第4-4章
そして、旅に出て二分程経った頃、運よく歩いている結霞ちゃんの姿を捉える事ができた。
吉田君と呼んでいた彼と一緒に並んで歩き、楽しそうな笑顔が覗いているのが見えて、何だか俺まで嬉しかったし、本当に彼の事が好きなんだなぁって思わされて、何だかちょっと複雑な気分です。
俺の結霞ちゃん(天使)が他人に取られたような感じがして、胸の中にもやもやとしたものがあるんだけれど、楽しそうでいいなとも思っていて、もうどうしたらいいんでしょうか?
「創一、目が怖いって」
「え?」
「大好きな妹さんが男を作ったからって、そんな嫉妬丸出しな感じはよく無いいんじゃないかい?」
「あぁ、いや、そんなつもりはないんだけどなぁ」
いや、どうなんだろう。嫉妬とは違うとは思うんだけど、確かにイヤである事は違いないんだよな。
身近に感じていた人が自分の手の届かない何処かで、自分よりも大切な人を作って、仲よさげに過ごしている事が怖いのかな?
「なんかさ、結霞ちゃんが遠いなぁ、って思ってさ」
「そうかい?」
「うん、そう思っちゃうんだよな」
両側を木々に囲まれた道を奥へ奥へと進んでいく結霞ちゃん達。実際に距離も離れてはいるけれど、それとは別にして、触れられないくらい遠くに感じてしまう。
あの二人を追いかけるように、俺たちも木漏れ日の中を歩きながら話し続ける。
「そういうものなんじゃないのかい?」
「……どういう事?」
素直に思った事を言ってみたのだが、鵜川さんは本当にわかっていないのかい? みたいな感じに少し驚いた様に表情を変え、続ける。
「兄妹っていうのは、そういうものなんじゃないかって事だよ」
「そういうもの……」
そういうものとは、どういうものなのだろうか?
この何処か寂寥感を孕んだ静けさや、遠く感じてしまう淡さの事なのだろうか?
「うちもね、似たような事を経験したことがあるからわかるんだよ」
「似たような事?」
オウム返しの単純な訊き方になってしまったが、それが何なのか非常に気になった。
「うちの場合は妹じゃなくて、お姉ちゃんなんだけどね。そのお姉ちゃんが彼氏ができたんだよ。その時は単純におめでとうって祝福する気持ちの方が大きかったつもりでいたんだけどね。日が経つにつれてさ、お姉ちゃんがうちといる時よりも彼氏さんといる事の方が多くなって、会える時間が減っていった時にさ、きっと今創一が感じているものと同じようなどうしたらいいのかわからないもやもやってした感情があったんだよ」
兄と妹、姉と妹、状況は違うけれど鵜川さんの言っている事が、抱いていたであろう感情が俺の中にすぅっと入って来て、共感できてしまう。
「なんせ、うちはお姉ちゃんっ子だったからね、最初はそんな感じですっきりとしなかったけれど、結婚されちゃった今ではもう、素直に羨ましいな、としか思えないんだけどね」
「そうなんだ」
同じような事を経験した先輩として教えてくれたのか、そして、これが兄妹のしがらみみたいなものと言う事なのか? この気持ちに完璧な区切りや踏ん切りをつける事はまだできないけれど、鵜川さんのお陰で胸の中にあったつっかえが幾らか楽になった気がした。
「ありがとうね」
「いや~、ちょっと柄じゃないような事言って小っ恥ずかしいんだけどね」
はにかみながら頬を掻いて、言葉通り恥ずかしそうにしているように見えた。
「ていうか、お姉さん結婚しているんだね」
ちょっとしんみりした空気も嫌いではないけれど、今はこの雰囲気が長引いて欲しいとは思っていないので、お茶らけた風に明るく訊いた。
「そうなんだよ、高校生の時から付き合っていた彼氏と今年、結婚したんだよ」
それに答える鵜川さんは、まるで自分の事のように嬉しそうにその事を言って、本当にお姉さんの事が好きなんだな、と窺い知れた。
「おーそれは凄い。おめでとうございます」
「いやいや、どうもどうも」
「お姉さん、幾つなの?」
「今、二十歳の大学生だね」
「学生結婚なんだ」
おお、なんかそれ羨ましいな。俺もできるなら学生結婚してみたいとも思うし……というか、それ以前に彼女作らなきゃ話しにならないですよね。うん、叶わぬ夢を見た気持ちになりました。
「でも、相手の方はもう社会人でバリバリ働いているらしんだよ」
「ほうほう」
そんな風に、鵜川さんのお姉さん惚気を聞きながら、木漏れ日の中を歩き続けて行く。
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