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呪われ少年と悪食な王  作者: 零夜
謎の卵は何味?
28/33

二十八口目 マグカップと突風

「うーん……」


 不快そうな声を漏らしながら、チラチラと振り返ることを繰り返すクラウン。

 宗も気になり咳をしながら、時々振り返るがなにもない。誰もいない。

 しかし、金の髪を揺らしながら背後を振り返る彼の表情は普段よりも強ばっている。


「なにか、気になることがあるの?」

「チクチクしたものが背中に刺さる……気がする」

「刺でも入った?」


 手を伸ばしかけたがすぐに引っ込める。宗の言葉に違うと首を振り否定をしたからだ。

 むず痒いらしく、両手で自分の背を触っている。


「刺じゃないね、うーん視線かな?」

「誰かに見られているってこと?」

「たぶん。でも離れすぎているからよくわからない。それに……もしかしたら」


 言いよどむその表情には暗い影が落ち、琥珀の目もかげる。心なしか金色の髪や、白いコートも煤けて見えた。

 そっと、飴を一つ差し出してみる宗。


「そーちゃん」

「何か食べたら元気でるかなって」

「でるけどね」


 あきれ混じりの笑みを浮かべながらも飴を受け取り口の中に放り込む。いつものように噛み砕かずにコロコロと舐めた。

宗も、包装から黄色の飴を取り出し同じように舐める。

甘い香りが漂い、それを吸いながら再度問いかける。言われたからではないが、自分の背にもチクチクとしたものが刺さり始めたからだ。


「それで、もしかしたらって?」

「前にさ、私のことを連れ戻しに来るのがいるって言ったよね? 彼らかもしれなくて少し憂鬱。今はなにもしてないのに」

「何かしたらいけないの?」

「普通に生活するのは構わないんだよ。ただ、私はお腹がすきすぎると暴れるし、溶ける(・・・)からね」

「ん?」


 今、聞き逃してはいけないような言葉が聞こえた。それはクラウンの大きなため息に飲み込まれて消えてしまう。

彼がため息を吐く姿を初めて見たからだ。


「クラウンもため息吐くんだ」

「そーちゃんは、私のことなんだと思っているのさ」

「いや、お腹すいたっていう悩みしかないのかと」

「ひどいな……私にだって悩みの一つや二つはあるよ。面倒なにが今回の件に関わっているみたいだしね」


 あー頭痛いとぼやきながら米神を揉む。その様子からかなり苦悩しているようだ。少し丸まった背中に哀愁が漂っている。


「面倒なやつってなに?」

「んー? 私の側近の一人だよ。私の話を聞くし、理解もしれくれる。聞いてくれるけど、笑顔でバッサリ却下、というのはよくあるけど」

「女? 男?」

「男だよ。ご飯のリクエストを聞いてくるくせに、もったいないのでこれにした、とか言って別のものを食べさせてくるし」

「……母さんが、たまにやるよ」


クラウンの嘆きがおかしくて、小さく笑う宗。それを複雑そうな表情で見下ろし、意外な一言を放る。


「そーちゃんも、既に会ってるよ」

「こほ……え、誰に?」

「今、話題に出てる側近に」

「いつ、どこで!?」


 反射的に声を上げれば、白い手がその口を塞ぐ。暴れそうになったが、静かにしなさいとたしなめられ大人しくなる。

 ゆっくりと手が離れていくと同時に、宗の口から再度咳が漏れた。

 コホコホと何度も苦しげに咳き込めば、大声を出すからだとクラウンの呆れた声が降ってくる。


「私が少し離れていた時に、誰かとぶつかったって言ったよね?」

「まさか、その人?」


 スーツを身に着けた色気のある男性の姿を思い出す。しかし、彼が側近の一人だと言われてもいまいちピンとこない。クラウンのようにどこか奇抜であれば、信じる事が出来たかもしれないが。

 いぶかしんでいる表情に気付いたのだろう、また溜息を吐いた。


「そーちゃん、君は璃華……いや、立藤の姿を思い出してごらん?」

「あ」


 勾玉の件がなければ、クラスメイトの一人という関係で終わっていた友人の顔が浮かんで消えた。

 偶然なのか、それとも呪いに引き寄せられたのか。あの出来事がなければ彼が異人だということなど、知ることもなかっただろう。本当ならば知らなくてよいことだったが。

 

「つまり、そういうことだよ」

「でも、髪の色や眼の色が」

「ジェフはまじない使ってないよ。元々黒髪灰色目だから、人間の中に溶け込むなんて造作もないことさ」

「ジェフっていうんだ」


 わずかな会話だけだったが、その強烈な印象と独特のハスキーボイスはすぐに思い出せるほど記憶に刻み込まれている。


「コホ……で、その人がどうかしたの?」

「気になるの? 聞いて後悔しない?」

「しない」

「……それ、君に渡したのってきっとジェフだよ。私を試すために」


 ぽかんとした顔になった宗は、思わず鞄の上から問題になっている物を撫でる。その様子を見下ろしながらも再度、ため息を吐く彼はひどく苦々しい表情をしていた。まるで、言いたくなかったと言わんばかりに。


「試すってなにを、どうして俺に?」

「……まだ、知らなくていいよ」


 思わず詰め寄れば、弱弱しい言葉がぽつりと落ちてくる。

 迷子のようなその表情に、二の句が継げなくなり宗は顔をうつむかせる。とんっとクラウンに背中を押されるとのろのろと止めていた足を動かす。

 重苦しい嫌な沈黙が二人の間を漂う、それは雑貨屋に着くまで流れ続けた。


「ここだよ」

「色々なものが売ってるね」

「食べちゃダメだからね」


 数分前の弱弱しさはどこへ行ったのか。一転してキラキラ目を輝かせ、腹をなでるクラウンに釘を刺し店内に入る。

 食べ物、日用品、アクセサリー、様々な商品が並べられている棚の間をすり抜け、目当てのものが陳列されている場所に向かう宗。迷いのない足取りは、幾度もこの店に来店していることを証明していた。


「うーん、次のやつどうしようかな」


 店内には他の客もいるのでクラウンはぶつからないように宙に浮く。ふわふわと浮かびながら、楽しそうな表情で悩んでいる黒いつむじを見下ろした。


「クラウンも、一緒に選んでよ」

「えー、私の基準だと」

「美味しそうか、まずそうでしょ。柄を選んでくれるくらいいじゃないか……ケホッ」


 不審に思われないように囁けば、仕方ないなと言いながらも隣にきて陳列されているマグカップを一緒に眺めはじめる。

 気に入った柄を手に取り、これはどうか、それともこっちはどうかと、ひそひそと二人で相談した結果、二つにまで絞られた。


「どっちがいいの、そーちゃんは」

「うーん」


 一つは、クリーム色にカラフルな水玉がちりばめられたポップなもの。もう一つは、モスグリーンで真ん中に白いボーダーがぐるりと一周しているシンプルなものだ。

 大きさは二つとも同じで、持ち手も似たような形である。値段も同じ。

 どちらの柄がいいのか、宗は決めあぐねていた。


「悩むね」

「悩むよ。壊れる可能性は高いけど、しばらく使い続ける物だから」

「ふーん。私の個人の意見としてはこっちのカラフルなほうがいいかなと思うよ」

「おいしそうだから?」

「それもあるけど。そーちゃんの持ち物ってシンプルなものが多いでしょ。たまには、華やかな物でもいいんじゃないかなと思ってね」


 その言葉に宗は目を丸くした。

 彼の言うとおり持ち物はシンプルな無地のものが多い。柄があったとしても、ワンポイントだったり控えめだったりと、極端に言えば地味なものだ。

 目を丸くして驚いたのは、そんなところまで見ているとは思っていなかったからだ。


「小さなことでも見てるんだ」

 

 ぽつりと店内のざわめきに紛れ込ませるように呟く。表情は複雑なもので、何を考えているかはそこから読み取ることは難しい。


「そうだ」


 ふと、瞬きをした宗は咳き込みながらも目を輝かせる。口元を少しだけ緩め、表情を楽しげなものに一転させると、両手に持っていたカップを握りしめレジへと向かう。


「二つとも買うの?」


 不思議そうな声が背中にぶつかるが答えずに、会計を済ませると大事に鞄の中へとしまう。

 緩んだ雰囲気から機嫌がいいことがわかり、そのまま店内を歩き始めた宗の後ろへと降りるクラウン。


「何を考え付いたのかな?」

「今は、内緒」


 不審に思われない程度に振り返り、宗が人差し指を唇の前に立てる。クラウンは驚いたが、すぐにむっとした表情となり拗ねた表情になった。


「買うもの買ったし、帰ろうか」

「そうだね。風邪気味みたいだから、少し寝たら? さっきから咳ばかりしているみたいだし」

「風邪なのかな、これ」

「声がかすれているよ」


 唇を尖らせているクラウンに苦笑いし、喉をさすりながら店の外に出る。その後についていくクラウン。チリンと軽やかなベルの音と、店員のあいさつを聞きながら扉をくぐる。


 二人は、気づけなかった。宗の細い喉に、じわりと滲みだすように不気味な模様が現れたことを。

 なぜなら、


「うわ!?」


 外に出た瞬間。目を開けていられないほどの風が二人に叩きつけられたからだ。バサバサと服の裾や髪が風に煽られ音を立てる。

 嵐と言い表せるような風は、視界だけでなく呼吸も奪おうとしてくる。迂闊に目や口を開けば砂が容赦なく入ってきた。


 風の中で何かが動く音がした。

 それが何かを判断する前に、唐突に風は止んだ。


「今のは……」


 歩行者も突然の風に戸惑いを隠せず、皆一様に困惑した顔をしている。あまりの強さに、道路に転がってしまった人に手を差し出す人や、倒れた看板などを直す人。ぶつくさ文句を言いつつも、先を急ぐ人。

 多種多様な反応を見つめつつ服についた砂埃を払う。髪をかきあげるようにして指を通せば、ジャリっした感触。


「連れていかれたぞ」


 そこに、黒いスーツをまとった男が現れる。

 独特のハスキーボイスと靴音を響かせながら悠々とやってくる。憎たらしいほどに整った顔に色香を漂わせ、意味ありげな笑みを浮かべると目の前で止まる。


 何も答えずに不審な眼差しを向ければ、体を起こした彼が銀灰色の目を動かし、視線で地面に転がる物を突き刺す。それにつられるように視線を向けた先には、見慣れた、先ほどまで舐めていた飴。

 油の切れたぜんまい人形のようにぎこちない動きで、自分の隣に場所に顔を向ける。


 誰もいない。隣にいない。気配すらない。

 

 吹き飛ばされてしまったのかと、冗談のような考えが浮かぶ。が、その考えを読み否定するように


あの子供は(・・・・・)攫われた」


 男から発せられた言葉に空気と表情が凍りつく。


「どうするんだ? あんたの判断に従おう」


 男、ジェフは歌うように告げ胸に左手を置いて優雅に一礼をする。

 

 こわばった唇を動かしかすれた声で彼は、名前を絞り出した。

 攫われた子供の名を。


「宗」


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