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呪われ少年と悪食な王  作者: 零夜
涙味のスープ
21/33

二十一口目 プリンと表情

「あ、目が覚めた?気分はどうだい?」

「……俺は、ここは?」

「ここは家でベッドに寝てる。そーちゃん、倒れたんだけど覚えてる?」

「なんか、寒気がしてぐらぐらして、話し声がしてたけど途切れたっていう記憶はある」

「そっか」


 ぼんやりとした宗の視界に、キラキラと金色の雨が降る。時々翠の光が混じった。

 白い空にたくさんの雨が降っているのが眩しい。


「いま、何時?」

「五時半。あの場所にいたのが大体四時過ぎだったから、約一時間くらい意識飛ばしてたね」


 かすれ声の問いに返事がかえってくると同時に雨と光がどこかにいく。追いかけるように顔を動かせば、クラウンが楽しげな笑みを浮かべて椅子に腰かけた。


「なにかと思ったらクラウンの髪の毛か」

「ん?」

「なんでもない。……クラウン、なに食べてるの?」


 机の上で無造作に転がっている、青と薄黄色の澄んだ欠片を指でつまみ上げて口に運んでいるクラウン。飲み込むたびに髪がキラリと輝く。


「あの二人の力の欠片」

「そういえば、似たようなものをばら撒いていたけど、それは結局どういうものなの?」

「説明すると複雑でややこしいからざっくり簡単に言うと、力の塊」

「えーとつまり?」

「ばら撒けばさっきと同じことができるよ。まぁ、説明はまた今度ね」


 最後の一つを放り込み満足そうに息を吐く。まだ、ボーッとする頭では理解できてないだろうと思ったので、ほぼ投げやりに返事をしたクラウン。

 宗はぼんやりとした表情でうなずき、また目を閉じてしまう。


「まだ眠い?」

「少し」

「わかった。私は外にいるから起きたら呼んでね」


 止める暇を与えずに壁をすり抜けて外へ。だが、今の宗にとっては好都合だった。白い背中の上で揺れていたときの断片的な記憶を拾い上げるために。


『あんたは何者だ』


 立藤の声が反響して聞こえた。それにクラウンはいつも通りの答えを返す。王様だと。

 だが、噛みつくように彼はなにかを言った。


『あんたを   い!』

『妾もな』


 その言葉を聞いた瞬間、クラウンはとても冷たい空気をまとった。冷たくて凍えそうで、辛うじて引っ掛かっていた宗の意識が闇に飲まれそうになるほどに。


『もしも、それを宗に  たら、お前らを  てや 』


 ハッキリと区切りながら言葉を吐き出すその声には確かな怒りが込められていた。それに対して二人がどんな返事をしたのかは聞こえなかった。聞こえなくてよかったと宗は思った。

 

 聞こえなかった、クラウンの言葉を聞きたくなかったからだ。

 クラウンに決定的な恐怖を抱きたくないから。


『……あぁ、そうだ。お前たちを助けるために宗は――』


 その後嘲るような口調で何かを言い放っていたが、限界を迎え意識がぷっつりと途切れた。

 目を閉じたまま深呼吸をし、胸の中にあるモヤモヤを吐き出そうとする。が、何度やっても気分が晴れないので、目をあける。


「クラウンは、クラウンだ。何かを隠していても、ちゃんと俺が疑問に思ったことを説明してくれるし、守ってくれる。だから疑っちゃだめだ」


 言い聞かせるように呟いて、毛布を頭まで被ると無理やり眠りについた。

 

「そーちゃん。晩御飯だってよ、起きないと」


 ユサユサと揺さぶられて宗の意識は浮上した。頭までかぶっていた毛布は剥がされていて、クラウンの整った顔ドアップが目の前にあった。反射的に叫びそうになったのを防ぐように白い手が、口をふさぐ。


「晩御飯だってよ」


 目を白黒させるのでもう一度告げればパチパチと瞬きをしてコクンと頷いた。ベッドから降りてリビングに向かおうとする宗はくるりと振り返り、何かを言おうとする。


「ご飯食べたら聞くよ」


 呼んでるよと促せば渋々と階段をおりていく。

 ぼふっとベッドに腰掛ける。

 宗が眠っていたので、まだ温かい。ポフポフと彼の頭を撫でるように数回たたき、コートのポケットに手を突っ込む。


「何を聞きたかったんだろう。ま、いいか」


 さてと、と呟きポケットから手を引き抜いて、スプーンと紺色の容器を取り出す。それの匂いを嗅ぐとペロリと舌なめずりをした。


「クラウンー、いるー?」

「いるよー」


 いつもよりも少し早く食べて自室へと戻った宗は、小声で呼びかけながら中へと入る。

 机に肘をついて頬杖をついていた姿を見て、ほっとしながらベッドに腰かけるとじっと見つめる。その視線を気だるげに受け止めれば、しばらくの間沈黙が流れた。

 

「さっき何を言いかけていたんだい?」


 静かにクラウンが促せば、深呼吸をした後に意を決した表情になった。


「何が食べたいの?」

「ん?」

「今回の件、手助けをしてくれる代わりに俺は何でも食べていいって言った。だから、クラウンは何が食べたいの?」


 沈黙がまた落ちた。

 宗にとっては嫌な沈黙が。

 ドクドクと心臓の音がはっきりと聞こえ、手にジワリと汗をかく。

 

 クラウンが何を望んでも、宗は差し出さなければならない。

 それが今回の取引。

 ……たとえ、宗の一部を望んだとしても。


「あぁ、もうもらってるから気にしなくていいよ」

「はぁ!?」


 素っ頓狂な声が出た。思わず立ち上がって、クラウンの肩をつかむとがくがくと揺さぶる。

 バサバサと金の髪が揺れて、頬に当たって痛いが今はそれどころではない。

 宗はパニックを起こしていた。


「どこ、何を食べたの!?」

「そーちゃ、おち、落ち着いて」

「これが落ち着いていられると思う!? 俺の何を食べたの!?」

「確かにそーちゃんのものは食べたけど! そーちゃん自身は食べてないから落ち付け!」


 スパンと頭を叩かれてようやく宗は止まる。

 痛いと頭を押さえるのを見下ろしながら、乱れた髪を手櫛で梳いて戻し戻し、コートのしわを伸ばす。


「うっ、きもちわる」

「だって、覚悟してたのに……」

「なに? 私がそーちゃんのどこか食べると思った?」

「だってよく食べさせてとかいうから」


 いろいろと覚悟を決めていたのに。床にへたり込む宗を見下ろしてあーやうーなどといったうめき声を出すクラウン。

 確かに、ふとした瞬間に食べていいかと聞いたりしていたのはクラウン自身なので、考えてしまうのは仕方がないことなのだろう。


「もう食べたから、そーちゃんは気にしなくていいよ」

「結局、何食べたの?」

「これ」


 ズイッと目の前に突き出された紺色の容器に目の色を変え、わなわなと震えだす。ニヤリとしながらそのカップもムシャリと食べ始めたクラウンに宗は涙目を向ける。


「なかなか食べれない、俺の数量限定の楽しみにとっておいたプリン!!」

「だって、そーちゃん何でも(・・・)食べていいって言ったでしょう?」

「言ったけどさ」

「そーちゃん嫌だと言いそうだったから勝手に食べたよ」


 にこにこと無邪気に笑うクラウンに恨めし気な目を向け続けるが、実はほっとしていた宗。それを見透かしたように額をつつく。


「だってそーちゃんのどこかを食べたら生活できないでしょう? 本当は指の一本でも貰おうかと思ったけど、思い直してプリンにしてあげたんだよ」

「それは、確かに、ありがたいけど……俺のプリン」

「プリンはまた買えるでしょう?」

「それはそうだけどさ……俺が買いに行くと高確率で売り切れになってるんだよ」


 珍しく文句を言い続ける宗、それだけ楽しみにしていたプリンだったらしい。

 容器もぺろりと食べつくしもうないよと両手をひらひらさせれば、がっくりと肩を落とした。


「大丈夫だよ、私がついていけば。私が食べたいと思えば、あるはずだよ。私の食べ物への執念は知っているでしょう?」

「知ってる、よーく理解してる。ならさっそく明日買いに行く!」

「わかったよ」


 珍しくクルクルと変わる表情がおかしいのかクラウンは笑いっぱなし。

 その様子を見てふくれっ面になるが、それ以上文句は言わない宗。


「そーちゃん、これからももよろしくね」

「よろしく、クラウン」


 改めて告げられた言葉に不思議そうにしながら返す。

 一瞬二人の間を金色の光の糸のようなものが繋いだのが見えた。

 瞬きをすれば、消えてしまったのでそれは幻だったのだろう。

 

「あの涙は美味しかったね……仲良きことは美しきかな」

「え?」

「なんでもないよ」


 含みのあるクラウンの言葉を残して、勾玉をめぐる今回の騒動は収束した。


 二人の間にそれぞれの謎を残して。


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