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episode 4 白い少女と黒い大男〈2〉

 「お前だな」


 さっきまで離れていた少女が突然目の前に現れ、左手の小刀が同世代の少女からは考えられない速度で振り下ろされた。

 体を無理矢理捻ってかわす。数歩下がって少女と正対する。


 目が良くてよかった。今まで宴会芸のような用途でしか使ってこなかった目が役にたった。

 駆け引きのないただ真っ直ぐに振り下ろされただけの刀なら避けるのは簡単だ。昔剣道部の一刀を白刃取りしたことだってある。


 「何だよお前!」

 「何の術も使ってないのによく避けたわね、けど次は当てる」

 話しは通じそうにない、親の仇を見るような目で睨みをきかす少女が再度小刀を僕の方に向ける。

 「話し聞けよ!」

 そう言った時ふと思った。

 人の多い町中でこんなことをしてなぜ騒ぎにならないのか。

 

「誰か助けーーっ!?」


 助けを呼びながら目線を少女から周囲に移すと僕は信じられないものを見た。

 笑いながらお父さんと手を繋ぐ子ども、腕を抱き合うカップル、何の話をしているのか馬鹿笑いしている中学生。

 変わらず(・・・・)そこにいたのだ。小刀を振り回す少女が今、目の前にいるのにも拘わらずだ。

 まるでこの世界が僕と少女だけを認識していないかのようだ。


 「キョロキョロと周りを気にして、舐めるな!」

 挙動不審な僕に苛立ったのか少女は距離を詰めて小刀を横薙ぎに振った。

 よっぽど怒っているのか、ただただ速く直線的に振られた小刀をかわし、そのまま右手に持った弁当を袋ごと少女に投げつける。

 こんな意味のわからない状況で抵抗しようとは思わない、助けも期待できないとあってはとにかく逃げの一手。

 少女は投げつけられた弁当を空いた手で無駄な動きもなく見事に弾いたが一瞬僕から目が外れた。


 (今だ!)


 少女に背を向けて一目散に逃げる。


 「ちょ、待ちなさい!」

 背中に声が刺さるが無視して走り続ける。こんなのごめんだ。

 10年前に家族がいなくなった時以来の死の気配。1人生き残った自分は家族の分も生き残らなければならない。戦って勝つことよりも逃げて生き残ることを優先する。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 少女は地理に疎いのか、細い路地を経由しながら逃げるとすぐに巻くことができた。

 今は立体駐車場の3階に隠れている。目が良い自分は高いところから警戒している方がよっぽど早く逃げられるし、ここは出口が3つもある。出来るのならここでやり過ごすつもりだ。


 状況を整理しよう。

 分からないことは二つ。一つはなぜ少女に襲われたのか。もう一つはなぜ騒ぎになっていないのか。

 二つ目の方が不可思議だ。小刀を振り回す少女が町中のあらわれて見向きもされないのはおかしい。

 魔法でも使われたんじゃないかと疑いたくなる。

 

 考えれば考えるほど分からなくなる。

 

 分からない。取り敢えず逃げることを考えよう。まずはーーそんなことを思案していると突然。


 「お前は何だ?」

 

 頭上から低い声が降ってきた。

 顔を上げると目の前に背の高いロングヘアーの男が立っていた。

 

 (あれ?)

 この男を僕は知っているような気がする。

 誰だ? 思い出せない。

 「お前は人間だな。なぜあの女が見えた」 

 あの女とはさっきの白い髪の少女のことだろうか。

 この男は何か知っているのか?

 「妖精に喋る口を取られたか? 何か話したらどうだ」

 事情を知っているのなら聞きたい。だがこの男は駄目だ。この男にとっての求めていない言葉を吐いた瞬間何をされるか分からないという危機感がある。

 「あの女ってさっきの白い髪の女の人ですか?」

 話しながら少しづつ男から離れる。

 「そうだ、中からきたハートマン家の女だ。 お前の家も魔術師なのだろう? 関係のない一般人なら殺さなければならない」

 (中? 魔術師? こいつ何を言ってるんだ。)

 「なぜ認知阻害の術式がお前にかからなかったのか興味がある。どこの家の出だ?」

 「家名は(みだ)りに出すなと父から言われておりまして、申し訳ございません」

 無関係な一般人を装うのは無理そうだ。

 「それもそうだな、すまない」

 口八丁でごまかしてはいるが、バレるのも時間の問題。この男の言うことに興味もあるがさっさとこの場から去るのが先決。

 「どこの家の者かは知らんが術式外の例外は捕まえて解剖してしまおう」


 「え?」


 そう言うと男の手から暗い煙が溢れ出した。

 「すまんな。抵抗すると苦しむだけだぞ」

 男の手の煙がゆっくりと形を持ちながら宙に漂い出すとそれは四つに分かれた。

 一つ一つが野球ボールのような形になると男の殺意が込められたのか、より一層暗くなり今にも飛んできそうな雰囲気を醸し出す。黒い(・・)ではなく暗い(・・)球。今目の前に存在しているにも関わらず、そこには存在しないかのように感じる。

 

 ビュンッ

 

 野球選手のピッチングがお遊びと言わんばかりの速度で暗い球は飛んできた。

 突然の飛来に驚いたがギリギリ目で追えない速度ではない、当たる寸前でかわしたそれは車が追突したかのような衝突音と振動を出して後ろの柱にぶつかった。

 「それ当たったら死んじゃいますよね」

 後ろの柱はコンクリートが砕け鉄筋も曲がってしまっている。

 男は静かに呟く。

 「避けなければ痛みなく終われる」


 今日はとことんついていない日のようだ。

 昼飯を忘れた件から始まり、買い物終わりに少女に襲われ次は意味不明なことを話す大男。

 しかし死ぬわけにいかない。

 週明けには来海との約束もある。


 「一発目はよく避けた。二発目は外さない、さっきより速いぞ」

 残った三つの暗い球が男の上に並ぶ。

 「残す言葉は無くていい。お前の脳みそに聞くこととする」

 男が口を閉じると同時に二つ目の球がさっきより速い速度で飛んでくる。速度は威力だ。一発目の威力を見る限り二発目のこれを受けると確実に命はないだろう。

 狙いは心臓か。

 本当に痛みなく終わらせてくれるつもりがあったのだろう。確実な急所めがけて飛ばしてきた。

 さっきより速いと言ってもまだこの目は暗い球を捉えている。

 同じように体を捻って避けようとするがーー

 

 ドンッ


 「ーーっつ!!」

 

 目は確実に捉えていたが体は反応しきれなかったようだ。右腕に少しかすってしまったようだ。

 傷を確認しようと当たった部分に目を向ける。

 「……え?」

 祐一の上腕半ばから先に本来あるべき物が無かった。かすり傷と思っていたがあまりの威力に腕のみ消し飛んでしまったようだ。

 「ーーーーーーーっ!!!!!」

 傷を自覚してしまった瞬間。今までに感じたことのない痛みが藍里の体の全てを支配する。声すらも痛みに支配され発することができない。

 動くことも話すことも聞くことすら出来ない祐一に男が言葉を投げる。

 「だから避けなければ痛みは感じないと忠告した」

 最早(うずくま)ることしか出来ない祐一に残り二つの暗い球を避けることは不可能。

 救いはこれ以上抵抗できないが故に後は楽になるのみと言うことか。


 痛みで意識絶え絶えとなる中、死を意識する。

 ああ、これで死ぬのか。

 十年前の事件から立ち直ってから自分だけが生き残った理由を考え。あの時消えてしまった家族と他の全ての人たちのために意味のある生き方をしなければならないと思い続けていた。

 こんな死に方ってあんまりだ。

 意識の薄れとともに痛みもゆっくりと消えていく。

 「許さ、れ…い」

 思考も霞にかかっていく。

 最後にはただただ男を見つめる目の光だけが死にたくないという意思を伝える。


 「いい目を持っている。しぶとい奴だ」

 男が三つ目の球をとどめに飛ばす準備をする。これで終わり。


 その瞬間。


 ドンッ!!!


 「見つけた! そこかーっ!!」


 一発目の衝撃音よりさらに大きな音と共に白い髪の少女が現れた。

 天使なのか悪魔なのか倒れた祐一に考えることはもう出来ない。

 

 

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