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呪われ少年と悪食な王  作者: 零夜
謎の卵は何味?
29/33

二十九口目 逃げると追われる

 鞄を両腕で抱え、よろめきながら走り続ける宗。熱風が上と下から容赦なく襲いかかる。そのせいで、彼の白い額から滴がいくつも滑り落ちていく。

 不規則に荒れる呼吸を、時々立ち止まっては整え走り出す。


 走り続けなければいけない。

 後方に意識を向けつつ、裏道や広りを交互に走り続ける。

 

「つ、ぎは……こっち」


 子供のころ、呪いを自覚した時から、宗は人目につかないように知恵を絞って生きてきた。巻き込んではいけないと本能が、なぜか理解をしていた。

 知恵の一つとして、彼は自分の住む町のありとあらゆる道を通り覚えた。何回も、目を閉じても迷わずに目的地へつけるくらいに。

 誰も巻き込まないために。


「こんな、ところで、役にたつ……とはお、もわなかった、けど」


 角を曲がり、立ち止まると深呼吸をする。

 耳を澄ませた。彼自身の呼吸音しかその場に響かない。

 近くに誰もいないことがわかると、ずるずると足の力が抜け、へたりこむようその場に座り込んだ。

 常にそばにいるクラウンとは、引き離されてしまっている。彼に助けを求めるように、何度も名前を呼ぶが来る気配はない。

 

 宗は理解していた。

 彼がなんらかの方法で居場所を特定していることを。

 今は、それができていないことを。それでもすがるように、何度目かの名前を吐き出した。

 

「何とか、切り抜けな、いと。……クラウンが、いつかは気づいてくれる」


 自分に言い聞かせるように呟き、滲んだ視界を瞼を閉じることによって遮断する。深呼吸をしながら、幕が持ち上がるように瞼を開く。その瞳に揺れていた動揺は、黒に飲まれ消えていた。


「いったい何が起こったのか。どうして、俺は追いかけられているのか。それを順番に思い出してみよう」


 落ち着くためか無意識に鞄を撫でる。宗は店を出たときまで記憶を遡らせようとして、眉を寄せた。


「痛い」


 手を見下ろすと小さなかすり傷がたくさんあった。赤くなっているが、血は出ていない。


「原因ってあの風だよね……」


 店を出た瞬間に、視界を覆った茶色の強烈な突風。反射的に目を閉じれば、吹き飛ばされないように掴んだ手が。

 彼は、それをクラウンの手だと思い安堵した。飛ばされないように、守るために。

 

 だが、すぐにその考えを捨てた。

 

「クラウンの手は陶器のように冷たい。でも、優しい」


 時々触れてくる真っ白な手とその温度を思い出して、表情をゆがめる。

 腕まくりをするとあらわれる、くっきりと残る手形。指の太さまではっきりとわかる痕が、彼の頼りない腕に刻みつけられていた。


「あの手は、乱暴で痛かった」


 クラウンじゃないと理解した宗は、すぐにその手から逃れようともがいた。名前を呼ぼうとしても、風が邪魔で声を張り上げる事が出来なかった。

 がっちりと腕を掴んだ手の主は、吹きすさぶ風に乗せて言葉を伝えてきた。ひどく嫌な響きを含ませて。


『それを渡せ。そうすれば、命は助けてやる』


 鞄を渡せ。


 そう告げられた瞬間、宗は無我夢中で抵抗した。自分を拘束し脅してくる未知の者から逃れようと必死で抵抗した。

 だが、抵抗は許さないと腕をつかむ手に力を籠められ、ミシリと骨が音を立てた。

 それでも、逃れようと暴れたとき。

 唐突に腕をつかむ手がなくなった。


 その瞬間、聞こえたのはうめき声。

 同時に宗の背はなにかに押された。優しい熱を持つなにかに。

 クラウンじゃないことは分かった、彼の熱はとても冷たいからだ。

 

「あの熱は一体なんだったんだろう」


 その熱はじんわりと染み込み、体を軽くさせた。逃げろと誰かの声が響いた瞬間、宗の足は勝手に動きだし走り出していた。

 クラウンと離れるのが怖かった。得体のしれないものと対峙するから傍にいて欲しかった。

 だが、宗の意思とは裏腹に体は勝手に店から離れていった。

 そして路地に入った瞬間、何かを通り抜けた感覚と


「捕まえてきたやつと、そいつの仲間に見つかって追いかけっこだ」


 整った息を深く吸い込み、肺の中身を空っぽにするようにため息を吐く。ちらりと、視線を左手の甲に落とした。痣はぼんやりとした色に染まっている。その色は、黒と赤が混じりまるで血のようだった。

 頭を振って意識から追い払い立ち上がる。


「いまは、呪いのことは考えない」


 慎重に角から顔をだし、誰もいないことを確認するとゆっくりと歩きだす。


 誰もいない(・・・・・)道を。


「だーれもいない」


 鞄から携帯電話を取り出して、再度電波の確認をする。圏外という文字が、液晶の上部にぽつりと浮かんでいた。瞬きを数回しても、じーっと眺めてみても、つま先立ちをして腕を伸ばしてみも、文字から棒線に変わることはない。


「何度確認してみても、圏外」


 中に戻し、大事なマグカップが壊れていないかを確認する。新聞紙で包まれたそれは、触ってみるが壊れているかはわからない。

 口をへの時に曲げながら、鞄を閉じようとした瞬間。

 斜めになっていた開け口から、コロリと卵型の実が落ちそうになった。地面へと落ちる前に、慌てて手を伸ばす。

 

「危なかった……」


 地面に着く前に何とかつかめたので、ほっと息を吐く。

 今は些細な物音も、居場所を知らせる鍵となってしまうからだ。

 微かな足音が聞こえてきたので、仕舞わずにまた走り出す。

 

 彼は、この静かな空間に覚えがあった。


「璃華様の空間に入った時と同じだ」


 また角を曲がり、息をひそめる。盗難騒ぎを終わらせたあのあと、クラウンに教えてもらったこと。

 記憶をはっきりとさせるために、小さな声で簡潔につぶやく。


「彼女がいた場所は『家』、住む場所。核となるものが必要で、あそこの場合はあの社。あれに力を注ぎ続ければ、半永久的にあの壁が現れ続ける。そして、招かれたものや力のあるもの以外は入ることはおろか、意識することさえもない」


 だが、この場所は違う。

 宗は周囲に視線をむける。

 

 生き物の気配がない。さらに空の雲や、風に揺れるはずの木の葉、色を変える信号機なども、全く動かない。まるで時が止まったように。

 彼はもう一つ、教えられたことを思い出す。

 それが、今の状況に当てはまっていたからだ。


「『空間』だったか、な。『家』とは違って一時的なものだけど、どこにでも出現させられるもの。指定したもの以外は、入ることも出ることもできないんだっけ。時間が経つまで」


 だからこうして逃げまわっている。額から汗を流し、ガクガクと震える足を叱咤して、走り続ける。折れそうになる心を、奮い立たせ時が過ぎるのを待つっている。


「この場所から逃れる方法は二つ。でも、一つはクラウンじゃなきゃ無理だし、そもそも実行できるかがわからない。だから、もう一つの時間が過ぎるのを待つしかないんだ」


 ぎゅっと鞄を胸元に抱え込み、不安を握り潰すように手の中の見を強く握りしめる。

 足音が大きくなった。それに気づいた宗は走る速度をあげる。

 

 宗の体力は限界に近かった。暑い日に、水分を取らずに全力疾走。見知らぬ集団には追いかけられ、守ってくれるはずのクラウンも傍にいない。

 精神的にも不安定な今の状態が、さらに体力を削る。


 集中力が緩みがちになる。


「逃げなきゃ」


 鞄を渡すわけにはいかないと、宗は自分に言いきかせ、瞬きを何度もする。


 息継ぎをするために大きく息を吸った瞬間、背後から伸びてきた何かに髪をつかまれた。

 痛みにかすれた悲鳴を上がる。

 腕も掴まれ引きずられる。抵抗しようと踏ん張るが、走り続けた足に力は入らない。抵抗むなしく、行き止まりの壁に背中をたたきつけられ、衝撃で宗はむせた。


「ちょこまかと逃げて、手間をかけさせやがって」


 鈍い音がひびき紅潮していた頬は、別の赤に染まった。

 殴られたと彼が理解する前に、小さな壁に押し付けられ、か細い呼吸がさらに弱まる。


「さっさと渡せばよかったものを」


 ざらりとした気味の悪い声音が、暗い行き止まりに響く。宗は、霞む視界のなか、何とか状況を把握しようとした。

 彼を壁に押し付けている人物の背後に二人いる。

 三人とも、足元まで隠す外套をまとい、フードも目深にかぶっていた。かろうじて見える口元と、肌は青く明らかに人間ではないことがわかる。


「や、だね」


 何とか声を絞り出し、相手を睨む。胸を押さえつける手が首にかかり、さらに呼吸を圧迫した。それでも、宗は睨み続けた。鞄の中にあるマグカップはクラウンに渡す大切な物。だから、鞄は渡せない。


「そうか」


 濁った息が顔にかかる。酸素が入ってこないので宗の目が虚になりはじめる。それでも、彼は体をよじったりして抵抗をする。

 

 死にたくないからこそ、暴れるのだ。


 宗は、弱弱しくても抵抗をする。最後まで自分があきらめなかったと、意識が途切れるまで理解しつづけるために。


「そうか、ならば殺してからゆっくりと奪おう」


 手が離れ、一気に酸素が入ってきてまたむせる宗。

 殺すという宣告に、地面へ崩れた体を起こし逃げようとる。

 が、背後の一人から剣を受け取った相手は、見せ付けるように鞘から刃を引き抜いた。


 チカリと、空から降り注ぐ光を反射して刃がきらめき、幼い顔を照らす。

 その先端がゆっくりと振り下ろされていく。見せ付けるように、恐怖を煽るように、刃をゆっくりと近づけていく。

 

 それを見つめながら、宗は名を呼んだ。力を振り絞ったその呼び声は、無音の空間を突き抜けるような大声だった。


「クラウン!!」


 様々な思いに彩られた絶叫は空に吸い込まれる。


 何かが割れる音がした。まるで返事をするように。空から行き止まりの入り口になにかが降ってきた。


 宗は、それがなにかわかった。見えなくてもわかった。


 それは少年と初めて出会った時とは違う姿をして現れた。

 

 地を揺るがすような轟音を立てて、姿を変えて、現れた。


「みーつけた」


 鮮やかな白と金の中で、その場にいる全員を濁った琥珀色に映したそれは、ニタリと不気味に笑った。

 


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