episode 7 白い少女と黒い大男〈5〉
生きるために二人の少年少女が拳を握り、心に火を灯した。
右腕はないが代わりに左手の小刀が力をくれているような気がする。
「あんたその刀持っていなさい、その刀には持ち主の生命力を活性化させる力があるから」
「分かった。ありがとう」
「それに、触れたものを問答無用で切り裂く能力もあるから魔術の使えないあなたの役に立つはずよ」
魔術というものが何なのか分からなかったが、説明は理解できた。どうやら刀を握ってから気力が湧いてきたのはたまたまではなかったようだ。
「死にかけの二人が協力してどうする? 有用な武器も当たらなければ意味はない」
大男は余裕を崩さず声をかける。
先ほどの戦いで攻撃がかすりもしていないうえに最大の攻撃手段であろう球体は未だ空中で待機している。
余裕があるのも頷ける。
しかし攻撃手段の種は割れている。
どうやっているのかは分からないが、漂う影を自分に見せかけ透明化した実体で悠々と攻撃を行う。
バレてさえいなければ無敵と言っていい手だ。
けれど祐一にははっきりと実体を捉えられている。そして大男にそのことはバレていない。
隙を突くというならそこをおいて他にないだろう。
祐一は少女に近づき耳打ちをする。
「お前、あのでっかい球を何とかできるか?」
「後先考えなければ出来るわ。けどそんなことすれば戦うことも逃げることもできなくなる」
「それでいい。間違いなくあいつにこの刀を突き刺せる手がある。協力するか?」
少女は驚いた顔を見せてから、手元の小刀に目を移す。
一瞬考える素ぶりを見せてから一言。
「分かったわ」
まさか一発で信じてくれるとは思わなかった。いや祐一を信じているわけではないのだろう。別の何かを信じて試して見るかというところだろう。
「作戦会議は済んだか? じゃあ終わりとしよう。さらばた名も知らぬ少年と選択を誤った妖精術師」
いつの間にか透明な実体と影が一体化した大男が話かけてくる。
定期的に元に戻らなければならないのか、二人から少し離れた場所で話しかけてくる。
「まだ終わりじゃない!」
男が腕を上げ、少女が両腕を前に出す。
球体から流れてくる凄まじい風と隣の少女の両手の輝きを祐一が感じるのはほぼ同時だった。
見たことのない輝き、あの男から出ている暗い煙とは真逆の輝き。両手から溢れ出した光が二人の周りに漂い出す。
思わずその輝きに見とれてしまいそうになる。
「なるほど防ぐことに全力を使うか。しかしその後どうする? 地に伏すお前を殺すのはたやすいぞ」
少女は問いに答えない。そんな余裕はないのだろう。
大男が腕を振り下ろし球体が迫る。一発目二発目とは比べることのできない死の奔流。当たればまとめて消滅することは必死だろう。
圧倒的な死。けれど男の本命はその球体ではない。
最初からずっとそうだった。球体を目立つように配置してこそこそと突きにくる。見えていればどうということはない。
その場に影を残して祐一の方にゆっくりと歩いてくる。
倒れることの分かっている少女の方ではなく、武器を持った祐一を先に沈める算段だ。
少女には見えていない。攻撃を防ぐのに必死なのではなく、はなから見えていない。
少年には見えている。ゆっくりと迫る死の塊を。
見えていることがバレないように司会の端に男を納め、小刀をさらに強く握りしめる。
大男が目の前に立ち、勝ちを確信した笑みを浮かべる。
祐一の首筋に汗が垂れ、小刀を突き立てるイメージが明確になる。
大男が拳を構えたと同時。
「見えてるんだよ!!!!」
小刀を透明化している男の胸元に突き立てた。
音はしなかった。不思議と肉を刺す感触もなかった。
煙にナイフを突き立てたような感覚。何の抵抗もなく小刀が突き刺さる。
「は?」
「へ?」
球体が消滅した瞬間、異能を使う二人がポカリとした顔を見せた。
球体の方は男が傷を負ったために消滅したのだろう。いつの間にか大男に擬態していた煙も無くなっている。
「お前何故見えて……」
わけの分からない状況に混乱したまま男は出血もせず同じように煙になって消えてしまった。
「最後はあっさりしてるんだな」
死体が残らなくて良かった。一般的な感性を持つ祐一に『人間を殺した』という実感を全て受け止めるのは難しい。
「今のどういうこと?」
見るも無残な姿になった駐車場の真ん中で一人突っ立ていた少女が口を開きながら近づいてきた。
「あの男は消えたけど、それもこの刀の能力?」
「違うわ。多分だけどあれは本体ではなかったんだと思う。ダメージを受けると消えるみたいね。痛みは本体に向かうし魔術もしばらく使えないだろうけど」
(また魔術。分からない言葉だ)
「で、何であいつは消えたの?」
僕に聞くなと言いたいが祐一は答えられるを素直に答える。
「透明人間になってたあいつがお前には見えなくて……僕には見えただけ。詳しく……話したいし聞きたいけど、ちょっと……疲れた。少し休ませーー」
「ちょ、あんた大丈夫!?」
体力の限界。
祐一は耐えきれず意識を手放し、ばたりとその場で倒れこんだ。
少女の声を何度も聞きながら、ゆっくりと闇の中へーー