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呪われ少年と悪食な王  作者: 零夜
涙味のスープ
11/33

十一口目 社と少女

「ねー、本当に行くのー?」

「行くの。朝から何度このやり取りすれば気が済むの?」

「気が済むまでかな?」


 呆れの眼差しを向けられてもクラウンはたいして動じず、逆に楽しげにケラケラと笑っている。宗の周りをまるで踊るように、クルクルと回りながら歩いているのだが、正直に言ってうっとうしい。

 でも、それを言うとへそを曲げられてしまうような気がしたので言わないでおく。


「あそこに入った瞬間また襲われるかもよ?」

「でも守ってくれるんでしょ? それに答えてくれない代わりに無償でお願い聞いてくれるって言ったのはクラウンのほうだよ」

「うぐっ……それを言われると反論できない。わかったよ、でもどうして気になるの?」


 クラウンの疑問に宗は黙り込む。

 眉間にグッとシワをよせ、言葉を探すように視線をさまよわせる。

 その様子をじっと見つめながら、コートの裾を翻して歩き続けるクラウン。琥珀の瞳は悩む宗から外れることはなく、じっと視線を注ぎ続けている。


「わからないんだ。何故かは」

「でも、切っ掛けはあるんでしょう?」

「クラウンがどこかに出かけているときに、あの水球が何度も壁に弾かれてぶつかるっていうことを繰り返していた。最初は怖かった、まるで壁を破壊しようとするみたいで。でも」

「でも?」

「壁を壊すには威力が足りないように見えた。でも、繰り返していた。もしかしたら、俺に何か言いたいことがあるんじゃないかって思ったんだ」


 あくまで俺の勘だけどねと付け加えて、宗は口を閉じる。

 回るように歩くのをやめ、眉間にしわを寄せると何やら考え込み始める。宗と目を合わせながら歩いているのによく転ばないなと思う。


「それに……少し気になることがあるんだ」

「気になること……あ」

「え?」


 何かを通り抜けた感覚に思わず立ち止まる。キョロキョロと周囲を見回せば、ほかに人の気配を感じない。

 昨日の襲撃を思い出し、少しだけクラウンに近寄れば苦笑しながら軽くたたくように頭をなでられた。


「大丈夫だよ。今日は襲ってくる気はなさそうだ」

「わかるの?」

「空気がピリピリしてない……逆になんだか沈んでいるね」


 沈んでいるといわれてもわからない。昨日と同じように誰も通らない道にしか見えないが、クラウンは別の何かを見ているか感じ取っているかをしているのだろう。

 一度深呼吸をして昨日見た小さな建物のもとに向かう。警戒のためゆっくりと歩こうとする宗を尻目にクラウンはすたすたと歩いて行ってしまう。むっとしながらもおいて行かれないように、白と金の背中を追う。 


「……ここだね」


 クラウンが足を止めた場所は石畳の中央に小さな建物がぽつんと立っている場所だった。よく見ると、建物は、瓦の屋根と木の扉があり社に似ている。

 シン……と静まり返っていた空気の中に小川のせせらぎのような、水滴が落ちるような、水にかかわる音がしている気がした。


「だれか……いる?」

「うーん、入ってみないとわからない」


 コンコン

 クラウンが手を挙げて、目の前の空間をノックするように動かすと固い音が響いた。宗も手を伸ばしてみると、見えない壁が指先に触れる。グッと指先を押し込んでみても固く冷たい感触が指先に伝わるだけでそれ以上先に進めない。

 クラウンを見上げれば、宗のことを見下ろしてきていた。


「入れないよ」

「大丈夫」


 白い手が差し出されたので手をのせる。手のひらに伝わる温度は相変わらずひんやりと冷たい。ギュッと手が握られると同時にポウっとクラウンの全身が白い光に包まれた。クラウンの輪郭に沿って輝く光は繋いだ手から宗のほうに流れ込み、同じように全身を包み込む。


「手を離さないでね。体を切断されたくなければ」

「え!?」


 さらりと言われた言葉に驚いた瞬間に強く手をひかれ、トプンと水の中に入るような感覚が宗を襲う。

 水が全身にまとわりついたような感覚で体が重く、息が苦しくなる。視界がグラグラと揺れ繋いだ手を離しそうになった瞬間、もう一度手を強くひかれた。


「ケホッ」


 一気に入ってきた空気にむせ、涙目になる。繋いだ手を見れば、クラウンの指が食い込んで肌が少し赤くなっていた。怖がらせるようなことを言ったとしても、こうして助けてくれるクラウンがやっぱりよくわからない。

 

「そーちゃん、ほら中に入ったから見えると思うよ」

「な、にが?」

「昨日私を襲った力の持ち主が」


 顔を上げて、言われたとおりに正面を向く。

 まだ、呼吸がしづらい。それを察したクラウンが背中をなでてくれる。どこかためらいがちに。

 

 涙でぼやける視界を瞬きをしてクリアにする。

 最初に目に入ったのは鮮やかな青の布だった。それは社の屋根から数本伸びて風もないのに、ひらひらと舞っている。布の端を彩る銀色の飾り紐がまるで流れ星のようだった。

 

 視線を滑らせると社の前にちょこんと立っている子供が見えた。

 幼稚園生くらいの小さな体と地面につくほどの流れるよう淡い水色の髪の毛。

 白い着物。その上に、金銀の糸が花となって彩る空を舞う布と同じ色の羽織。


 何よりも目を引いたのが。


「黒い包帯?」


 子供の目を覆うように幾重にも巻かれた黒い包帯のような物。それをじっと見つめると、言葉にできない寒気が襲ってきた。ギュッとつないだままの手を握れば、大丈夫だというようにやさしく握り返される。


「君は……」

「失せよ!」


 宗が声をかけようとした瞬間に、甲高い声はその場に鋭く響いた。

 子供と二人の間に昨日と同じ水球が現れ、すさまじい速度で飛んでくる。宗が反応するよりも前にクラウンが動いた。

 手を離し、前に出ると昨日と同じようにナイフで真っ二つに水球を切り裂く。形を維持できなくなった水球は崩れ、石畳の色を変える。

 クラウンはさらに踏み込み子供の喉に鈍く光る切っ先を突きつけた。ヒュッと息をのむ音が宗の耳に届く。


「私はそーちゃんの願いでここに来ただけ。君がこちらの話を聞かずにまだあの水球を出すようだった、こっちにも考えがあるよ。次に出したら、この切っ先がその細い喉を切り裂くから」


 クラウンとは長い付き合いというわけではない。だが、今まで宗が起こらせるようなことをしてもクラウンは怒らなかった。逆に楽しんでいるように見えた。

 

 だからこそ戸惑った。

 彼の冷たい手と同じような冷え冷えとした声に。

 

 暖かい声を知っているからこそ、クラウンの氷のような声に宗は固まった。 

 

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