くよ」
「どこに行くんですか?」
「今日のホテルだよ」
彼女は、そっと恋人に近づき、優しく口づけをした。
「…………ホテルですか…………」
「そうだよ。あーあ、だらしない顔しちゃって。目がとろんとしているよ。で・もっ!そんな那緒ちゃんも大好きっ!」
そして、彼女は半ば強引に手を引っ張っていくようにして、心を壊した、いや、自我を殺した『恋人』を今日も地平線の彼方へと連れ去って行くのだった。
どうも、壊れ始めたラジオです。
私の小説を一通り読んでくださっている神様のような方なら既にお分かりかと思いますが、この作品は以前投稿した「揺れる、消える。」の別時間軸・三人称視点バージョンです。もし読んでいないという方は、よろしければ一読ください。
また別の作品でみなさんにお会いできるのを楽しみにしております。
それでは。