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呪われ少年と悪食な王  作者: 零夜
涙味のスープ
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六口目 水球と痛み

「さて、どうしようかな」


 薄く笑いながら首をかしげてじっと水球を観察するクラウン。壁によって空間が仕切られた場所にいるためか、ここまで雨は降っていない。が、目を凝らせば地面にたたきつけるような雨が、透明な壁の向こう側で降っているのがうっすらと見える。

 ちらりと宗を見下ろせば、今回のような事態は初めてなのか顔色が悪い。しかし、表情は相変わらず変わることはない。


「そーちゃん」

「……なに?」


 ゆっくり、ゆっくり、近づいてくる水球を見つめながら呼びかければ緊張のせいか、ずいぶんと硬い声で返事が返ってきた。

 恐る恐るというように見上げてくる漆黒の目には怯えが宿っている。

 それもそうだろう。先ほど水球がどんな物体かを確認するために消しゴムを投げ入れてみれば、跡形もなく溶かしてしまったのだから。


「少し離れるけど、ここを動かないでね?」

「え……?」

「大丈夫。ここにいれば、あれはそーちゃんに攻撃してくることはないから」


 ニコリとほほ笑みながら告げれば、納得のいかないという表情をしながらもゆっくりと頷く。

 いい子だねとつぶやいてから、コートのポケットに手を突っ込んで指に触れた一つを取り出す。


「ナイフ?」

「そうだよ」


 鈍い光沢を放つナイフをポケットから取り出したクラウン。形はハンバーグなどを食べる時に使うテーブルナイフに似ていた。なんでそんなものが入っているのかを問いただしてもきっと答えてはくれないので、口をつぐむ。

 いい判断というように笑みを深めると、ふっとナイフに息を吹きかける。


「大きくなった!?」

「さっきのサイズだと対処できないからね」


 チカリとナイフが輝くと、瞬きをした瞬間に本来の大きさから数十倍の大きさになっていた。調子を確かめるように一振りすると、満足そうにクラウンは頷く。

 まるで、剣のようだと宗は思った。


「もしかして、フォークとスプーンも入ってたりする?」

「あれ? よくわかったね」

「……冗談だったのに」


 まさかと思いつつ、半笑いを浮かべて聞いてみればあっさりと肯定が返ってきたので、肩を落として脱力する。

 そんな宗を面白そうに眺め、閉じた折り畳み傘を預けると駆け出す。


「よっ!」


 すぐ近くにまで来ていた水球を、ナイフを横に振るい一刀両断する。

 ジュウっという嫌な音がして、ナイフの刃先を見てみればやはり溶けていた。が、形を変えるほどではないので、にんまりと笑う。

 形を保てなくなり、地面におちた水球は水たまりのように道路に広がっている。そっと片足をつけてみるが溶けることはない。どうやら形が崩れると、ただの水になるようだ。


「ふぅん。これくらいなら、修復可能だから。……全部切り捨ててしまおう」


 再度、ナイフを構えなおすと次々に水球を切り払っては離れを繰り返していく。真っ二つになった水球はそのまま落下し、地面の色を変える。

 手の甲にはねた雫をぺろりとなめたクラウンは不思議そうな顔をした。


「なんか、しょっぱいな。これ」


 首をかしげつつも、確実に水球の数を減らしていく。

 その姿を待っていろと言われた場所でたたずみながら見つめる宗は、すごいと驚嘆しながら見つめていた。

 普段の何か食べ物をねだる姿からはとても想像のつかない姿だ。


「クラウンって、強いんだ」


 一挙一動の鮮やかさに見惚れていた瞬間


「痛っ!」


 傘が壊れた時以上の痛みが手の甲を貫いた。思わず地面に手をつく。甲を見れば黒い輪状の痣が赤々と燃えるように輝いている。

 クラウンが見たのはこれかと思いつつも、痛みという名の熱は徐々に強くなり手の甲から手全体にまで広がってきた。痛みに思わず涙がこぼれる。


「宗! 伏せろ!」


 クラウンの今まで聞いたことのない鋭い声に反射的に、地面に倒れこむ。ヒュッと空を切るような音がして頭の上を何かが通り過ぎた。


「まさかここで、発動するとは思わなかったよ」


 顔を上げればクラウンの白い背中が目の前にあった。長くのばされている左側の髪が地面をこすっているので、片膝をついているらしい。痛みに耐えつつ、ゆっくりと起き上がりクラウンと同じ姿勢をとる。周囲をぐるりと見回した瞬間、声にならない悲鳴が漏れた。

 クラウンが切り捨てていた水球よりも倍近く大きいものが、いつの間にか二人を取り囲んでいた。


「クラウン……」


 痛みを訴え続ける痣をおさえながら、こちらを振り向いた琥珀の瞳を見つめる。真剣な表情で何かを考えていたが、不意に手を伸ばしてきて宗の腰を抱くように抱える。

 クラウンは立ち上がる。急なことにあたふたしている宗の足は宙をバタバタと蹴っているが、細い腕はどこにそんな力があるのかと思うくらい、びくともしない。


「そーちゃん。口閉じて」

「…………」

「いい子だね。あと目もつぶっていてね」


 真剣な眼差しで見おろされ、言われたとおりに口を閉じ、目もつぶる。今はクラウンに頼るしかないので、従うしかない。

 宗が言うとおりにしたことを確認すると、クラウンは軽く膝を曲げ地面を蹴った。

 瞬間上から体に圧力がかかり、顔をゆがめる宗。それでも目と口は開かない。


「もういいよ」

「……なに、したの?」

「ちょっとジャンプしただけ」

 

 そっと下ろされたのはどこかの屋根の上で思わず地面と屋根の高さを確認してしまう。地面には数個の水球が輪を描いていた。が、またゆっくりとこちらに向かってこようとしている。

 

「ヒッ!?」


 反射的に宗の口から悲鳴がこぼれる。かばうように前に立ったクラウンは水球に向けて手を伸ばした。


「そーちゃんはそこでおとなしくしていてね?」


 動いちゃだめだよ、と釘を刺されブンブンと頭を上下に振る。瞬間、また手の甲に痛みが走りうずくまる。水球はフルフルと震えると一つに固まり、二人めがけて速度を増し飛んできた。


「手が痛いけど、食べれないことはない。刺激的なスープを飲むのもたまにはいいかな。どうせ飲んだら治るし」


 にやっと笑ったクラウンは、焦りも同様も見せずむしろ楽しげに呟くと、ガシッと飛んできた水球をつかんだ。ジュウッという嫌な音と肉が焦げるようなにおいが周囲に広がる。

 掌が溶かされていくが、クラウンの表情は揺るがない。ポタリポタリと白い手から血がしたたり落ち、屋根を汚す。


 その光景を宗は黙って見ていることしかできなかった。



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