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呪われ少年と悪食な王  作者: 零夜
涙味のスープ
18/33

十八口目 追いかけっこと罠

 確かに質問された。

 走れるか、体力はあるか、あの子がいる場所への行き方を覚えているか。疑問に思いながらもその質問に答えた。

 あの時の質問に今の鬼気迫る状況に繋がっているということは、理解した。

 また何かするんだろうなと薄々予感はしていたが。


「こんな状況になるんだったらもっと早く言ってよ!」 


 再度絶叫し、涼しい顔をして並走するクラウンを睨みつける。この際、周囲の目を気にしてはいられない。捕まったらなぜか鋭く伸びている爪の餌食になってしまうと、血相を変えて走り続ける。

 が、少しずつ距離は縮まっていく。


「なんとかして!」

「何とかするけど、もうちょっと待ってね」

「その呑気さがいつも以上にむかつく!」

「ひどいな」


 どこまでも呑気なクラウンが恨めしい。走ることはあるが、運動部と帰宅部では体力や走り方が違う。その辺を考えてほしかったと、息苦しさの中思った。

 少しずつ距離が縮まるのを感じたクラウンは、距離を縮めてくる立藤の目の前に何かを放り投げた。


「うっわ!?」


 風船が割れるような破裂音。

 宗が驚いて振り返ろうとした瞬間、


「走り続けろ!」


 鋭い声を出したクラウンにまた腕をひかれる。

 その表情は先ほどまでの呑気さはなく、とても険しい。眉間にしわを寄せ、唇を鋭い犬歯が今にも裂いて血を流しそうだ。


「ちょっと予想外、彼の身体能力があんなに高いとは」

「立藤は運動部、だから、ね」

「いいや、彼の種族もあるだろうね」

「しゅ、ぞく?」


 息を切らし、言葉をたどたどしく吐きだしながら聞けば頷きが返ってくる。背後を振り返り舌打ちをすると、宗の腕をさらに引いて走る。

 息苦しさと、腕を強くつかまれる痛みに顔を歪めるが文句は言えない。ただ、ひたすら走るだけだ。


「そろそろだ」


 もう声を出す気力がない宗は首をわずかにかしげる。

 腕から手を離すとコートのポケットに両手を突っ込み、青いガラス片のような物を取り出す。それをバラバラと地面に落としていくクラウン。

 青い欠片はキラキラと輝き、二人の進んだ痕跡を残す。


「クラウン!?」

「さー、力を貸してね。お嬢さん」


 パチンと指を鳴らす音が響く。

 はっとして周囲を見回せば、人影はない。どうやら、『家』の中にいつの間にか入っていたようだ。

 背後を見るクラウンにつられるように振り返れば、憤怒の形相の立藤が手を伸ばしていた。


「捕縛しろ!」


 声に呼応するように、道にばらまかれた欠片が閃光を放った。閃光は瞬時に水に変わると、一斉に立藤へと伸び、小柄な体をからめ捕り宙へと持ち上げる。さらに水の縄は増え続け、肩から足首までグルグルと巻きつき動きを拘束した。ついでというように口にも縄が巻きついた。


「なに、あれ?」

「あの子に協力を持ちかけたの。今日取り返す、でも今こんな状態だから君の力を貸してほしいってね」

「あの青いのは?」

「彼女の力の欠片。『家』の外では使えないけど、中に入ればどこでも水を任意の形にして操ることができる。この間、水球に襲われたでしょ? あれと同じことを縄バージョンでやってもらっただけのことさ」


 でも、あまり耐久力がなさそうだね。

 ぽつりと漏れた言葉に、ちらりと見上げれば体を思いっきり動かし拘束をほどこうとしている立藤。縄に少しずつ亀裂が入ってるところを見ると、そんなに長くはもたないようだ。


「あれ?」

「どうかした?」

「立藤の頭に何か……光が集まっている?」


 その言葉にひかれるように金色の頭を見れば、光のようなものが徐々に収束し始めている。バチバチと光が音を発し始め、まずいとクラウンは思った宗の体を抱え上げて走った。

 直後、

 雷鳴とともに光の塊が二人の立っていた場所に落ち、道を黒く焼け焦がす。 


「やばいやばいやばい」

「何が起こってるの!?」

「彼の力がまじないによって増幅されている。ここまで読めなかった私の落ち度だ」


 焦ったように呟くと、角を曲がり宗をおろすとその背を強く押す。

 転びそうになったところを踏ん張り、反射的に走り出す。


「行って、あと少しだから」

「クラウンは!?」

「もう少し足止めしてから行くよ」


 クラウンの笑みに一抹の不安を抱きながらもさらに速度を上げて走る。

 社まではあと少しだ。


「さてと……」


 黒い小さな背中が走っていくのを見送り、琥珀色の瞳をきらめかせながら舌なめずりをする。その表情に先ほどまでの焦りはなく、楽しげである。


「君にかかっているまじないを宿している物、それがまだどんな物なのかわかってないんだよね」


 角を曲がって姿を見せた立藤、その体はびしょ濡れで拘束を無理やり引きちぎったということがわかる。

 怒気を越えを殺気をまとい、射殺さんばかりの眼光にも怯むことなく微笑むとわざと挑発するように手招きをする。


「殺す!」

「わぁ、そーちゃんがいなくてよかった」


 鋭い爪の一撃を難なく避け、蹴りを放つが避けられた。

 ひゅうっと口笛を吐き、二度目の突きを屈んで回避し足払いをかける。つんのめるようにして前へと転がるが、両手をつきすぐに立ち上がる。


「やれやれ、どこにあるのかな?」


 両手をひらひらさせ、当たらないよとさらに挑発すれば瞬時に懐に飛び込んできて、爪で切りつけるように手を払う。

 間髪入れずに避けるが、はらりと金の髪が宙を舞い血の匂いが漂う。

 頬の濡れた感触に、クラウンは目を細める。手の甲でこすれば、白い肌に赤がついた。


「あらら、かすったみたい」


 ぺろりと手の甲の血をなめとり、立藤の体を観察し匂いを嗅ぐ。

 うろうろと動いていた琥珀の目が胸ポケットを凝視した瞬間、青白い光がクラウンの周囲で舞った。


「やば!」


 バッとその場から飛び退れば青白い光が収束し、スパークする。


「あれ、痛そうだな」


 呑気につぶやいてはいるが、表情は真剣。

 第二波を放たれる前に、駆け出し手を伸ばす。力を溜めていた立藤は反応できず、地面にたたきつけられた。

 そこで初めて立藤の顔に怒り以外の感情が現れ変化する。

 眼前に近づいたクラウンの顔に恐怖を示したのだ。 


「みーつけた」


 怯えという色に塗りつぶされた金の瞳に映ったクラウンは、三日月のような笑みを浮かべていた。


「っは……やっと、ついた!」


 石畳が見え安堵した宗。

 だが、彼は不運である。呪いのせいで必ずと言っていいほど、一日一回は不運に見舞われる。


 登校時、授業中、昼休み、放課後。

 立藤に追いかけられている最中にも不運は起きなかった。

 宗は、命の危機にそのことが頭からすっぽ抜けていた。むしろ考えないようにしていたといったほうがいいかもしれない。


「そなた……」


 青い少女の姿を見た瞬間、気が緩んだせいか、はたまた呪いのせいか。

 彼女の三歩ほど手前で、盛大に転んだ。自分の足に躓いて。


 沈黙が落ちた。

 少女は慌てて宗に駆け寄る。


「だ、大丈夫なのか!?」

「……痛い。油断してた」


 のろのろと顔を上げた宗は遠い目をしており、哀愁を漂わせていた。

 その様子におろおろする少女。

 そのままの姿勢で右手を持ち上げ開く。

 そこには体温で温まった勾玉。転んだ衝撃でどこかに飛んでいかなかったのが不幸中の幸いと言えるだろう。


「届けに、来たよ」

「うむ……感謝する」


 小さな手がそっと勾玉を摘み上げた。

 それと同時に柔らかな光が勾玉から発せられ、少女の目隠しに当たると溶けるように黒い包帯は消え去った。

 露わになる凛とした藤色の瞳。

 その眼の色を見た宗は口を動かしたが、言葉が音になることはなかった。

 なぜなら、


「はぁ、少し手こずったけど捕まえてきたよ」


 文字通りクラウンが空から降ってきたのだ。

 にこやかに、石畳に転がったままの宗と勾玉を握りしめる少女のそばに。


 意識を失っている立藤を肩に担いで。

2015.11.20 改稿(戦闘描写追加)

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