七、黄金色の日だまり
八重さんの非常に分かりやすいメモを見ながら歩くこと数分、「ベーカリー金峰」の看板が見えてきた。
「パン屋さん?」
「うん。寮の朝ごはんのパンもここのなんだって。」
木製の看板に木の窓枠、鉢植えに彩られたかわいらしい店構え。ショーウィンドウから見える店内の棚には、色々なパンがところ狭しと並べられている。ドアを押し開けると、ちりんちりんと響くベルの音と共に焼きたての香ばしい匂いがふわっと押し寄せてきた。
「いらっしゃいませっ!」
元気な声が聞こえ、奥から飛び出してきた店員に、私は目を丸くした。
身長は私より頭一つ小さいだろうか、かわいらしい笑顔の女の子だった。きちんと整えられたおかっぱ頭は目が醒めるような黄金色で、体格と髪色だけ見れば小学生にこんな格好させるなんてと親の神経を疑うけれど、彼女がただの小学生ではないことは一目で見てとれた。
おかっぱ頭にぴょこんと立った三角耳。スカートから覗く、もふもふした太い尻尾が三本。
「……狐さん?」
呟いた私に、彼女はこくんと頷いた。
「はいっ! 初めましてのお客さま方ですね。あたしは妖狐……いわゆる、化け狐です。ご覧になるのは初めてですか?」
女の子はそう言うと、なんとなく嬉しそうにその場でくるんと回って尻尾を見せてくれた。
「壺川かな子と申します。あ、えっと、何かお探しですか?」
私の手の中のメモを見て、かな子ちゃんは小首をかしげて尋ねる。彼女の耳をじっと見てしまっていた私ははっとしてメモに視線を落とした。
「ええと。焼きたてアップルパイ、ありますか?」
「はい、ございます。こちらに。」
かな子ちゃんが指し示す先、店の中央付近に、四つ切りにされたアップルパイが並べてあった。直径はやや小さめでかわいらしい大きさだが、通常よりも分厚くてボリュームがありそうだ。甘く煮たりんごがたっぷり入っているので、トングで持ち上げてみると手にずっしりと重さがかかった。これは確かに、朝練で運動して帰ってくる幸さんにぴったりのおやつだ。
「美味しそうね。ねえひとみ、わたしたちの分も買ってこうか。」
「いいね、三人でお茶しようか。でも幸さんはともかく、まだ朝ごはん食べたばっかりじゃない。ルナ、食べきれる?」
「わたしも幸さんと一緒で、甘いものは別腹なの。」
と、そんな会話をしている私たちを見ていたかな子ちゃんが、そのまん丸な目を輝かせて言った。
「お二人とも、幸ちゃんのお友達なんですか?」
私たちが頷くと、彼女はちょっと待ってくださいねと言って店の奥に引っ込んだ。ほどなくして彼女が持ってきたのは、まだ湯気が出ている本当に焼きたてのアップルパイだった。
「ここのアップルパイは冷めても美味しいんですけど、幸ちゃんは焼きたてのさくさくが好きだから。いつものサービスです。幸ちゃんによろしく。」
可愛らしい満面の笑顔でかな子ちゃんはそう言って、三切れのパイを丁寧に包んでくれた。それにしても、「幸ちゃん」って。いかにも幼馴染みとか小さい頃からの友達って感じだなあ。そういうの素敵。代金を支払って受け取った袋がほんのりあたたかい。
「毎度ありがとうございまーすっ! 今後ともご贔屓に!」
伸び上がるようにして手を振るかな子ちゃんの元気な声も、なんだかあったかかった。
「え、お礼!? やだなー、あたしが好きで勝手にあんたたち付き合わせてるようなもんなんだから、気にしなくていいのに。」
そう言いながらも幸さんの右手は誰よりも早くアップルパイを掴んでいた。寮の共有ラウンジに各々が自分のマグカップを持って集まりティータイム。ルナの持ってきてくれた紅茶の良い香りが部屋いっぱに広がる。
「うん、熱々のさくさく。これが好きなんだ。やっぱ金峰が最高だね。」
嬉しそうに頬張る幸さん。私とルナもアップルパイを口に入れる。フィリングのりんごは甘いけど、りんごのもとの味を活かしているとのことで砂糖が控えめらしく、しつこい甘さはない。さっくりと芳ばしいパイ生地とよく合っている。
「この焼きたてってことは、置いてあるやつじゃなくて出してもらったんでしょ。金峰のおばさん店に出てた?」
「ううん。かな子ちゃんって、狐の女の子。」
ルナが答える。幸さんは納得したようにひとつ大きく頷いた。
「さっすがかな子! 長い付き合いなだけあるなあ。頭上がんないわ。」
「お友達なんですか?」
私の問いに、すぐ頷くかと思いきや幸さんはちょっと首をかしげた。
「友達……っちゃ友達なんだけど、向こうの方がめっちゃ年上だしなあ。いつのまにか見た目年齢は追い越しちゃったけど。ま、遊んでくれるおねーさんって感じかな。」
驚きのあまり、私とルナは揃ってアップルパイをのどに詰まらせるところだった。
「え!? だってかな子ちゃんってどう見ても十二、三歳くらいにしか」
「妖狐だっつってんだろうに。それに小中学生がああいう風にバイトしてたら違法だからな。妖狐の基準ではあのくらいの子供だけど、年齢は軽く三桁だよ、あれ。」
「三桁!?」
この町の特殊さ……というか、妖という存在を思い知った瞬間だった。