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episode 9 ジーンという魔術師

今回はいつも以上に短いです。


 「はあ、はあ……クソ。油断したか」


 戦いが行われた駐車場から少し離れた暗い部屋の中。

 複雑な文字と幾何学模様で形成された魔法陣の中でジーンは血を吐いて息を切らしていた。

 術を無理矢理消されたフィードバックが体内を引き裂くという形で襲いかかって来た。

 本来ここまでにはならないが、自分で作れる以上の魔力で術を組んだ対価がここに現れていた。


 「生贄まで用意して貯めた魔力をつぎ込んだのに失敗(しくじ)るとは」


 今回の計画のために魔術師五十人を生贄にして魔力を溜め込み、術の準備にもかなりの時間を要した。

 魔術は妖精術(フィンマフト)と違って膨大な準備が必要となる。その代わり準備さえ完了して入れば、妖精術(フィンマフト)を遥かに凌ぐスピードで発動することができる。


 今回戦闘で使用した術式は攻撃術式である暗い鼠(ダンエイマ)と自分を認識対象から外す見えざる影(カズシャニック)の二つ。

 見えざる影(カズシャニック)は最初にルイサにかけた呪いの応用なので手間はかからなかったが、それでも二つ揃えるのに一ヶ月はかかった。


 『中』からやって来た妖精術師(フィンマフター)殺して肉体を得ることが計画成功の鍵だったが寸前のところで失敗した。

 原因はあのイレギュラーの少年だ。

 最初は、否、最後の瞬間まで取るに足らない存在だと確信していた。


 しかし違った。

 思えば、魔術の効果から外れていた段階で注意を払うべきだった。

 そうしていれば結果も変わっていたかもしれない。

 結局何が原因でルイサにかけた認識阻害の術式と自らにかけた術式が解かれたのか分からないが、次はない。

 油断なく躊躇いなく一撃目で息の根を止める。可能なら脳は手に入れたかったが仕方がない。


 そして何にせよ妖精術師(フィンマフター)の弱体化には成功している。

 元々適切なタイミングが訪れるまで無理せず泳がせておく予定だったのだ。負傷したせいで少し遅れは出るが支障はない。

 体の回復が済み次第計画は進行させる。

 

 ジーンが眉間にしわを寄せながらも冷静に考えていると背後から女の声がする。

 姿は見えず声だけが聞こえる。魔術を介して声だけがジーンに届いている。


 「ジーン、しくじったの? だから計画の進行は私に任せなさいと言ったの。あなたの精霊堕界計画(ガイストフォール)は完璧よ。けどあなたの力で実現は無理よ」

 「黙れ。足りない部分を補うために魔術師五十人をつかまえて魔力に変換した。それで足りなければ百人殺して備えるだけだ」

 自分の体に流れる魔力が人並み以下なのは認めているが、他人に限界を決められるいわれはない。

 「その体で出来るなら良いけど。一人でやって失敗したら責任は全てあなた持ちよ」

 「分かっている。もう良いだろう。消えろ」

 もうこれ以上の会話は必要ないと言うかのようにジーンは部屋の念話術式をかき消す。


 俺の計画は完璧だ。初動から十年かかったがようやく完了する。

 第一に魔術師では知覚できなかった妖精を捕まえる術式の開発。

 第二に妖精を介して精霊の姿を捉え、人間の世界(メンシスウェルト)に引き摺り下ろす。

 最後に妖精を超える精霊の力を魔術師側で行使するというのが表向きの計画(・・・・・・)だ。

 本来もっと時間のかかる計画だったが魔術師を魔術タンクに置き換える術式の効率化が進行を加速させている。


 妖精の力を使う時に妖精術師(フィンマフター)の体があればそれが触媒となって成功確率が上がるため、ルイサの体が必要だったのだ。

 先の戦闘で消滅させずにわざわざ徒手空拳のみで戦っていたのは体を手に入れたかったからだ。


 「次こそは確実に成功させる。そして俺の計画を進める」

 ジーンは不敵な笑みを浮かべて、誰にも話していない本当の計画(・・・・・)のことを考える。

 

 「ククク……奴らも組織も関係ない……」

 

 体は内臓から損傷し、歩くことすら辛いにもかかわらずジーンは暗い部屋で次の準備を進めるのだった。

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