第4-5章
「あっ、そういえば、なんで妹の後をつけるなんて事をしようとしていたんだい?」
お姉さんの惚気がようやく終わったかと思ったら、今度はそんなことを訊かれた。
てか、なんで俺も結霞ちゃんの後をつけようだなんて思ったのだろうか? ぱっと思い浮かぶ理由だと、結霞ちゃんが心配だったから、かな。
会う相手がどんな男なのか気にはなっていたけれど、それ以上に結霞ちゃんの安全が気になっていたんだと思う。
寝坊しないで早く起きて、玄関でお見送りをしていたら、冗談じゃなくて本気で「暗くなる前に帰って来るんだよ」とか「横断歩道を渡るときには左右をきちんと確認するんだよ」とか、お母さんのような事を言っていただろうな。
こうして歩きながら、少し先に居る結霞ちゃんの後姿を見ても、可愛いなぁ、と心配な気持ちがほとんどだもん。これが老婆心と言う奴なんだろうな。
てか、老婆心って文字だけを見ると、年寄り臭いよな、それに性別も変わっちゃっているし、さっきもお母さんみたいな事思っていたし……俺、やっぱり年寄り臭いのかな? なんだかんだで、結構気にしています。
「ちょっと心配だったから、かな」
少し落ちたテンションでも、訊かれた質問には答えますよ。
「だからって後をつけようなんて事までするのかい? 少し気に掛け過ぎなんじゃないかい?」
「俺もそう思ってはいるけれど、可愛い妹の兄としては心配じゃないですか!」
本当に兄妹なのかどうかなんて事はもうどうでもいいや! 心配なものは心配だし、気になるものは気になるんだから。
「まさか、街中で不良にからまれる、とかあるって思っているのかい?」
「……!」
しまった、その事まで頭が回っていなかった。ここは公園でそんな怖そうな人なんて見当たらないけれど、もしこのまま街にでも出て、絡まれる事があったらどうしよう。吉田君はちゃんと結霞ちゃんの事を護れる男なのだろうか?
「で、そうなる前に、一芝居打って彼の事を試してみようとか思っているのかい?」
「それだ!」
なんて最高のアイディア! 流石鵜川さんもう大好き! 口にしては言わないけれどもう君も天使の仲間入りさせてあげる!
「えっ? まさかそんなことも思い浮かんでいなかったのかい?」
「いや~、鵜川さんのお陰でいいアイディアが浮かんだんで、早速実行に移してみようか」
鞄の中を漁って、かの有名なポケットから道具を取りだす時の効果音を脳内再生させながら、サングラスと帽子を取り出し、即座に装着してみた。
「完璧!」
「まぁ、確かに完璧な不審者だね」
心に突き刺さるような突っ込みだけれど、そんなものにはめげたりしない! 妙にテンションの上がってきた今の俺なら、何を言われたって意に介さないのさ!
「それじゃあ、待ちのチンピラ、行ってきます」
この姿で絡んでみて、吉田君が結霞ちゃんを任せるに相応しい相手か確かめてみよう。
「いや、止めておいた方がいいんじゃないかい?」
どうしてそんなに消極的なのかはわからいが、気にしないで突撃してきます!
「だって、兄妹なんだろ? そんなちゃちな変装じゃすぐバレるんじゃないかい?」
「あ」
駆けだそうとしていたのに止まっちゃいました。意に介さないとか言いながら、めっちゃ介しちゃっていますよ。まぁ、いいか。
……いや、よくないよな。これじゃあどうやって、吉田くんが結霞ちゃんを護れるか確かめろと言うんだ! 俺にはもう残された手立てはないと言うのか? 何か手立ては残っていないのか?
そして目に止まったのは鵜川さんの姿。
「まさか、うちに二人の事を襲ってこいなんて言うのかい?」
俺の視線に気が付いた鵜川さんが、意図まで汲み取って話しが早い。
「いやいや、幾らそんな恰好をしたってうちには怖くなんかならないと思うよ」
どうだろうか? ファミレスで日向の脚を踏みつけたりなどと攻撃的な面や、どことなく彩音さんと似た空気を纏っているから普通にいけそうに思えるんだけどな。
「それに、絡むなら男の人の方が怖くないかい?」
鵜川さんの服装はジーンズに淡い青の長袖Tシャツ、その上にジーンズのベストと全体的に青く、男が着ていても大丈夫そうな服装だった。
「だから無理なんじゃないかい?」
おまけに胸の辺りまで男に近い仕様となっているみたいだから、変装させれば完璧そうだな。
「おっと、今、とある部分を見て、これなら大丈夫だ。と頷いていなかったかな?」
「えっ、いや、そんなことないですよ!」
ほら、こんな感じの所とか彩音さんと同じゃん! この人なら、不良役、文句なしだと思うんだけど。
仕方ない、本人が乗り気じゃないんだったら別の手を考えてみないといけないな。吉田君の男らしさを確かめる言い手段、なるべく早いうちに思いつかないとな。
「一体どうしたらいいんだか」
俯き、考え込みながら歩き続ける。
「取り敢えず、前を見た方がいいよ」
「え?」
そう言われた時には遅く、目の前にまで迫っていた黒い影に額からぶつかり、脳内で鈍い音を立てて尻もちをついていた。
「痛った!!」
なんだ? 一体何とぶつかったんだ?
見上げた先には聳え立つ一本の木。
あぁ、なる程、この木と正面衝突したというわけですね。よくわかりました。犬も歩けば棒に当たるように、俺がボーっと歩けば木にぶつかるんですね。
度々くだらない事を言って申し訳ありません。今後もこんな事はありますけど、お付き合いください。
そんなことを思いながら、ぶつけた額を撫でていた「大丈夫かい?」と鵜川さんが声を掛けながら俺の事を覗き込んでいた。
「ああ、うん、大丈夫」
俺の事なんかよりも、結霞ちゃんの方が気になります!
と言う事で辺りを見回してみたけれど、どこにも見当たらないと言うのはこれ如何に。
「二人だったら、あの中に入っていったよ」
そう言って指差した先にあるのは、こぢんまりといた博物館のような建物だった。
建物そのものが展示物と思えるような、赤煉瓦の外壁を太陽に晒し、木々に囲まれた様相と相成って、煉瓦が古びて苔でも生えていたら、森の奥にひっそりと佇む魔女の家と見間違えていたかもしれない。
まぁ、二人があの中に入っていったというのなら、入らない理由がないので、鵜川さんを引き連れて博物館に突撃する。
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