第89話 試合開始
体が揺れる、少しずつ意識を取り戻す。
「………タナカ起きた」
「…ああ、って何でメリベルに背負われてるの」
「………よかった」
「よかったって何が」
「………あれ見て」
メリベルに言われ遠くを見る。
「って外にいるの」
「………それもだしあれ」
再度遠くを見ると篝火と多くの人、そして大声が。
「さて、ドワーフの歴史に新たな1ページが」
「何あれ」
「………決闘場」
「えっそんなに寝てた」
空を見上げるが真っ暗だ、救いと言えば雨が止んでいる。
「………急に夜中になった」
「急にかい」
「………タナカ歩ける」
「歩けるけど」
「………なら降りてここからは1人で行くのがしきたり」
「あ、ああ」
「………安心して剣ならちゃんと持ってきてる」
メリベルから剣を渡される。
「………後はマイヤーからこれ」
液体の入った瓶を渡される。
「何これ」
「………マイヤーが作った薬、速効性があって効果は1日ほど続くって」
「そっか」
マイヤーが作った薬なら普通のポーションなんかとは違い効果はそれなりにあるだろう、蓋を開け一気に飲む。むせる。だが1滴もこぼさず飲みきる。
「まずっ、だけどなんか違う気がする」
空になった瓶をメリベルに返す。
「………タナカ頑張って」
「ああ」
メリベルと別れ、人混みに向かって歩き出す。
「おい、やっと来たぞ」
「どけどけ通してやれ」
モーセが海を割ったように道ができる。その間を通り抜ける。
「なんだあの剣に使われてる金属は」
「見たことないな」
「だがメリベルが打った剣だろう」
「ならどんな剣でも問題ないか」
笑い声や。
「あれが今回戦う」
「はじめてだよな、人間が戦うの」
「精々みっともないことするなよ」
応援のようなものが聞こえる中、1番と大きく聞こえるのが。
「さっさと負けろよ」
「お前が死ねば助かるんだろう」
「こんなめんどくさいことしてんじゃねえ」
等と言った怒声だ。それをことごとく無視する。
「おーともう1人の戦士タナカの登場だ」
何かの魔術を使っているのか全体に届きわたる声が聞こえるとブーイングが響き渡る。
「その手にはあの、メリベルが作った剣が」
今度は笑い声が。
「そしてやっと決闘場に入った」
大きな歓声がして、通ってきた道がなくなる。中央付近にはリヒターっぽい何かが立っている。
「ふっ、遅かったな、怖くて逃げ出そうとしてたのか」
たぶん挑発しているのだろう、だから挑発で返す。
「お前がもっと用意に時間がかかると思って」
「互いに挑発だー」
さらに盛り上がる。その間にリヒターの装備を見る。全体が黒いハンマーに全身真っ黒な鎧だ。たぶんすべてアダマンダイト製だろう。
「試合開始まで後5」
互いに少し離れ、武器を構える。
「4」
右手を前に両手持ちし、精神統一。
「3」
鼻で深く息を吸い、口からすべて吐き出す。
「2」
それを繰り返す。
「1」
誰かの叫び声が聞こえる。
「タナカ負けんじゃねえぞ」
「タナカさん負けないで」
「タナカ頑張りなさいよ」
アルフにリズ、イリアの声だ。それを聞くと体に力がこもる。
「試合開始」
盛大な歓声の中、リヒターに突っ込んだ。




