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夢への落ち

作者: きーち

 夢の中で夢を見ると言う事は無いだろうか? 

 幻想的かつ支離滅裂なら物語から、地に足を着いた世界へと変わる。本来はそれが夢から現実への帰還を意味する。しかし夢中夢は現実へ帰る事ができない。夢からの目覚めは安心を伴う物だが、その心中は再びあやふやな世界へと叩き返される。

 目覚めの先にある物が確かな現実で無いのなら、目覚め自体にどれ程の価値がるのだろうか。


 その頃の私は、常に深い眠気との戦いを繰り返していた。当時大学生だった私は、選択した講義によって出された提出を義務付けられたレポートの作成や、単位取得のための試験勉強に追われていた。

 時間と言う物は焦れば焦る程に短くなる。だと言うのに疲労や睡眠欲は平等に訪れてしまう。まだまだやらなければならない事が多いのに、肉体は休息を欲している。効果的にそれを取り払うには仮眠が一番だろう。机に向かったまま、僅か十数分足らずの睡眠によって、疲れは取れないが眠気は無くなる。多少の疲労であれば無視できる人間の体なので、私にとっては都合の良い物だった。

 そんな短い睡眠と机に向かう日々を過ごしている内に、私は不思議な夢を見る様になった。

 夢の中の私は、覚醒している時と同じ場所に居る。自宅の椅子に座り、使い慣れた机へと向かい、レポートかノートなのか分からぬ物を見てペンを動かしている。

 暫くはその行動を続けているのだが、自分が書いている物が何なのかと考える内にこれが夢だと気付く。自分の書いている物が意味の無い物だと気付いた時点で、夢が明晰夢になるのだ。

 そうなれば私は夢から目覚めようと意識を集中する。そうすればいつでも夢から覚める事ができたのだ。

 起きている時と大凡変わらぬ行動と状態。それが夢と気付く事は出来るのだが、どうにも現実と似通った風景は私の感覚をおかしくしてしまう。

 今居る場所は現実なのか夢なのか。そんな胡蝶の夢の様な思索に耽る時もあった。しかし差し迫った現実はいつでも存在しており、レポートの締切りに追われる現実は夢の様にあやふやでは無い。

 だから私は仮眠を止める事はできなかったし、現実に似た夢を見る頻度も減る事は無かった。


 そんな不健康な日々ももう少しで終わる。出された課題に対する目途が付き始めた頃、見ている夢の内容が変わった。いや、内容自体は変わっていないのだが、なんと言えば良いか、夢の深さが変わった。

 夢の中で机に向かい、いつも通り目覚めようとするのだが、目覚めた先が再び夢の中なのだ。目覚めた先にある夢も同じく机に向かいレポートを書いている。やはり今の状態が夢だと気付き、漸く現実へと帰還する。

 まるで夢の中で夢を見ていた様な不思議な感覚。最初は面白い体験をした物だと前向きに考えて居たが、繰り返し同様の体験をしていると不安にもなる。

 学生の友人などに相談すると疲れによる物だと言われる。彼らの中には昔、似たような

体験をした者もいた様で、経験上、疲労している時にその様な夢を見るらしい。

 その忠告を聞き、ゆっくりと休めればおかしな夢から解放されたのだろうが、それより私は迫る現実を優先してしまった。もう少しすれば忙しい日々に一段落がつく。そうすれば幾らでも休めるだろう。夢が疲労から来る物であれば、幾ら不思議だろうと我慢は出来る。

 夢を見る頻度は特に減らなかったが、それでも私はその夢を無視し続けた。


 夢がどんどん深くなる。もう少しで忙しさに追われる日々も終わろうとしていた時期、私は新たな悩みを抱えていた。目覚めた先にある夢。それが幾つにも重なり始めたのだ。夢から覚めるのは一度では無く、二度、三度、四度と増えて行く。机に向かい夢だと気付き、目を覚ます。その先は夢の中であり、やはり夢から目覚めようとする。そうして目覚めた場所だが、また夢の中なのだ。

 夢から目覚める事ができない。いや、目覚めはある。しかし現実へと辿りつけない。夢の深さは日を追う毎に増していく。その頃になると、すぐに今居る場所が夢なのか現実なのか判別できる程に、その夢を見慣れていた。

 だから私の努力は勉学と共に、如何に現実へと帰還するかと言う努力を行う様になって居た。しかし努力は実らない。まるで夢に引き摺り込まれるが如く夢からの目覚めを繰り返す。

 繰り返しの目覚めが十度を超える内、本格的に自分の精神を心配する様になった。医者に相談するべきだろうか? そんな思いもあったのだが、すぐにその心配は晴れた。漸くレポートや課題から解放されたのだ。

 もし繰り返しの夢が疲労からの物ならばこれで解決する。机では無く、ベッドで眠ればもうあの夢も見ないだろう。

 その日私は課題の提出を終えて、夜を待ち自宅でぐっすりと眠る事にした。ベッドの中で体をリラックスさせて、少し伸びをすれば、疲れたからだはすぐに眠気を感じさせてくれた。

 目蓋を落とした視界の中、意識にも影が落ちて行く。私は眠りの中へと進む。


 私は机に向かっていた。これは夢の中である。経験からすぐに判断できた私は、何故、またこの夢を見たのだろうと考えた。

 答えは分かっている。この夢は疲労から来る物であり、この睡眠は疲労を取るためなのだから、現在は疲れていると言う事である。疲労状態にこの夢を見る以上、今見ていてもおかしくは無い。

 何時もなら目を覚まそうと努力をし、その先にある夢の世界で同じことを繰り返すのだろうが、今の私にはその必要が無い。私は目覚める事を放棄して、夢の中で目を瞑る。夢の中で眠ると言うのも可笑しな話だが、私が望むのは疲労回復のための睡眠なので、特に気にしなかった。

 夢の中でも眠気は感じる物で、目を閉じればすぐに意識が飛ぶ。夢で眠ると言う貴重な体験をしながら、私の意思は暗闇の中へ。


 私は机に向かっていた。夢の中での眠りから、さらなる夢へと繋がる。目覚めた先にある物が机に向かう夢だとは理解していたが、まさか眠りの先にも同じ夢だとは。

 私は酷く混乱した。何故だ。漸くこの夢から解放されると思ったのに、どうしてこうも私を恐れさせるのか。私は早くこの夢から覚めようとした。

 私は机に向かっていた。目覚めの先にこの夢を見る事は分かっている。だから何度も目覚める事を意識する。


 私は机に向かっていた。私は机に向かっていた。私は机に向かっていた。私は机に向かっていた。私は机に向かっていた。私は机に向かっていた。私は机に向かっていた。

 何十。いや、何百か。数え切れぬ程の目覚めと共に夢に目を覚ます。何時もならとっくに目覚めているはずの回数を夢の中で繰り返す。

 だが現実には辿りつかず、今もまだ机に向かっている。目覚めても眠っても同じ場所に居る自分を理解し、私は発狂しそうになった。はやくここから解放してくれ、だが解放された先にここと同じ場所がある。

 どうすれば良い。どうすれば現実に辿りつける。手に持つペンを投げ捨てて、書き続けているレポートを破り捨てる。

 机を拳で叩くも、夢の中では痛みを感じずただ反動だけが伝わる。部屋に有る物を手当たり次第投げ付けて叫び声を上げるも、現実には辿りつかない。

 恐慌した私は走り出し、夢の中の自宅からも逃げ出そうと玄関へ向かう。扉を開けて外の世界へ。その先にある物が夢であると知りながら。

 私は夢から覚めた。


 私は机には向かっていなかった。ベッドの中。カーテンの隙間から漏れる光が眩しくて目を薄めた。

 ここは現実だ。それだけは分かった。漸く私はあの夢から解放されたのだ。重い体を上半身だけ起こして自分の手のひらを見た。それはここが現実かどうかを明確に判断するための基準だった。

 間違いない。私は現実の世界の戻って来たのだ。体の疲労も、睡眠の前よりは大分マシになっている。

 酷く嫌な夢だった。悪夢と言い換えても良い。それ程に恐怖し、狂いそうになった。だが、もう苦しめられる事は無いだろう。これからは無理をしないで勉強をしないと。心に決めてベッドから体を出す。

 目ヤニの付いた目蓋が気持ち悪くて顔を洗う事にした。鏡の付いた洗面台で蛇口を回し、出てくる冷水を顔に掛ければ、心地よい感触が顔面を包む。

 冷水によって完全に覚醒した私は、再びあの夢に思考を移した。疲労による物だと考えて居たが、どうにも奇妙な夢だった。本当に肉体の疲れがもたらした物なのだろうか。

 何か、もっと恐ろしい物だった様に感じる。だが、それも現実の世界に辿りつけた過去の物だ。夢は常に現実に勝てぬ幻想だ。夢の中なら目覚める事は出来るが、現実で目を覚まそうとしても―――























 私は机に向かっていた。




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