十三口目 取引とボタン
「そなた……」
少女の驚いた声を聞きつつ、決意に満ちた表情で背中を向けているクラウンの背中を見つめる。唇を引き結び、闇のような瞳に小さな光を宿して。
返事はなかった。言葉では。
「……クラウン、俺はこの人を助ける」
もう一度言葉を繰り返した。
その瞬間、彼の全身に冷たい空気が叩きつけられた。振り返ったクラウンの表情は恐ろしいものだった。
睨みつけるように細められた目、口元は持ち上げられた口角に下弦の月のよう。白い頬にはほんのりと朱が混じり、それだけで怒っているということがわかる。
ゆっくりと一歩一歩確かめるように、わざと時間をかけて宗のもとに歩いてくる。
冷たい空気がピリピリと肌をさすような感覚にも耐え、目の前にたった青年を見上げれば、燃えるように輝く琥珀が貫くように見下ろす。
「私は無償でお願いを聞くといったけど、そこの子供に関することではない。ここに来ることに関してだったんだけど、君はそれを理解している?」
ゆっくりとクラウンが言葉をかける。
高い位置から見下ろし、威圧感を与えながら問いかける姿は王そのもの。
唇を引き結びながら相対する少年は王の言葉にゆっくりと頷く。すっとさらに目が細まる。
「理解しているのにもかかわらず、どうして君はその結論に至った? 私を納得させる理由をいえ。言わなければ手伝うことも、さらにこの件に関して何らかの危険があっても私は君を助けない」
「……手伝ってくれるの?」
「納得のできる理由をくれるのならば。ただし、この私が納得できる理由だよ」
それは言外によほどの理由ではない限り納得しないといっていた。
こくりとつばを飲み込んだあとに深呼吸をすると、決意の宿る瞳を向ける。
「理由は今は話せない。きっとクラウンは納得しない」
「なら、あきらめるんだね。君は死にたくないのだろう? そしてその呪いを解きたいならば、私の力が必要不可欠だ。私は、君がいなくても食べ物を探し出して生きていくことができる。不利なのは君だ」
「わかってる。だから……」
すっと左手をクラウンの口元に持っていく。まじないに触れかけたからか、少女を背後にかばっているからか痣は薄く発光している。
左手と宗を交互に見比べる。
「この件が解決したら、何でも食べていいよ」
「……へぇ」
宗の発言に驚いたように目を見開いた後、面白いといわんばかりに笑う。品定めするように宗の左手を見た後、手首をつかみ固定するとゆっくりと小指に歯を立てる。
前歯と犬歯をくいこませ、皮膚を裂くように穴をあけようとするように徐々に力を込めていく。
痛みに耐えるように顔をゆがませるが、じっと答えを待つ宗。
「わかった」
唐突に解放される小指。目の高さにまで持ち上げてみればくっきりと歯形がついている。ビリビリとした熱さのような痛みが小指全体に広がっていく、気持ちの悪い感覚に宗は顔をゆがめる。
「その子の許可証を見つける手伝いをしよう」
「あとまじないを解くことも」
「まじないをかけた犯人と許可証をとった犯人は同一人物だよ、きっと。そーちゃん、見つけたら何でも食べていいんだよね?」
「約束する。ただ、生活に支障がないようにしてね」
ニッと笑うと、歯形をつけた小指と自分の小指をからませ指切りをするクラウン。ひんやりとした体温に熱がゆっくりと消えいていく。
「約束」
いつもの薄笑いに戻った表情に安堵しながら、成り行きを見守っていた少女にむきなおる。
「それで許可証ってどんな物? 犯人の顔は見た?」
「……許可証は紫の組紐がついた青い勾玉じゃ。犯人の顔は見えなかった、ただその男のような金の髪をしていた」
「ほかに何か特徴は?」
宗の決意が固いと理解したのか少女は特に二人のやり取りについて言及することなく、腕を組み自分を襲った犯人を思い出そうとする。
ウンウンうなった後に、ポツリポツリと特徴を上げていく。
「後ろ姿しか見えんかった。髪を結っていた、そなたよりは身長が高かったぞ」
「そーちゃんより身長が高くて、私みたいに金色の髪をしている人物ね」
「服装は?」
「……そうじゃの、黒い背中は見えた」
「そっか」
黒い背中ということは、犯人は黒い服を着ていたということになる。
金色の髪に黒い服の人物なんて、探せばいくらでも出てくるだろう。いきなり壁にぶつかった宗は珍しく表情をゆがめ、不満をあらわにしている。
「攻撃もしたのじゃ」
「あの水球で?」
「そうじゃ。だが、避けられてしまい、その後はなにもすることができなかった」
「そーちゃん」
「なに?」
少女と話をしていると、背後からクラウンに呼ばれた。振り返った宗の額に何か固いものが当たる。
痛いと涙目になりつつ、彼は地面に転がったそれを摘み上げる。
「ボタン?」
「おちてたよ。攻撃は当たってたみたいだね。それ、何かヒントになるんじゃないの?」
掌の上で輝くのは金色のボタン。
宗はそれまじまじと見つめ、思わずクラウンを手招きする。
手招きされたので、素直に近づくと眼前にまた左手が差し出される。正確には手首を。
「どうしたの?」
彼の行動の意味が分からずに眉間にしわを寄せる。髪と同じ色の整った眉がキュッとより、険しい表情になった。
そんなことを気にせずに宗はさらに手首を近づける。
「ボタン」
「うん、ボタンだね」
「そうじゃない、俺の袖のボタンをみて」
言われたとおりに黒い制服の袖でキラキラと輝いている金色のボタンを見る。十字の上に「高」と刻まれているボタンを見たのを確認すると、左手を引っ込め右手の上に乗せいていたボタンを見せる。
そこに刻まれていたのは……。
「なるほど。それでそーちゃんはこれからどうするの?」
「……心当たりのある人物がいる。明日と明後日は休みだから、休み明けの月曜日に聞いてみる」
「その人物は誰?」
「それは……」
宗が口にした人物の名前に、クラウンは目を丸くしたあとに面白そうに笑った。




