十五口目 友人と豹変
「伊集、はよー!」
「おはよう、立藤。珍しいね、こっちの道通るなんて」
「寝坊したから、近道してきた」
朝食、食い損ねたし、と朗らかに笑う少年立藤に宗は少しだけ表情を緩める。そっかと相槌を打つと二人並んで歩きだし、クラウンはその後ろをついていく。
「宿題ちゃんとやった?」
「やったから、寝坊したんだよ」
「寝坊助の立藤が遅刻しないなんて珍しいね」
「ひどいぞ、伊集。そりゃ、入学してから何回か遅刻してるけどさ」
唇を尖らせて抗議する友人にクスクスと笑う宗。
その様子に琥珀色の目を丸くし、微笑ましいものを見るように口元を緩めるクラウン。そんな彼をちらりと振り返り、意味を込めて目配せをすると探るように言葉をかけた。
「それよりもさ、立藤の新しいお守りってどんな物なの?」
「ん? いきなりどした?」
「昨日ひどい目にあったから、新しいお守り買おうかなって思って。それで参考に」
自分の体質を、友人は理解してくれている。だからこそ、それを理由に聞き出す。友人を疑うのは心苦しいが、彼のためにも宗は聞かなければいけないのだ。
「なるほど、大変だよなお前。……ほら、これだよ」
すんなりと納得し、学ランのポケットから取り出されたのは。
紫の糸を編み込んだ組紐の先に揺れる青い勾玉。
「綺麗だね」
よく見ようと、宗が手を伸ばし勾玉に触れた。
早く自分の中の疑いを消すために、だからこそ気づかけなかった。
クラウンに庇われるまで。
「これに触るな!」
「宗!」
立藤の怒声と、クラウンの鋭い声が同時に宗を襲った。
竦んだ小柄な体を引き裂こうとする爪。その間に滑り込み殴り飛ばして距離を取らせる。反動で地面にバウンドしながら転がる青。
「触るな触るな触るな触るな触るな」
「早く拾え!」
ギラギラと輝く金色の目を睨み、警戒をしながら怒鳴りつけたクラウン。
急に豹変した友人の態度に硬直していたが、弾かれたように宗は左手を伸ばす。
その瞬間。
鈍く輝く青とは対照的に、赤い輪が手の甲で燃えるように輝いた。
「なっ!?」
黒髪と黒目を金に輝かせた立藤の体から、突如赤いオーラのようなものが立ち上った。
「それに触るなー!!」
驚愕の声を上げたクラウンの懐に入り込み腕をつかむと、小柄な体からは想像もできない力で道路に叩きつける。衝撃でアスファルトの道路にヒビが入った。
「クラウン!」
呪いの激痛にその場でうずくまりながらも、名前を叫ぶ。
うめき声と共に頭が持ち上がる。受け身が取れなかったのか、額から血が流れ、白い面差しに色がついていた。血が数滴垂れ、赤い斑模様を描く。
唐突に手の甲の痛みが消えた。
驚いて周囲を見回せば、異様な姿を見せた友人の姿はなく、道路に転がっていた勾玉もない。
「クラウン……立藤は一体……」
「彼は、正気じゃなかった。何かのまじないがかけられていたよ」
立ち上がり地面に血混じりの唾を吐くクラウン。口元をぬぐい、顔を染める血を指で拭うと、おもむろに血のついた指を噛む。
「まじない?」
ショックが重なり呆然とする宗に頷く。振り返ったその顔に血の赤はない。傷もうっすらとしている。
あれ? と疑問に思う間もなく力強い腕がひっぱりあげるように立ち上がらせ、いつになく真剣な声を響かせる。
「あの勾玉を、どんな相手からでも守るようにまじないをかけられ操られているよ、彼は」
「そう、なの?」
「似たようなことがあったと思うよ。だから、そーちゃんは彼を犯人だと思っている」
「……以前、立藤がたまたま机の上に勾玉を置いていたんだ。クラスメイトが興味を持って触ろうとしたら急に「触るな!」って叫んで。普段はそんなことしないやつだから相手も怯んで、立藤もすぐに元に戻った。じゃあ、その時も?」
「きっとまじないの効力だろうね。それよりも、そーちゃん……遅刻するよ」
「へ」
ぽかんとする宗に遅刻するよと、繰り返せば弾かれたよう駆けだした。その背を見送り、ヒビの入った道路にじっと目を凝らすクラウン。
白い指を伸ばしつまみ上げたのは赤い破片。それをおもむろに口に入れ舌の上で転がす。
「そうか、そういうことか」
ガリっと破片を噛み砕き、宗の後を追うように走り出した。
「何とか間に合った……立藤、ちゃんと来てる」
朝のホームルームに何とか間に合いホッとする。軽い息切れを起こしながら自分の席に向かいながらさりげなく立藤の隣を通る。
「お、伊集おはよ」
「おはよう……あのさ」
「珍しいな、お前がこんな時間に来るなんて。さては寝坊したのか?」
「え?」
「ん、違うのか?」
「あ、いや。立藤は今日寝坊しなかったの?」
「おいおい、俺を寝坊助と勘違いしないでくれよ? 今日は早く目が覚めたからお前より先に教室についたぜ。いつもと立場が逆だな」
宗は戸惑う。
その様子を不思議に思ったのか、さらに問いかけようとした瞬間担任が教室に入ってくる。
会話を切り上げ、自分の席へと素早く向かう。
「どういうことなんだ?」
困惑に染まる言葉を呟く。
それは教室のざわめきに飲み込まれ誰にも聞かれることなく消えていった。