四口目 疑問と始まり
「んー、ねむ」
「あらら、そーちゃん危ないよ」
眠そうに目をこすりつつふらふらしながら戻ってきた宗。
欠伸をしてうとうとしている姿は、気を張っておらずどことなく子供っぽい。思わずくすりと笑えばとろんとした目が向けられた。
「クラウン、何してたの?」
「そーちゃんの部屋を眺めていたの」
「面白いものはないと思うけど」
ぐるりと見回す。机とベッドにクローゼット本棚とあまり物が置かれていない部屋の中に何か面白いものはあるのだろうか。そんな疑問を読み取ったのか、面白かったよとクスクス笑う。
「ところでさ、あの水晶って誰にもらったの?」
「……守りの壁を張ってくれた人、だったかな」
机の上に置いてある水晶の塊を示される。蛍光灯によってぼんやりと輝くそれを視界に入れて、眠い頭を働かせて答える。
「どんな人?」
「近所に住むお姉さん、お守りくれたのはその人の弟さんだよ」
「そういう力を持つ人たちなの?」
「深く聞こうとすると、のらりくらりとかわされるの。でも、危険は少なくなったからいいんだけどね」
「そっか。ごめんね、眠いのにありがとう」
もう、寝ていいよと促される。のそのそとベッドに寝転がり毛布を引っ張り上げる。水晶を見ているらしいクラウンの表情はわからない。
どうしてそんなことを聞くのかと聞きたい、だが見つめてきた目がとても真剣だったから聞くことをためらわれた。
「クラウン」
「どうしたの」
「おやすみ」
かわりに寝る前のあいさつをしてゆっくりと瞼を伏せた。
「……おやすみ、そーちゃん」
振り返って虚をつかれた表情をしながら、あいさつを返す。つんっと頬をつついて眠っていることを確認すると明かりを消して窓に向かう。
足音を忍ばせて窓の前に立つと、クラウンの全身がぼんやりと輝く。目を細めてそのまま窓に向かって歩き出すとするりと通り抜ける。宙に階段があるように足を動かし屋根の上へ。
「お守りと守りの壁ね……」
ぐるりと周囲を見回しながらポケットに手を入れて何かを引っ張り出し月の光にかざす。それは千切れたた黒と灰色のミサンガ。宗が探していたお守りはクラウンがこっそりと回収してもっていたのだ。
「確かに守りのまじないは組み込まれてはいるけど」
鼻先に近づけてくんっと匂いを嗅ぎ、嫌そうに顔をしかめてから口を開けると放り込む。もぐもぐとそれを数回咀嚼してからごくりと飲み込む。胸元をさすって苦虫をかみつぶしたような表情になった。
「なんで、引き寄せるまじないも組み込まれていたんだろう。壁は確かにはじいているけど、少しいびつだし。あの水晶もなんか変だし」
これは少し調べる必要があるなとぼやきながら、手を目の前にかざす。
「三人が作ってくれるご飯もおいしいけど、そーちゃんのおにぎりのほうがおいしい。ちゃんとした食べ物だった。……あんなご飯だったら悪食だって言われなくてすむんだけどね」
手を拳に帰る、月を握りつぶすように。まるで仇のように睨みつける。
「成り行きで契約したけれど、私は宗のことが気に入った。まぁ、まだ食料源としてしか見ていないけど。私の考えが変わるかは宗次第ってところだね」
フッと笑う。
「だから私は帰らないよ、見せかけの玉座にな」
―――――
「また、いつものように家出されたのか!?」
「今回は何が不満だったんでしょうか!?」
「私が理由を知っているわけないだろう!」
「あなたに聞いたんじゃないですよ!」
同時刻、とある玉座の前で二人の若い男女が言い争う。しんっと静まり返った空間に二人の声が何重にも響き渡る。
耳をふさいでいた二人よりも少し年上の男は手にしている銀色のお盆で二人の頭を叩く。スパンっと小気味のいい音と、痛みにうめく声が今度は響いた。
「ここで言い争っていても仕方がないだろう。探しに行くぞ」
「わかっている!」
「わかっていますよ!」
「うるさい」
もう一度お盆で二人の頭を叩いてから深々と溜息を吐き、空っぽの玉座をにらむ。
「ったく、悪食様は今度はどこに行きやがった」
「どこに行こうと見つけ出すまでだ」
「その通り」
三人は玉座にたいしてい一礼してから足早にその場を去った。三人がいなくなると静寂が訪れる。
シンッとした空間にコツリと足音が響いた。
「あの王様があの子のところに行った」
コツコツと磨き上げられた黒曜石の床を歩き、足音の主は手にした傘をくるりと回す。玉座の前にたち鼻で笑う。
「あの坊やが、あの子のところにいたとしてもできることは何もない。精々食料源にするだけ」
ガンっと玉座を蹴る。ピシリと鈍い黄金の表面にひびが入った。
「万が一があっても、あの子は渡さない」
それだけつぶやくとすぅっと姿をくらませた。くるりともう一度傘を回して。
―――――
「いたっ」
「そーちゃん?」
急な痛みに宗は目を覚ます。本の背表紙を眺めていたクラウンはそれに気づき、覗き込む。
じんわりと涙の膜が張った眼で左手を持ちあげる。
甲の痣は赤く燃えるように輝いていた。
それを宗が理解する前にクラウンの、暗い部屋の中でもはっきりとわかる白い手が覆い隠す。冷たい手が熱を、痛みを吸い取っていくような感覚にホッとして、また目を閉じる。
「気にすることはないよ、おやすみ」
優しい声に促されるように小さくうなずいて、宗はまた睡魔に身をゆだねた。
生まれつきの呪い。
いまだ謎めくクラウンの存在。
これから起こりうるであろう非日常。
それらを受け入れるために、ひと時の休息を求めて少年は眠りにつく。