一、はじまりと白い光
特急電車で二時間。そこから各駅停車に乗り換えて、降りた小さな駅からバスに揺られてさらに小一時間。スピーカーから、どこかが割れているような調子っぱずれの音がして、町の名前を知らせた。
ここが、私の目指していた町……。
車窓から外を眺めると、小さく長閑で、少し寂れた風景が広がっている。
本当に、こんな長閑なところに、私の探し求めているものはあるのだろうか。いえ、こんなところだからこそ、きっとあるに違いない。そう信じてる。私はそれを見付けるためだけに、この町に来たのだから。
「――次は、トイロ学園高校前。」
ここで始まる、私の高校生活。そこはかとない不安と、大きな期待を胸に、私はこの地に降り立った……。
その瞬間、脳天を殴られたような衝撃に、私はその場にしゃがみ込んだ。目の中に白い光が溢れ、神経や脳まで痛いほどに刺激する。目が開けられない。ぐるぐる回る、平衡感覚まで狂っている……。頭を押さえて膝をついた私は、そのまま動けなくなった。
「おい、大丈夫か?」
どこか遠く、上の方で声がする。それに反応する余裕すらなかった。
「気分でも悪いのか。……見かけない顔だな、口はきけるか?」
男性の声に答えようにも、頷くことしかできない。と、ずっと手に持っていたカードケースがパタリと落ちた。交通のICカードと、以前使っていた診察券、保険証、そして真新しい高校の学生証が入っている。男性はそれを拾い上げ、一番見やすい透明ポケットに入っていた学生証を見たらしい。
「トイロの新入生か。よし、ついて来い。」
ぐいっと強い力で立たされ、男性の肩に半分背負われるような形になった。完全に寄りかかって姿勢が安定したお陰だろうか、相変わらず眩しくて頭は痛いけど、ぐらぐらと不安定な感じはなくなった。男性は私に肩を貸したまま歩き出す。
「どこに……」
どこに連れていくんですか? そう聞こうとしたけれど、うまく言葉にならない。まもなくガチャっとドアの開く音がして、室内に入った気配がした。
「あら、どうしたの?」
はきはきとした、大人っぽい女性の声がする。
「ここの気に当てられたようだ。トイロの新入生らしい。この町の者じゃないってことは、入居者だろ。お前、面倒見てやれ。」
男性はそう答えながら室内を進み、私をソファに座らせた。そして私の頭を軽く両手で挟むと、脳天に息を吹きかけるようにして二言三言呟いた。
途端に、溢れていた白い光は消え、私ははっと目を開けた。
「お、大丈夫そうだな。……とはいえ、こいつは一時的なモンだ、対処を考えてやらんとな。ちょっと出てくる。」
「はいはい、行ってらっしゃい。」
私は慌てて顔を上げて呼び止めようとした。お礼を言わなくちゃ。でも、男性はすたすたと部屋を出ていってしまった。私はただ呆然と、すらっと背の高い後ろ姿を見送るだけ。
「気にしないで、あの人はいつもああなのよ。そのうち戻ってくるでしょう。どうぞ、お茶でも。」
女性がそう言いながら、私の前にコップを置いてくれた。おしゃれな切り子のグラスに入れられた麦茶が涼しげだ。
「あ、ありがとうございます。いただきます。」
お茶を一口飲んで顔を上げると、正面に向かい合って座った女性と目が合った。落ち着いた大人の、柔和な笑みを浮かべるなかなかの美人。
「自己紹介がまだだったわね。私の名前は神永八重。ここ、トイロ学園の寮で雑務をやっているわ。さっきの男は管理人の神永光。」
「中田ひとみと申します。」
私は言い、思い付いて学生証を差し出した。神永さんは微笑んでそれを受け取ると、デスクの上に置かれていた分厚いファイルをめくり始める。
「中田ひとみさん……新一年生、入居予定は本日。確かに。」
彼女は頷きながら、ファイルからプリントを一枚取り出し、学生証と一緒に私の前に置いた。それを手で示しながらにこやかに話し始める。
「この寮のおおまかな規則よ。といってもさして厳しいわけじゃなくて、常識を弁えてもらえば問題ないんじゃないかしら。東側が女子部屋、西側が男子部屋で、中央の入り口の所に郵便受けと管理人室と食堂、各階に共有スペースがあるわ。階段は両端と中央。洗濯場の時間とゴミの曜日は……ま、いいか、目を通しておいて頂戴ね。だらだら説明してもつまらないし。」
そう言ってニコッと笑う彼女は、本当に「寮母さん」という言葉の似合う、優しくてあたたかそうな人。でも、どこか謎めいた雰囲気の人だとも思えた。
「高校の三年間、短からぬ付き合いになると思うけど、よろしくね。困ったことがあったら何でも私に言って頂戴。」
「ありがとうございます。宜しくお願いします、神永さん。」
「あら、八重でいいわ。早速、お部屋に案内するわね。」
私を気遣いながらも先に立って歩き出す八重さんを追いかけて、管理人室を出た。建物の入り口の前を通ると、さっき私が降りたバス停が見える。
さっきの頭痛……あの白い光は、結局何だったんだろう。
新しい生活のはじまりに吹いた風は、少し不穏な匂いがした。