十二口目 宝とまじない
「そ、そなたは……何者なんじゃ」
凍った空気を溶かしたのは震える幼い子供の声。キッと包帯越しにクラウンを睨みつけるようにしている。小刻みに体が震えている。自分の力である水球を一刀両断し、攻撃の意思がある場合切り裂くと言っているのだ。おびえないわけがない。
「私はそーちゃんに頼まれ来ただけ。あの子に危害を加えるならば、契約により君を排除する」
「クラウン、待って!」
”排除”
その言葉に弾かれたように叫ぶ宗。金の髪を揺らしながらゆっくりと振り返る整った白い面差しには、感情の色がなかった。
ゴクリとつばをのむ。初めて出会った時以上の威圧感に屈しそうになるが、もう一度繰り返す。
「クラウン、待って。俺に話をさせてくれ」
「…………」
返事はない。が、ゆっくりと切っ先を子供から退け二歩横にずれる。
空間とクラウンから発せられる威圧感に息苦しさを覚えながら、ゆっくりと二人に近づく。うまく呼吸ができずにクラクラする。それでも何とか子供の前にたどり着き、屈んで視線を合わせる。
「君は、昨日から俺に対して何を訴えていたの?」
「……それは」
「ただ、攻撃するんだったらもっと他にやり方はあるはず。まるで俺に気付いてくれと言わんばかりの行動だったよ」
「そなたが似ていたのじゃ。我の大事な宝物を奪った者の気配に。だから気づかせて返してもらおうと思ったのじゃ」
古めかしい話し方をする子供。声は中性的だが、ほっそりとした輪郭から少女だということがわかる。ためらいがちに発せられた言葉に、困惑した顔になるとクラウンを見上げる。
すでにナイフはしまっており、つまらなさそうな顔で伸ばされている髪の毛をいじっている。宗を見下ろしてくる目には不満が宿っていた。
「宝物って何?」
「あれがないと我はここから動けぬのじゃ」
「どういうこと?」
「許可証をとられたんでしょ」
あっさりとクラウンが答えを投げた。
許可証……、宗は言葉を舌の上で転がしてハッとする。
「それがないとこの世界にいられなくなるんじゃないの!?」
「そんなことはないよ。この子自身が作った『家』の中、つまりここだね。ここの中だったら自由に動ける。ただし、許可証を持たないまま、一歩でも外に出れば捕まるけど」
「どうしてそんなものをとられたの? それにその包帯は一体」
少女の目元に巻かれた包帯に触れようとした瞬間、宗はしりもちをついていた。クラウンが強い力で、襟をつかんで引っ張ったからだ。
瞬きをしながら状況を飲み込もうとする前に、バチンという音と宗の額に鋭い痛みがはしった。
「そーちゃん……君はただでさえ色々なものを引き寄せるのに、さらに厄介なものを引き寄せるつもり?」
クラウンの地を這う声に呆然とする。なぜそんな声を出すのかがわからず、少女とクラウンを交互に見詰める。
そんな宗に少女は口元をゆがませるようにして笑った。
「これはまじないじゃ。我の視界を奪うもの。そなたは、厄介な呪いを受けていると見える。今これに触れていたら、同じまじないを受けていたかもしれぬ。そこの男に感謝するのじゃ」
クラウンが説明をしてくれないことをわかりやすく答える。
思わず左手の痣をみればぼんやりと赤く発光しているような気がして、宗はぞっとした。
クラウンには助けてくれたことを、少女には説明をしてくれたことに、礼を告げる。
「どうやら、そなたはなにもしらぬこの世界のものと見える。その呪いの気配を我が勘違いしてしまったのだろう。すまなかった」
「あ、いや、こちらこそ勝手に入ってごめんなさい」
静かに頭を下げる少女に慌てて宗も謝罪する。そんな二人を見て何をやっているんだかと言わんばかりに、クラウンはため息を吐いた。
「それよりも、宝物というか許可証ってどんなものなの?」
「形は様々だよ。紙だったり物だったり、持ち歩きしやすいものだね」
「我の場合は亡き友の形見である勾玉を許可証にしてもらっていたのじゃ。しかし、ここに侵入してきた何者かに襲撃され奪われてしまったの。その際に視界を奪うまじないもかけられた」
「それ、自分でなんとかすることはできないの?」
思わずといったように問いかけると、クラウンが眉間にしわを寄せた。
余計なことは知らなくていいというように、ちくちくと視線が刺さる。うぅっと身を縮こまらせる宗。
そんな二人の様子が見えない少女は静かに笑いながら訳を話してくれた。
「これは何か媒介を使っておこなわれたまじない。その媒介さえ壊せば、すぐに解くことはできる。しかし、我はここから出られぬ身。だから解くことができないのじゃ」
「それは呪いじゃないの?」
「呪いとまじないは違う。まじないは誰にでも解くことができる。呪いは仕組みとかけた相手を特定しないと解呪することができない。……それよりも、そーちゃん。目的は達成できたでしょ。帰るよ」
クラウンは髪とコートを翻し、さっさと空間を出ようとする。
宗はその場を動かない。
じっと、食い入るように寂しげに微笑む少女を見つめている。
「宗!」
焦れたように名前を呼ぶ。
ようやく立ち上がりクラウンに向き直った宗は言い放った。
「クラウン、俺はこの人を助けたい」