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白い黒猫のタンゴ(短編集)

壁に耳あり個室に……

作者: 白い黒猫

蒲公英様の「ひとまく企画」参加作品です。

一つの空間で繰り広げられる物語をテーマにした企画となっています。



挿絵(By みてみん)




 今俺は人生最大の危機を迎えている。場所は会社のトイレの個室。大をしたのに紙がなかったなんて緩い危機ではなく、正真正銘の危機。下手したら人生が終わるくらいの危機である。

 というのは今、俺がいるのが女子トイレだからだ。

 別に疚しいことする為にここに入ったのではなく、あくまでも事故なのだ。急激に胃の痛みを感じ無我夢中で飛び込んだトイレがココ。今日は書類倉庫で作業していていつもと違う階にいた。その為にこの階のトイレの場所が俺のいつもいる階とズレた場所にあるとは知らなかった。さらにうちの会社のトイレのマークは男女共に黒いから気づけなかった。色々言い訳しているけれど、男の俺が女性トイレにいるというどうしようもない現実は変わらない。

 幸いなのは入った時に女子トイレに人がいなかったこと。そして最悪なのは今トイレに人がいる事。

「もう、部屋冷房効きすぎ! なんでこの季節に上着にブランケットで仕事しないといけないのよ」

「だって、ほら、ウチデブ多いから!」

 俺はそんな会話を聞きながら息をひたすら潜める。見えないだろうが更に空気のように存在感を消すつもりで目を閉じている。

「エアコンの設定上げても、速攻下げてくるのよね! それに私あの人のワイシャツに透ける肌もうキモくてダメ!」

「あれはないわよね~でも、私白いインナーが透けているのも爺臭くてダメ! レイちゃんのその、リップ色カワイイ!」

「ありがとう! 昨日買ったの♪ それにしても、丸山さんのワイシャツって特に薄くない、だから本当に乳首まで透けてみえてイヤなの! だったら下着を着て隠してよと思うのよね」

 いわれてみたらプロダクト企画部の丸山さんってうっすら肌色みえているかもしれない。しかも汗かきだからだろうよけいに透けてしまうのだろう。言われてみたら気持ち悪いかもしれない。

 女の子からみたらそういう事も気になるものなようだ。しかしインナー着ていたら爺臭い、着てないとキモいってどうしたらよいのか?

「déesseの夏モデルなのね、私も帰りみてみよ! あとさ、清水さんのあのネクタイの趣味何とかしてほしいわよね。本人はさりげなくしているみたいだけど、映画オタク丸出しよね」

 女の子だけの会話って結構キツイ。それにしても女子は器用である。複数の話題を平行して同時にしている。

「私もソレ欲しい~♪

 でもネクタイといったら、私は営業の三ツ矢さんのネクタイの方がダメ! なぜ世の中いっぱいネクタイあるのに、ソレ選んだの?! というのしてない?」

  しかし女の子ってそんなに男性の服チェックしているものなのだと俺は汗を流す。 

「じゃあ、マイちゃんも、三人でおソロ楽しんじゃう? 

 ああ三ツ矢さんね、顔が地味なのにネクタイだけ派手ってバランス悪いわよね」

 声だけだと分かり辛かったけど、どうやら企画部の佐山玲子と、咲楽(さくら)南と、清水麻衣のようだ。三人ともどちらかというのニコニコと可愛く無邪気に笑ってお話する感じの子だと思っていたけど、なんか結構会話が遠慮ない事を言う人達だったようだ。ちょっとガッカリである。

「それを言うなら、速水さんも何かね~って感じ?」

 え? 速水さんってお洒落だし恰好も良いから女子受けはいい筈。

「ああ~ブランド物をいかにも着ていますよって態度がね~。誉めたらフフンと嬉しそうにして馬鹿よね!」

「自分がモテていると勘違いしている所もイタイし」

「言ってる事って、ネットニュースで仕入れネタだけだしね。本当にウッスイ人!」

 確かにいけ好かない感じはあるけど、そこまで言っちゃいますか? みなさん普通に楽しそうに感心しながら聞いていましたよね。そして男性社員の査定を楽しそうにする三人の会話を聞きながら俺はトイレの中で震えていた。俺のネクタイのパターンがないのもしっかり見破られていたようだ。

 そんな三人の声がドアの開く音でピタリと止む。

「お疲れ様です」

「お疲れ様です」

 そう挨拶が交わされ三人は出てくるけど誰か入ってきたようだ。メンバーが交代しただけで出られない事は変わらず。俺は音を出さないように深呼吸する。

「ほんとアイツムカつく~」

 そしてドア一枚挟んだ向こうで、別の二人が愚痴を漏らしだす。

「私達だって仕事あるのに、コピーとかファイリングの仕事押し付けて何様なの!」

「そうね! 『俺は色々仕事抱えて忙しいんだ!』 って態度でいるけどやっていることは太鼓持ちと、会社の珈琲飲んで書類眺めているだけなのにね」

「人にお願いするなら、もっと態度もあるのに『コレ!』ってドサッと、置くだけってありえない!

 課の経理報告書作成ってそもそも中野さんがしなきゃならない仕事じゃない」

 会話から、文句の相手が庶務の中野補佐の事だと分かってくる。小柄で眼鏡のためにカマキリのような印象のある男性である。そして声からすると、コレは庶務の真鍋みゆきさんのようだ。真鍋さんはショートヘアでキツめ目をした三十前後の方でお局さん的な方で、相手は真鍋さんといつもいる入社二年目三宅さんのようだ。三宅さんは明るくハキハキしているけどイマドキな感じの子。この二人は合わないと思ったけれど、三宅さんが真鍋さんを慕っているようで、意外と仲が良い。

「その書類仕上げたら私に合図してから持って行って。そして補佐が何言っても書類に貴方のハンコ押さないで!」

「え? 何でですか~?」

「アイツの手口だから! そう言う仕事部下にやらせるのは、万が一ミスとか問題あったら、判子押した人のせいにして『私も監督不届きで申し訳ありませんでした。厳しく注意して気を付けさせますので』とかいって責任逃れするの。自分の渡す資料の不備からくるミスでも、その事でネチネチ叱ってくるのよ。皆分かっているから最近上手く逃げていたの。マコちゃんはまだその事知らないから押し付けてきたのね! いい? そういう書類の判子は必ずアイツに押させて! 私も見張っておくから。

 部下にさせた仕事はちゃんと確認して責任取る! それこそがアイツの仕事だから!」

 俺は息を潜めながらも、その話を聞き、中野補佐の最低さにムカつく。そして真鍋さんはこうしていつも部下を守って来ているから慕われているのかと納得もした。

「まっ、総務とか上にはそういうのバレているから向こうもマコちゃんの責任なんて思われることもないわよ。でもアイツのあの諂ったあの言い訳電話や、偉そうにマコちゃんを叱るのを聞くのも嫌だから!」

「え! バレバレなんですか? あの小者ちっくな卑屈さ」

「だって、アノ(・・)子達が彼氏にそういう事、散々愚痴っていたみたいだから、それぞれから私に話ききにきたわよ。だから私は肯定しておいたわ」

「あらら~、中野の得意の技『胡麻擂り』、それじゃあ無意味じゃん」

 二人のフフという笑い声が聞こえる。ん? その人物は誰だろう? そしてその女性は誰と付き合っているのか? すごく気になる。しかもアノ子()って、複数人? モヤモヤしている間に二人の会話は続く。

「そういえば、戦略開発の木島さん飛ばされたのってやはりアレ?」

「みたいね、専務の愛人にセクハラなんて馬鹿したから」

 木島さんって誰にセクハラしたのか? そして相手の専務ってどの専務?

 なんか会社でかなりの権限をもつ人とお付き合いしている女性が複数人いるようだ。女性を敵に回すと、この会社で生き残れなさそうだ……。

 女子社員が怖くなりトイレで一人頭を抱えている内に二人は出て行って静かになった。俺はそっと周りの様子を伺いつつ個室から出て、女子トイレから出るときも周囲の気配を探りつつ無事脱出する事が出来た。かなり遅くなってしまったけれど倉庫へと戻る。

 一緒に作業していた三ツ矢さんは俺の顔を見て怒るどころか心配そうにコチラを見つめてくる。

「随分時間かかったけど、大丈夫? しかも顔色悪いよ! ちょっと座る?」

 俺は必死に笑顔を作り、顔を横にふる。そして三ツ矢さんの顔から目を逸らし視線を下にすると、イッちゃった目をした変な鳥がイッパイ飛んでいるネクタイが見えた。確かにコレはないかもしれない。たかだか三十分くらいの女子トイレでの時間のせいで、社内がなんか違って見える。今まで気にもしてなかった所が気になる。まずは趣味の良さそうなネクタイを買いに行こう。そう三ツ矢のネクタイの鳥を見つめながらそう思った。



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[一言] あらすじ誤字報告です。 非情→非常 なのです。
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