主任がゆく(千文字お題小説)PART10
お借りしたお題は「脂取り紙」です。
松子は唐揚げ専門店に勤務する三十路目前の女である。
交通事故に遭った松子を助けてくれた瀧本ななみと出張先の大阪で偶然再会し、夕食を共にする事になった。
ななみは食べ歩きブログを書いており、そこに載せるために運ばれて来た前菜をスマホで撮影した。
ブログを見せてもらった松子はタイトルを見た。
「住之江ななみんの食べ歩きブログ」
住之江ななみん。その名前は松子にとって衝撃的だった。
「ええと……」
ななみはスマホを覗き込んだままの松子を見て、どうしたらいいか困っていた。
「もうスマホ、しまってもいいですか?」
何とか告げた。松子はハッと我に返り、
「ごめんなさい、つい見入ってしまって……」
松子は無理に笑って応じた。
(ここで何も訊かないで誤解するのがいつもの私だから、確認しよう)
松子はななみを見た。ななみはバッグにスマホをしまって松子の視線に気づき、
「どうしたんですか、松子さん?」
微笑んで尋ねて来た。松子はゴクリと唾を呑み込み、
「ブログのタイトルなんだけど……」
「ああ、あれですか。私も一応、ネット社会の怖さは知っていますから、本名は出さないようにしているんですよ」
ななみの答えは松子の想定内だった。
(まだ油断はできない)
松子は更に尋ねる。
「住之江っていう名字、何故選んだの?」
ななみは苦笑いして、
「ウチの両親、離婚しているんです。住之江は父の名字で。安直ですよね、ハンドルネームが」
「ななみさんて、もしかしてお兄さんいる?」
その質問にななみがビクッとした。
「どうして知っているんですか? 確かに兄がいます。兄は父が引き取ったので、もう随分会っていませんけど」
松子は自分の推理が怖いくらいに当たっているので、震えてしまった。
そして、先程話した男性の名前を明かした。するとななみが目を見開いた。
「ええ!? それ、私のお兄ちゃんです! 驚いた! 私の兄が松子さんと……」
しばらく沈黙の時が流れた。そこへ次の食事が運ばれて来た。
ななみは再びスマホを取り出し、写真を撮ってから、
「そうなんですか。松子さんの相手が兄ですか」
「何だか、申し訳なくなってしまったわ」
松子はバッグの中の脂取り紙を探した。するとななみは、
「そんな事ないです。ずっと会っていないけど、兄は変わっていないんだなと思ったんです。小さい頃から、大人しい女子が好きでしたから」
ななみの言葉に松子は苦笑いした。
(大人しくないんだけど……)
思わず脂取り紙を鼻に押し当てた。
ということでした。