第一話 1
午後七時半。重いまぶたを上げざるを得ないほどの悪臭を感じた。
四畳一間に散乱する丸まったティッシュペーパー、職場から拝借したコンビニ弁当の食べかす、洗濯物の山(洗濯はここ数ヶ月してないので洗濯物という表現は正しいのかわからない……)。
八月の猛暑で部屋の生ごみが腐敗した。無論、この狭苦しい面積を占領しているこれらを片付けようとは試みるものの、毎回失敗に終わっていることから、半ば諦めに似た感情が角埜慶太の胸の内に生まれていた。
この場の現実から逃げるように、本アパートに設置してある共同便所にそそくさと向かったのち、そこに併設してある流し台で顔を洗った。
ふと顔を上げると年齢に似つかわしくない人の顔が鏡に写り呆気にとられた。この数年間でここまで老け込んでしまったのもこの環境が着実におのれの肉体を蝕んでいる何よりもの証拠だった。
部屋に戻る渡り廊下からは何やら罵倒する図太い男の声、何語かわからない在日外国人のおどける声、熟した女の喘ぎ声が混ざり合っている。本アパートに住み着いた当初は以前住んでいた自身の実家との環境のギャップにいささか辟易としたものだが、今では時折聞こえてくる若い女の喘ぎ声に興奮するだけでそれ以外は何も感じない。
ここの住民との付き合いは無いに等しい。以前、一回だけ引っ越した当日にお隣さんに挨拶を行ったことがある。中肉中背の一見優しそうな四十半ばの男だった。
彼は始終にこやかに対応してくれたが、慶太は彼の太い胸板からちらりと見える刺青と玄関前の明らかに違法栽培と思われる葉っぱを見た。付き合いはそれっきりである。
慶太は部屋に戻り、充電してある折りたたみ式の携帯電話を手に取り、いつもの様にアダルト動画鑑賞に勤しんだ。五、六サイトを巡回し、適当なタイミングで固くなった自身のナニを取り出し、快感に身を任せる。
青少年特有の強烈な臭いと共にティッシュペーパーにそれをぶち撒け、一息ついた。
灰皿にあるチェリーの吸い殻を適当に一本選び、それに火を点ける。
数年前とは明らかに落ちぶれたと世間の皆様からは思われるだろうと慶太は考えていた。しかし、自身のスタンスを変えるつもりもない、いや、変えることができないのだ。