蕩ける甘味と、秋。
「甘い物を食べれば、苛々もおさまるよ」
そう言う彼女の指から、僕はそっとショートケーキを口に含んだ。
滑らかな舌触りは、彼女の指なのか生クリームなのか。それをうまく識別できないまま、また一口呑み込む。
傍から見れば、奇妙な光景だろう。女性がフォークなどを使わずに、手でショートケーキを少しずつ掬っては、男性の口元へ伸ばす。男性は親鳥から餌を与えられる雛鳥の様に、口を開きその指を招き入れるのだ。
時々、女性の指は本当に食べられてしまっていないのか、気になるほど危うく見えるだろう。食べさせてもらうたびに、僕がそう思うのだから。
いつからこうやって食べるようになったのかは、彼女にとってはどうでもいいことらしく、あまり思い出せない僕は、甘えるかのように受け入れていた。
まるでこの甘味のように、甘い時間が部屋を流れる。
甘ったるい部屋の外は、窓から見る限り枯れ葉や、黄色の銀杏並木が目立った。
ああそうだ、引き籠るような生活の僕達は、季節の感覚がよく解らなくなってしまっているのだ。
ぼうっと考え事をしていると、彼女はまた甘味を僕の口へと運ぶ。
今日はチョコレートだった。
彼女の指先の熱で少し溶けたチョコレートが、僕の舌に絡み合う、
もしも、この中に彼女の血が混ざっていても、僕は舐め取るかのように、チョコレートを食べるだろう。
「外は、寒いのかな」
「うん、きっとね。いくら秋と言ったって、もうすぐ冬なんだから」
「そうか、なら外へ出るのは少し憂鬱だね」
そう言って僕達は、小さく笑った、
窓から見えた秋空には、まっすぐな飛行機雲が見えた
僕らは、紅茶を飲みながら甘味を食べる。彼女の指から零れそうになった最後の一欠片を、すぐに口に含んだ。
秋はまだ終わらない。
二人きりの部屋の中で、甘味の賞味期限は迎えられないままだった。