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episode 6 白い少女と黒い大男〈4〉

 朦朧(もうろう)とする意識の中、目を開けると俺を襲った少女と大男が争っていた。


 少女も大男も消える様な速度で動いたり、煙になって漂ったり非常識な戦いを繰り広げている。

 薄っすらぼんやりとした意識の中で、少女が自分を守ろうとしていることだけは分かった。


 まだ体の機能が回復していないのか目の前が擦れ完全に両者を捉えることができないが、それでも理解できないことの方が多い。


 (こいつら何だ。非常識すぎる。)

 

 祐一は基本的にはオカルトを信じていない。物事には理屈があり、説明できなければならない。

 10年前の事件をオカルトで片付けようとした世間の反発心かもしれないが目の前の現象を見てもまだ信じられないでいた。

 けれど今そんなことは重要ではない。

 どっちが敵であるとか勘違いとかもどうでも良い。今の祐一にできることはこの状況を利用して危機を脱出することだ。


 まだまだ全速力で逃走するほどに回復できていないし、失った腕が生えることなんてない。

 けれど少女が介入して生き残れる可能性が少しでも上がった今、藍里祐一に諦めるという選択肢はない。

 幸い唯一の武器である視力は戻りつつあるし、少女は今の所祐一を守ろうとしている。

 この目があればどの様なトリックでも種を(あば)き答えを導いてくれると信じている。

 「?」

 落ち着きを取り戻した祐一はふと疑問が湧いた。


 少女の攻撃が一撃も当たっていない。

 小刀の一振りは男の目の前の煙を切り裂き後ろにいる男には擦りもしていない。

 少女は気づいていないのか、煙にだけ小刀をなぞらせて後ろに引いている。


 「そんな便利な魔術なら切り続ければそのうちマナ切れで消えるでしょう」

 「その前に終えるまで」 

 少女と大男が口を開いて再び睨み合う。

 一瞬後にまたも消えたかのような速度で少女の方から男に迫る。

 「?」

 祐一の目には不可思議な状況が映しだされていた。

 少女が見当違いのところに漂う煙に攻撃した後、ゆっくりと近付いた大男に殴りつけられたのだ。

 「うっ」

  口から血を吐いて少女の動きが止まる。

 「何これ?」

 本当に理解できていないのか。何に攻撃されたのか分かっていない様だ。

 それは最初に祐一と少女が出会った時とまさに逆の現象だった。

 周囲に少女が気付かないのではなく、少女が目の前にいる大男に気付いていない。

 その証拠に睨みつける鋭い視線は大男ではなく煙に向けられている。

 

 (僕にしか見えていないのか?)

 

 大男が口を開く。

 「お前の攻撃は私に当たらない。私の攻撃はお前に当たる。これがこの戦いの構図だ。力を戻っていないお前に抗う術はない」 

 それならと言わんばかりに、少女はさらに速度をあげて連続で攻撃と回避を行う。その衝撃で駐車場の床に亀裂が出始めている。

 しかしその凄まじい攻撃は大男ではなく同じ速度で漂う煙に注がれ続けている。

 

 (間違いない。大男が見えていないんだ。)


 「はあ、はあ、はあ。あんたいつまで消え続けられるのよ。面倒臭い」

 「もう限界か? 私はまだまだ戦える」

 「私だってまだまだ余裕よ。速度だってあと3倍は出るわ」

 「それは恐ろしい。じゃあそろそろ終幕としよう」


 「危ない」と声をかけようとしたが上手く声が出なかった。

 

 「えっ?」

 瞬間移動とは比べられないほどゆっくりとした動きで近づいた大男が少女の後頭部をつかんで叩きつけた。

 かわせないわけのない速度だったが、認識できていない少女はもろに攻撃を受けてしまった。

 目をそらしたくなる様な一撃。普通なら頭骨は粉々に砕けて絶命してしまっているだろう。

 「3倍で動くのだったな。やってみろ」

 大男は余裕そうに挑発する。

 「この野rーー」

 今度は目の前で堂々と拳を握り、躊躇なく攻撃を放つ。

 どんな精神をしていれば立っていられるのか、少女が地に伏すことはない。

 

 (あいつ。逃げようと思わないのか。)


 高速移動を可能とする脚力があれば、この場からの離脱は容易に可能だろう。

 少女には使命があり戦わなければならない理由があったのだが、祐一には知る由もなく。ただ必死に自分を守ろうとする少女の姿だけがそこにはあった。

 「はあ、はあ、はあ、うっ……」

 「もう終わりだな。無理に世界を飛び越えるからそうなる。せめてもだ、こちらには死体を残さぬ様に殺してやる」

 野球ボールほどだった球が言葉とともに大きくなっていき、人一人包み込められるほどの大きさの球で固定された。あれに飲み込まれれば人の形すら保てずこの世から消えてしまうだろう。

 

 少女の姿は満身創痍。

 表現するにこれ以上のものはないだろう。離さず握りしめていた小刀は手放してしまい、地面に転がっている。

 (もう駄目か。どうする)

 介入しようにも、立ち上がる力も戦う力も祐一には無い。 

 (ーー無理か)

  なぜ自分に戦う力がないのか。これでは十年前に家族を失った時と同じではないか。

 いや、あの時より酷い。

 あの時は逃げることができた。今は逃げることすらできない。

 この手では何も為すことはできない。 

 

 ーー本当に?


 「え?」


 頭の中で女の子の声が聞こえる。

 ーー本当にもう何もできないの? 諦めないで。もう何も失くしたくないよ。

 

 「誰?」

 もう声は聞こえてこない。


 『もう失くしたくない』その言葉だけが深々と祐一の胸に突き刺さっている。

 体は傷だらけのはずなのに気力と残った言葉だけで立ち上がる。

 いつの間にか左手には小刀が握られ、不思議と力が流れ込んでくる。

 もう諦めない。

 もう失わない。

 生きるために必要なことはなんだ。考えろ。何でも利用しろ。

 気づけば口が動いていた。

 「お前死にたいのか。違うなら生き残るために力を貸せっ!」

 「あんたーー」

 キョトンとした顔で少女が目を見開く。

 「もう一度聞く。お前死にたいのか!」

 見開いた目に火が灯る。

 「こんなところで私が死ぬわけがない! あなたこそ私に力を貸しなさい!!」

 握った小刀が熱くなる。二人で大男を睨みつける。

 「もう逃げない、これは生きて帰るための戦いだ」


 ーーもう大丈夫だね


 懐かしい声が聞こえた様な気がした。


 

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