二十口目 罰と恩人
「宗?」
「彼女は罪に問わず謝罪すればよいという。立藤は罪を犯したという意識はあり、謝罪するだけで終わるということに戸惑っている。クラウンは罪を罰しないというということに苛立ちを覚えている。三人とも間違いないな?」
ぐるりと三人と目を合わせて問いかける宗。その表情はいつもと同じ無表情ではあるが、どこか雰囲気が違う。その違和感にクラウンは首をかしげるが、口を閉じておく。
それぞれ頷いたのを確認すると、腕を組んだ。
「重罪ならば、それ相応の罰を与えなければならない。罪には罰を。だが、罰という表現をお前は拒んでいるのだろう?」
黒曜石の目が少女を映せばハッとした表情になり、数回頷く。
「ならば、罰ではなくお前がしてほしいことをしてもらうというのはどうだ?」
「それはどういう意味じゃ?」
「例えば、他の場所に行きたいという時に案内をする。有事の際の手伝いをするなどといったことだ。お前の願いを叶えるという役割を少々長めの期間、彼に与える」
淡々と宗は普段とは違う言葉遣いで少女に言葉を投げかける。
その様子に立藤は声が出ないようで、クラウンはじっと観察をする。どこか異変がないかと。そして何かに気付いたようにある一点を見つめた。
「それでどうだ?」
「じゃが、彼自身がそれを受けねば」
「昇」
「へ!?」
「お前はどうなんだ? 俺のこの話を受けるか、それとも謝罪で済ますか?」
唐突に宗が名前を呼ぶ。呼ばれた本人はワタワタと慌てるが、冷静に突きつけられた二つの選択肢に表情を引き締めると少女の前に立つ。
「勾玉盗んだことすいませんでした。俺自身変な声に誘われるままにここにきて、あなたから無理矢理奪った。それは罪だ。だから、罰を受ける」
「だから罰ではなく」
「わかってる。だからあなたの望むことを俺は叶える。それは俺自身が納得するためだから、俺のためを思って言ってください」
少女は迷うように何度か口を開閉させる。
立藤は、静かにたたずみ言葉を待つ。
そんな二人の隣を歩き宗の傍に立つとふらつく体をそっと支えるクラウン。
「ならば、妾のところに顔を見せに来てほしい」
「え?」
「妾はあまりこの『家』の外に出ないのじゃ。力の制御がうまくできないのでな、外に出ないようにしておる。時々は出てはいるが、寂しいのじゃ。だから妾のところに来てほしい、それが願いじゃ」
「……それはお安い御用だ。わかった、色んな物を持ってあんたのところに来るよ!」
ニッと笑った立藤につられるように少女も花が咲くように笑う。
二人の話がついたとわかった宗は、クラウンを見上げる。
「クラウンはそれでいい?」
「まぁ、良しとしておくよ」
「そう、ならよかった」
「それよりも、宗さっきの……」
「あ、そうだ伊集。お前、何者だ?」
クラウンが聞こうとする前に、快活な大声がそれを飲み込む。
目に見えて不機嫌になったのでまぁまぁと宥めて、簡潔に説明をする。所々クラウンに補足をしてもらいつつ。
説明が終わるまで何も言わずに聞いていた立藤。
「体質じゃなくて呪いで、それを解くためにそこの……王様と契約してるってことだよな?」
「うん、ざっくり言うとそういうこと」
「はー……それで、今回俺の件に巻き込まれたってことか」
「巻き込まれたというか、自主的に関わったというか」
「それでも俺はお前に迷惑かけたってことだよな?」
「追いかけられただけだよ」
怖かったけどという言葉を飲み込むが、納得していない表情で落ち着きがない。
「それよりも、そーちゃん。どうして自主的に関わったの?」
「あぁ、そのこと?」
奇妙な空気を変えるように不機嫌そうなクラウンがぶっきらぼうな口調で問いかける。
宗は、ぼんやりとした表情で少女の隣に立つと
「恩人だから。璃華様は」
「なぜそなたが、妾の名前を知っている?」
「小さい頃に、俺はあなたに助けられた。この痣見覚えない?」
「それは……まさか、そなた坊か?」
「はい、お久しぶりです」
少女、璃華は目を丸くして宗を頭のてっぺんからつま先まで眺めるとほうっといろいろな感情を込めた溜息を吐いた。そしてそうかと一つうなずき、左手の痣を撫でる。
「手立てが見つかったようでよかった」
「あの時、璃華様に助けられたからですよ」
「かしこまらんでよい。普段と同じ調子で話せ」
「うん、わかった」
「えーと、そーちゃんはその子に助けられたことがあったから、今回の件に恩返しとして関わったてこと?」
コクンと頷く宗に呆れたとクラウンはため息を吐く。
呆れられようが、ため息をつかれようが宗はこれでいいと思った。
「誘拐されそうなところを助けてもらったから。あの後、あの出来事は夢かと思ったけど、この場所に来て、思い出したから。だからいい機会だと思ってね」
「あんな約束をしてまで?」
「うん」
細められた琥珀の目にひるまずに、正面から向き直り頷く。
数秒ほど見つめあい、クラウンが先に目をそらした。これ以上追及する気はないようだ。
「あれ? 立藤、どうしたの?」
「伊集は、恩返しをしたっていうのに俺は迷惑かけてばかり」
「俺としては友人があのままでいるのも困ったから、恩返しもできて元に戻せて一石二鳥だと楽観的な思いでいるけど」
「それでもだ!」
うつむかせていた顔をガバリと上げて、詰め寄ってくる。宗のほうが少し背が高いとはグイグイくる迫力に腰が引ける。
「なぁ、伊集してほしいことはないか!?」
「え、えーと」
「なんでもいい。お前にも何かしたい!」
「あーじゃあ、なら。立藤の、昇のことを教えて。俺だけ教えたっていうのはフェアじゃないでしょ?」
くすっと笑いながら言えば、目をぱちくりさせる。が、すぐに大きく頷いていつものように明るく笑った。
「もう知っていると思うが、俺はこの世界人間じゃない。璃華様や、そこにいる……王様みたいに別の世界から来たんだ。さらに言うと人間じゃない。俺は雷狼族なんだ」
「ライトウルフ?」
「私たちの世界にはいろんな種族がいるんだよ。ライトウルフは雷を扱う狼の獣人さ」
「てことは、しっぽと耳が」
「あるけど、見せるのは今度にしてくれ。力の使い過ぎで疲れた」
時々犬耳が見えてたのって幻覚じゃなかったんだと宗がつぶやけば、クラウンが噴き出し肩を震わせる。
「ちなみに地毛は金で、目の色も金だからな」
「それははっきり見えてるから、大丈夫」
「何!?」
「呪いのせいでね」
「そ、そうなのか。まぁ、何はともあれ俺のことは簡潔にだけど話した。人間じゃないけど、まだ友達と思ってくれるか? 宗」
恐る恐る名前を呼ぶ立藤にゆっくりと頷けばパッと表情を輝かせる。
眩しいなと思いつつ言葉をかけようとした瞬間、宗の目が見開かれた。
「え?」
「坊?」
目を見開いたまま宗の体がゆっくりと傾いた。
クラウンが手を伸ばし、石畳に叩きつけられるのを防ぐ。
「宗?」
抱きとめた体は冷たく、固く閉ざされた瞼は開くことはない。
白い面差しからは血の気が引いていた。
「宗!」
何度も呼びかけるが宗がそれに反応することはなく、立藤と璃華は呆然とその様子を見つめるとしかできない。
「家に帰って安静にしないと」
胸が上下し、ちゃんと脈を打っていることを確認したクラウンはゆっくりと小さな体を背負う。
そのまま走り出そうとした背中に制止の声がかかる。
「聞きたいことがある」
振り向いた苛烈な光を宿した琥珀の目に貫かれながらも、震える口調で彼は言葉を投げかけた。
「あんたは何者だ」