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呪われ少年と悪食な王  作者: 零夜
謎の卵は何味?
32/33

三十二口目 痛いと冷たい

 クラウンの体が大きく傾いた。


「クラウン」


 宗は立ち上がって手を伸ばしていた。地面へと倒れこむ前に腕を掴む。足に力が入りずらいせいで、そのまま一緒に崩れかける。

 が、地面に転がる前に突き飛ばされていた。


「触るな!」


 敵意に満ちた声で怒鳴られる。宗から触れると、拒絶されることが当たり前なので、そのことに対しては何の感情もわかない。

 手をさする。強く払われたわけではないが痛むような気がした。


「ごめん」


 瞼を軽く伏せて小さな声で謝る。

 宗の言葉にクラウンははっとして、顔をゆがめた。


「いや、大丈夫だよ。そーちゃん、支えようとしてくれたんだよね? ありがとう」

「うん」


 倒れはしなかったが、膝をついて荒い息を吐くクラウン。それでも、宗に微笑みかけ礼を口にする。その姿をじっと見つめ、自分の手のひらへ視線を落とした。

 

「クラウン、聞いてもいい?」

「答えられることならね」

「さっき食べてた物って体に悪いもの?」

「どうしてそう思ったの」

「クラウンの腕が冷たかったから」


 自分の手を開いたり閉じたりしながら、宗は首をかしげた。掴んだ腕がコート越しでもわかるくらい冷たかったのだ。時々、クラウンのほうから触れてくることがある。その手はひやっとするが、すぐに宗の体温を奪って温まる。

 が、今は。


「氷みたいに冷たかった」

「あー……」

「クラウン?」

「ジェフがくれたものがね、体の熱を下げてくれる成分が入ってるんだ」

「なんで、熱を下げる必要があるの?」

「私が溶けてしまうから」


 どういうこと? と疑問を含ませた視線を向けても、答える気はないらしい。立ち上がって深呼吸を始める。荒かった呼吸は次第に整っていき、苦しげに歪んでいた表情は、いつもの謎めいた笑みに戻る。

 妙な空気を断ち切るように、宗は手に持った物を掲げた。自然と視線がむかい、いやそうな表情をするクラウン。


「それにしても、厄介なものに関わってしまったね」

「本当なの? この卵みたいなのが、時を戻せるのは」

「さぁてね? 私はそれを使っているところなんて見たことがないから。ジェフの言葉を信じるのならば、すごい物だっていうことは理解できるけど」

「だから、クラウンがかじれなかったのかな?」

「そういうことは覚えているんだよね、そーちゃんは」


 何でも食べられると思っていたクラウンが食べられなかった。そのときのことはしっかりと記憶に刻み込まれている。あまりの硬さに歯を痛めて、涙目になっていたことも。

 滅多に見れない姿を思い出して、口元を緩めれば睨まれた。琥珀色の目がきゅっと細まる。あわてて唇を引き結ぶ。


「これから、どうしよう?」

「あいつらはまだ追いかけていると思うけど……」

「すごい勢いで飛んでいったよね」

 

 あっという間に見えなくなった。空を見上げながら、クラウンの脚力に感心する。ボールを蹴ったら、破裂してしまうかもしれない。


「今度やってもらおう」

 

 壊れてしまっても、クラウンが結局は食べてしまうから。

 なんてことを考えているとも知らず、いつになく真剣な表情で名を呼んでくる。

 

「また襲撃されるかもしれない。さっさと帰ろう。歩けそう?」

「たぶん」


 立つことはできているが、足はまだ震えている。全力疾走をしたせいだ。背中の痛みもまだなくならない。

 宗の様子に、クラウンは表情を曇らせる。


「ちょっと厳しそうだね」

「もう少し休めば……」

「その時間すらも惜しいな。そーちゃん、乗って」

「え」


 背を向けてしゃがみこんだクラウン。言葉と体勢から、おんぶするということなのだろうが宗は後ずさりした。くるりと振り返って、どうしたのと問いかけてくるが、あーやうーと言葉を濁す。


「そーちゃん」

「だって、クラウン怪我してるし」

 

 宗の言葉に、クラウンはきょとんとした。先ほど戦っていたとき、ちらりと見えた背中には矢が数本刺さっていた。食べてしまったのか白い背中に、痕跡はない。が、痛むはずの背中にくっつくのはちょっとと続ければ、ケラケラと笑い声を上げる。


「大丈夫だよ」

「でも」

「私に、傷はできないんだよ。痛みはあるけどね」

「……そう」


 どういうこと?

 また、口から飛び出しかけた疑問をぐっと飲み込む。言葉がこぼれていたとしても、いつものように笑うだけだろう。クラウン自身のことは何も教えてくれないから。

 さぁ、と再度促され恐る恐る白い背中に乗る。

 横顔を伺うがけろりとした表情である。本当に痛まないらしい。

 

「走るよ」

「うん」

 

 宗がしっかりとつかまっていることを確認すると、駆け出す。以前、背負われたときよりも速度が遅い。

 

「クラウン、疲れてる?」

「うん、すこし」

「そっか」


 軽く息が上がっているクラウンに申し訳ない気持ちが湧き上がる。それを見透かしたのか、振り返った顔には呆れの色があった。

 

「そーちゃんは気にしなくていいのに」

「といわれても」

「私がしたかったことだから、もう気にしない。飛ぶよ」

「えっ、わぁ!?」


 クラウンが飛び上がったので、慌ててしがみつく。肩からかけた鞄の中から、カタカタという音がした。手を離せば落ちてしまいそうなので、視線だけを向ける。

 

「割れてないといいんだけど」

「マグカップ?」

「うん」

「そーちゃんがしっかり持ってたから、大丈夫だと思うけどね」


 トントンと、軽やかに屋根の上を渡っていく。景色が後ろへと飛んでいくのを見ながら、白い背中に頬をつけてみた。ひんやりと冷たい。殴られた頬の熱が吸われていくようだ。グリッと擦り付けてみる。

 ビクンとクラウンは震えたが振り落とされることはなかった。

 

「そーちゃんは、熱いね」

「走ったからだと思うよ」

「ちゃんと、生きてる証拠だよ」


 しみじみとした口調でクラウンは呟く。感情を押し殺しているらしく、声が震えていた。そのことについても聞けなくて、宗は黙って家に着くのを待つ。

 

「とーちゃく」

「ありがとう」


 トン、と家の前に飛び降りるクラウン。その背中から滑り降りる。走っていても彼の体には、熱が戻らなかった。


「まず、水晶設置しないと」

「守りの壁がないからねぇ」


 鍵を開けて中に入り、力の入りにくい足で自室へと向かう。家の中はシンとしていた。まだ誰も帰ってきてないらしい。


「これで、よし」


 いつもの場所へと、黄水晶を設置する。水晶がチカリと輝いた。それは瞬きの間に消える。普段のように守られた感覚が戻り、宗はほっと安堵の息を吐いた。


「そーちゃん、もう大丈夫そう?」


 ふよふよと背後で浮いているクラウンを振り返り、頷く。そっかと笑ったクラウンは、手を伸ばしてきた。


「まだ、喉痛む?」

「少し」


 声は出るようになったが、ひりひりする。喉をさすりながら答えれば、その手をやんわりと剥がされた。


「ちょっと変な感覚があるかも」


 と、言うなりクラウンは喉に触れてくる。正確には、掴まれた。急な行動にピシリと固まる宗。そのまま手に力がこめられ、軽く締められる。

 

「な、にを?」


 突然の行動に動揺を隠せず、震える声を出す。出会いの記憶が引っ張り出された。

 そんな宗を安心させるように微笑むクラウン。


「大丈夫」

「あつっ!」


 カッと触れられている部分が熱くなり、声を上げる。が、その熱はすぐに収まった。白い手が離れていく。

 喉に触れる。何度か撫でて、首をかしげた。

 痛みがなくなっているのだ。


「なにをしたの?」

「ちょーっとね」

「やっぱり答えてくれない」


 いつものようにはぐらかされる。じっとりと見つめても、答えは返ってこない。聞いても仕方ないとあきらめたとき、クラウンが小さい声で呟いた。


「喉に、呪いの力がくっついていたんだよ」

「え?」


 それを拾い上げて、驚きの声を上げる。反射的に喉へと触れた。違和感は特にない。

 ふわりと近づいた琥珀の目を見上げれば、ウロウロと動いている。まるで、伝えることを迷うように。


「教えて」


 宗の言葉にゆっくりと瞬きをする。視線が手の下にある喉へと注がれた。


「ずっとそーちゃんを見下ろしていたし、感情に振り回されて気づけなかったんだけど。おんぶて振り返ったときに見えたんだ」

「なにが?」

「宗の、喉に張り付いている奇妙な模様が」

「俺の声が出なかったのは、それが原因?」

「だと思う。その呪いの証と似ている赤黒い模様が」


 ここにと、自分の喉を示すクラウン。手の甲を見る。そこにはくっきりと刻まれた楕円形の模様。

 これが、喉にも。想像して宗は身震いする。


「呪いと同じ感覚がしたから、私が食べちゃった。ごまかしたのはそーちゃんを不安がらせないためだったんだ」

「教えてくれないほうが、逆に不安」

「わかった。今度から伝えるよ」


 呪いに関わることは、とクラウンは約束してくれた。ほっとしながら、ベッドに座る。そのまま横になれば、睡魔がやってきて瞼がおちていく。どっと疲れが出てきた。

 

「そーちゃん、眠い?」

「うん」

「そりゃそうだよね。全力疾走して、いろいろ追い詰められたから」


 寝ていいよと、優しい声が降ってくる。ひやりと冷たい手が、サラリと髪をなでた。


「私が見張っておくから。お疲れ様、そーちゃん」

「クラウンも、休んでね」

 

 重い瞼を持ちあげて見上げれば、クラウンは目を丸くした。そうだねと、曖昧に微笑みながら頷いたのを確認し、目を閉じる。


「おやすみ」


 緊張の糸が緩んだ宗は、安堵に包まれながら眠りに落ちる。なにがあっても、クラウンがいるから大丈夫。

 そう思いながら。

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