九口目 半分の飴と理解
バリボリと本来は舐めるはずの飴をかみ砕き、赤ん坊の手のひらくらいあった飴は綺麗な円の形をなくして、すでにいびつな半月になっている。
キャンディーの大きさにクラウンは満足しているようで、すぐに次の疑問に答え始めた。
「さっきの場所を『家』って言ったのはその名の通り、『家』だから。私はこんな見た目だけどね、人間とかけ離れた姿をしている者もいる。目が複数あったり、髪が奇抜な色をしていたり、人間の形をとっていないものとかね。そんな子たちが、外をうろついてたらどうなる?」
「大騒ぎになる」
「その通り。だから『家』の中で彼らは暮らす。あ、食料とか日用品とかに関しては大丈夫だよ。人の姿に変化できる子たちが、紛れ込んで買い込んでお店やってたりするし」
「変化?」
「普通の人間の姿になること。見分けるのはなかなか難しいよ。お店については今度にしようか、一度に話してもそーちゃんが理解しずらいし」
半分以上食べた飴を振りながらにこりとする。正直、この先一生知らないですんだことを理解する羽目になって、宗は頭が痛い。
それを知ってか知らずか楽しげに説明を続ける。
「『家』の大きさはその人物の力の大きさによる。あそこにいた子は随分と大きな力を持っているね、王には及ばないけど。力の弱い子は逆に『家』を作ることができないから、別の子が作った場所に住まわせてもらうか、人間に変化して日常に溶け込むかのどちらかをする」
「クラウンの場合は?」
「私はそーちゃんみたいに特殊なケースでない限り、姿を見られることがないから好き勝手出来る。過去に騒ぎとかは起こしてないから安心して。向こうで脱走騒ぎになっただけだから」
「安心していいのか悪いのか……そんなに抜け出してるの?」
「…………あそこは退屈なんだよ。空腹になることはないけど、ひどくつまらない。どんなにおいしい食事でもおいしいと感じなければ意味はない」
私はそう思っているよ。
どこか遠くを見るような表情でクラウンはつぶやくと、今度は飴をかじらずになめはじめる。どうやら説明は終わりらしい。
部屋に沈黙が落ちる。宗は説明をされたことを頭の中でまとめて、クラウンにぶつけてみた。ちゃんと理解できているかを確認するために。
「クラウンがいた世界の人たちは、許可証を持っているかもしくは不正行為をしてこの世界に来てる」
「命からがら逃げてくるって言ったほうがいいかな。まぁ、送り出したほうは罪に問われるから不正と言えば不正か」
「それで、こっちに来た人はさっき入っちゃった場所みたいな『家』という空間を作って暮らしてる。作れない人は変化して日常に紛れ込んでるか、別の人の『家』に住んでる」
「そうだね」
「さっき水球が襲ってきたのは勝手に『家』に入ったからなの?」
宗の疑問にクラウンは苦い顔をして黙り込む。何か隠しているなということがわかり、じっと探るような目を向ければ視線をそらす。
じーっと見つめていれば観念したように両手を挙げた。
「わかったよ、答える。かわりに一つ教えて」
「なにを?」
「そーちゃん、あそこで何か聞いた?」
「……少女の声で『どうして?』って聞こえたけど」
「やっぱり聞こえてたんだね」
がっくりと肩を落として溜息を吐く。長い金の髪が肩から滑り落ちてサラサラと揺れた。
その反応に目をぱちくりさせれば、自棄になったようにバリバリと飴をかみ砕き、残った棒も口の中に放り込んで咀嚼する。
その様子をじっと見ていたら、ふっと何かが通り抜けたような感覚がした。
「まただ」
ぽつりとつぶやく。
クラウンが何かを食べ終わると同時に何かが通り抜ける、もしくは抜け落ちるような感覚がする。その瞬間は違和感を感じるが、すぐにそれは消えてしまう。だが、時折残ることもある。
一度クラウンに彼が何を食べていたか聞かれ素直に答えると、目を丸くして驚かれた。が、理由については説明してくれず、何度か問いかけてみてものらりくらりとかわされた。
「そーちゃん」
「なに?」
はっとしてクラウンに向き直れば、腕を組み真剣な表情で宗を見つめてきていた。のそりと起き上がり視線をあわせれば、ややためらいながらもクラウンは口を開く。
「あそこにいる子は私たちを攻撃してきたのにはきっと理由がある」
「うん」
「私が水球を切り払っているときに聞こえたのは」
――返せ!――
「という叫びだったんだ」
「返せ?」
「そう、何かを誰かに奪われたような、そんな叫びだった」
「どうして奪われたってわかるの?」
「わかるんだよ、なぜなら……」
コンコン
クラウンの言葉を遮るように、部屋のドアがノックされた。
続きを話そうとした瞬時に口をつぐみ沈黙してしまう。
コンコン
再度、ノックが響く。
クラウンの様子を不思議に思いながら部屋の外にいる人物に宗は声をかけた。
「あいてるよ」
その声に反応しドアノブが回される。ゆっくりと開いた扉の反対側には、宗とよく似た女性が立っていた。
しかし、宗とは違い溌剌とした印象を受ける。
「あぁ、帰っていたのね」
女性はにこりと可憐にほほ笑んだ。