十七口目 放課後と勾玉
頬杖を突きながら、宗はグラウンドを眺めてクラウンを待っていた。
教室内には、帰宅前の他愛な話に花を咲かせるクラスメイトだけが残っている。チラチラと、好奇の視線が向けられているが宗は全くと言っていいほど気づいていない。
「そーちゃん、お待たせ」
スルリと窓をすり抜けてクラウンは、前の席の机に腰かけた。
何をしていたのかと、問うような視線を向けるが、にっこりと笑うだけで返事はない。
軽く息を吐くと、鞄を持ち立ち上がった。
立藤の席はすでに空っぽ、彼は部活に行ってしまったから。
呼び止めて少しだけ会話をしたがいつもと大して変わりはなく、今朝の豹変した雰囲気はどこにもなかった。
「何を考えているの?」
「立藤の豹変について」
「あぁ、あれね。あれは、まじないが引き起こしているから、元に戻すことはできるよ」
「どうやって元に戻すの? それに目隠しのまじないは?」
「まじないを彼から離せばいいんだ。まじないはね、直接体にまとわせるタイプと、何かに宿して発動するタイプの二種類があるんだ。彼の豹変も彼女の目隠しも両方とも後者。だから、その何かを取り除いてしまえばいい」
ふわふわと目の前を浮きながらあっけらかんとクラウンは告げる。
下駄箱で靴を履き替えながら、眉間にシワを寄せた。しかめっ面になった表情におかしそうに笑い声をあげる。
「その何かって、どんなものなの?」
「さぁ?」
「……俺には分からないからクラウンが頼りなんだけど」
「わかってる、わかってる。だから、数日待ってくれる? その何かがどんな物かを判断するし、勾玉も取り戻す算段をつけるから。ただ、そーちゃんも彼が豹変するのは本当に勾玉の時だけなのかを見ていてね?」
泳ぐように宙を動き回り、金の髪をサラサラと傾き始めた太陽に輝かせて笑う。
じっと見つめた後に小さく頷けば、さらに笑みが深まった。
何事もなく帰宅し、宗が家の中に入ったことを確認したクラウンは、
「ちょっと行くところがあるから」
と、行き先を告げずにどこかへと向かった。
夕日に染まる空に消えていく白い背中を見つめながら、宗は自室で大好きなプリンを食べる。
が、立藤の豹変を思い出し、甘いはずのプリンが苦く感じて盛大な溜息を吐いた。
「それで、まじないを宿している何かは分かったの?」
金曜日の昼休み、弁当を食べずに待っていた宗。
月曜日と同じように、誰もいない校舎裏のベンチで弁当の蓋を膝の上で開け、腹の虫を鳴らしながら現れたクラウンに開口一番に鋭い口調で言葉を投げかけた。
言われたとおりに立藤の様子を観察をていたが豹変することはなく、逆に心配をされてしまったのだ。何とか誤魔化すことは出来たが、若干の不信感を植え付けてしまったということもある。さらに調べていることに関して何も言わなかったので、いい加減痺れを切らしたのだ。
「焦らないの。何事も急がば回れって言うでしょ?」
「……どうだったの?」
固く冷たい声を出した宗に、驚いたように目を見開く。が、瞬きをすれば普段の薄ら笑いに戻っていた。腹の虫は空腹を訴えて続けているのを無視し、じっと問い詰める眼差しを向ける。
「まじないを宿している何かは両方ともわかったよ」
「どうやって取り返すの?」
「だから、焦らない。いくつか聞きたいことがあるんだけど?」
メモとペンを持ってにっこりしたクラウンはどこ吹く風で質問を始めた。
彼のやることはいつも突拍子もないことなので、仕方なく宗は付き合う。
「そーちゃんって、走るの速い?」
「平均的なタイムだから速いって自信は持てないかな」
「じゃあ、長距離走れる?」
「体力とその時の状況による」
「火事場の馬鹿力ってやつかな。ふむ、あの子のところに一人で行くことできる?」
「道を覚えているかってこと? 覚えてるから、行けるよ」
フムフムとうなずきながら、メモを取り続ける。
おかずを口に運びながら首をかしげれば、メモを取り終わったらしく、コートのポケットにしまいペンは口の中に放り込んでしまう。
バキバキと咀嚼しながら、弁当をじーっと見下ろす。盛大に腹の虫が鳴り響いた。
わかったというように溜息を吐きながら、おかずを少量ずつ蓋にのせ、おにぎりと一緒に渡す。割り箸も忘れずに。
「いただきまーす」
「それで、どうするの? 俺は何をすればいいの?」
「今日の放課後動くから、そーちゃんは走る用意をしておいて」
嬉しそうに食べ始めたクラウン。
帰ってきた返事に首をかしげ、走る用意と疑問符を飛ばす宗を尻目にペロリと、取り分けられたおかずとおにぎり、割りばしを食べつくす。
「走る用意って、どうして?」
「放課後になればわかるよ」
にっこりしながら蓋を返し、立ち上がる。私は、用意があるからと戸惑う宗をその場に残し、クラウンはどこかへいってしまった。
「……今日のクラウン、いつもよりもよくわかんない」
いつも以上に振り回されている感覚に深い溜息を吐き、また幸せが逃げたなとぼんやり考えた。
放課後、いつまで待ってもクラウンが来ないので、靴を履きかえ校門に向かう宗。走る用意と言われたので、靴紐はしっかり締め直しておいたが、何があるかはわからないので不安は残る。
「そーちゃん、お待たせー」
「クラウン、どこに行ってたの?」
フワッと校舎の方からやって来たクラウンは疑問に答えることなく、手を出すように宗に指示する。
言われるがままに右手を差し出せば、ぽとりと手のひらの中心に何かが落とされた。
傾き始めた太陽の光を弾く、つるりとした感触のひんやりとしたそれは。
「勾玉……なんで?」
「それに目隠しのまじないが宿ってるんだ」
笑みを引っ込めて真面目な顔になったクラウンは、校舎の方を気にしながら背を押し、その場から離れさせようとする。
されるがままに足を動かしていれば、微かな地響きのようなものが、聞こえてきた。
「え、これに?」
「その勾玉の本来の持ち主に、目隠しがかけられるようにまじないが宿ってる。本人に返せば、解けるように私が細工した」
「そんなことできるんだ」
「私は王だからね。……宗、走れ!」
背中に添えられていたてが急に強く叩いたので宗はよろめくが、声に弾かれたように走りだす。
混乱しながら、並走するクラウンを見れば険しい顔で背後を見ていた。
地響きも徐々に大きくなり、何かが近づいてくる気配がする。
「なに? 何が来てるの!?」
「はい、そーちゃん問題です!」
「急になに!?」
「君の友人の立藤君。月曜日の朝、何をしたら豹変した?」
急なことに思考がついていかない宗は足を止めそうになるが、腕を引っ張られた。その衝撃で足がもつれそうなったが、転ぶことなかった。足を動かし、息を弾ませながらだした答えを叫ぶ。
「勾玉に触ったから!」
「はい、正解。……そーちゃん、君の右手には今、何が握られてる?」
「え、それは……あ!?」
握ぎりしめていた右手を少しだけ緩めれば、キラリと青い勾玉が輝く。恐る恐る背後を振り返れば、
「返せー!」
「ぎゃー!?」
立藤が憤怒の表情を浮かべて追いかけてきていた。土埃をたてながら、小柄な体で出せるとは思えない速度で追いかけてくる。
「叫んでないで、走って走って。あの子のところにまで行くんだよ」
「こうなることは先に言えー!」
クラウンの呑気な言葉に、思わず絶叫した。
真剣だがどこか楽しそうなその姿に、宗は苛立ちながらも走る速度をあげたのだった。