第2-5章
「はい、ここがゲームセンターです」
鵜川さんが張り切って案内をする。
ファミレスからの場所は非常に近く、歩いて5分も掛らない距離にあった。
人が出入りするたびに開く自動ドアから零れてくる雑然とした騒音を懐かしく感じる。入口付近には太鼓を使ったリズムゲームや小さなお菓子をすくうクレーンゲームなどが並べられている。
張り切っていた鵜川さんが先導して店内へと入って行くので追随するように俺たちも入って行く。
判然とした統一感のない混沌とした音楽に全身が包まれる。
あぁ、懐かしい雰囲気だな、この匂いもこの雰囲気も、中学2年以来だな。あの頃一緒に遊んでいた友達は何をしているんだろうなぁ、思い出が蘇って来たけど、関わりを絶ったのは俺だからもやもや感が心に引っかかる。
そんなみんなんに関係の無いことを考えていた俺のことには当然ながら気付かず「あのゲーム寄ろうよ」と指差されたゲームは四人プレイのできるアーケードのレーシングゲーム。それをプレイすることになった。
選んだステージは虹をモチーフにしたそのゲームの中では一番難しいステージだそうだ。で、そのゲームを開始する。
結果は見事にビリでした。一位は日向、次に鵜川さん、その次に水月さん。
うん、俺にはこういうのは向いていないみたい。ことごとくアイテムによる妨害はうけるは、上手く曲がれないや、壁に突っ込むはで大差をつけられてのビリでした。
「創一弱すぎでしょ」
意気揚々と下ものをおちょくる気満々ですね。
「初めてやったんだからしょうがないだろ」
初めてだったんだから当然だ。大事な所だから二回言いました。
そんなくだらないやり取りをしながら移動し、今度はプリクラの前にきた。
「「……」」
無言の主は俺と日向。
これもまた初めてモノもなんだけどさ、さっきのよりもハードルが高い気がするんだ。ここら辺に来た時から周りには女の人ばかりだしさ、このブースの入り口付近の立て看板に男性のみのグループの入場はお断りしますってのがあったせいで、よりいずらいというかなんというか。
垂れ幕みたいなのに女の人がプリントされており、そこに掲げられているいる謳い文句は、デカ目やら、美白やらとあるけれど、正直俺にとってはどうでもいい。
女子二人に無理矢理連れ来られて適当な奴に入った。
お金を投入してから機内の中央にあるモニターに色々表示されて行く。その作業をぼんやりと眺めていたら「ほら、始まるよ!」と急かしてくる鵜川さん。
「えっ、どうしたらいいの!?」
わからずテンパる俺。
「適当にポーズとればいいの」
「そうそう」
「いや、そう言われてもわからないし」
「じゃあ、うちの真似して」
そう言って身体を半分捻って、握りこぶしを顔に下あたりに作る。
そのポーズをみんなでとった。そして切られるシャッター。
その後も何枚か写真を取ってからラクガキコーナーという場所に移動する。
写真を撮った場所からぐるりと半回転して、暖簾の様なものが掛って仕切られているもう一つのスペース、ここでラクガキをするそうだ。こちら側のスペースは撮影する場所に比べて遥かに狭く、人が二人横に並べる位しかなかった。
前には隣同士に並べられているモニターをいじっている女子二人。それを後ろから覗きこむ。
丁度鵜川さんが一枚目に撮った写真に何かを書きこんでいた。
「なんで『チャリで来た』なんだ?」
ここまで普通に歩いてきた上、俺はチャリを持ってないし。
「こういうネタよ、ネタ」
「へぇ~そうなんだ」
「よし、できた! 創一もやってみだらどうだい?」
「えっ!? いや、俺はいいよ」
どうしたらいいのかさっぱりわからないし。
「モノは試し、百聞は一見に如かず、成せばなるだよ!」
無理矢理位置関係を交換させられてモニターの前に立たされる。
どうしたらいいものか、と考えさせられて破れかぶれになって、デフォルトで設定されているスタンプを適当に押してそれっぽいものを作ってすぐにバトンタッチ。
逃げるようにプリクラブースから抜け出す。
その先に人影、日向だ。
「遅かったな」
「そういう日向は早かったな」
俺と同じで耐えきれなくなって離脱してきていたんだな。
「適当なゲームやろうぜ」
「そうするか」
女子二人組を放っておいて移動し、脚が止まったのはガンシューティングゲームの前。
「男なら、こういうのだろ」
「そうだな」
早速コインを投入しでゲームを始める。
無限とも思わせるくらいに湧いてくるゾンビを手に持っているハンドガンのコントローラーで標準し頭撃を次々と決めて倒していく。
「緋山、なかなか上手いな」
「まぁ、この手のゲームは昔やってたからな」
そんなことを言っている日向もかなり上手く、見事に敵を倒していく。
気がついた時にはボスまでノーダメージで倒しており、店のニューレコードを叩きだしていた。
「「よっしゃあー」」
爽快感と一緒にパーンと力強よくハイタッチを交わす。
一体感と連帯感、そして友情が生まれた瞬間だった。
譬えゲームとはいえ、死線を乗り越えてきた仲間。
死の恐怖が眼前に迫り来た時に光を差した弾丸。
二人だけの世界で無数の亡き者と交えた殺意。
人外の者どもと渡り合うのには連携が必須。
それだけの恐怖を脅威を乗り越えてきた。
圧倒的不利も振りっ切って進み、放つ。
背中に感じる信頼の重みを受けつつ。
トリガーを引き、銃口からの飛翔。
一直線に延びる弾丸が敵を穿つ。
そんな光景を何度も繰り返し。
辿り着くことができたんだ。
世界を救済できた達成感。
終わりを迎えての脱力。
その全てが今となり。
この時を作り上げ。
未来を作り上げ。
思い出となる。
勝者が行う。
それこれ。
手と手。
握手。
堅。
「なに、気持ち悪いことしてるの」
雰囲気ブレイカ―鵜川現る。
「ほら、写真できたよ」
おもむろに差し出してきたそれに目をやる。
「「これ、俺かっ!?」」
みせられたものはそれほどに信じられないものだった。
肌は信じられないほどに白くなっており、目はあり得る範囲で大きく改造されており、髪の毛は茶色く塗り替えられていた。
俺は普通の黒髪だし、日向も若干青みがかってはいるけれど黒、水月さんは地毛なのだろうけど結構茶色目、鵜川さんは派手すぎない茶髪。
誰ひとりとして原形をとどめていない形に上方修正をかけられているわけだ。
プリクラ、恐ろしい子。
「はい、二人の分ね」
綺麗に切られて分割された写真を水月さんから受け取る。
う~ん、何というか、面白いなこれは。俺も頑張ればこんな風に変わるのかな? 高校デビューでこんなんにしてみようかな。
自分が常にこんな姿でいることを、頭の中で思い描く、が、想像できない。理解不能のモノを見た気分。
ということでこの計画は速攻でおじゃんです。
もらったはいいけれど、どこに入れたらいいのか分らなかったのでとりあえず財布の中にしまっておく。
「あっ、あと、創一」
「ん? 何?」
「メアド教えて、写真送りたいから」
「へぇーそんなこともできるのかぁ」
こんなことを言ったらy、よくこの現代で生き残ってこれたねって感じの目線で見られた。
関わりを持ってこなかった世界なんだから、しょうがないでしょ!
なんだかんだ言いながら携帯を取り出して、あるアプリを起動する。同じことを鵜川さんもし終えたのか携帯を操作する手が止まった。
「いい?」
「オッケー」
で、互いの携帯をぶつけて連絡先を交換する。
科学の進歩って凄いねぇ、俺が小学生の頃なんて、なんて言ったっけあの折りたためる奴…あっそうそう、ガラケーだっけ? 今はもう使っている人の方が珍しくなっているからね。スマホしか使ったことがない(まともに使いこなせてる感もない)俺だけど、こうなるのは自然の流れだったんだろうね。
同じ行動を水月さん、日向ともして、互いの連絡先を入手した。サンキューなどと軽い礼を言ってから次は何をするか話し始める。
ふと、脚元に視線を落とした時にキラリと光る何かを見つけたので、それを拾い上げる。
「メダルか」
コインゲームなどで使われるただのコインだった。
一瞬百円玉かなぁっと期待したんだけどなぁ。拾ったはいいけれどどうしたものか。
「一回やってみたらどうだい?」
鵜川さんが提案してくれる。
「そうだな、そうするか」
そんでもって適当なコインゲーム機の前にまで移動した。
大きな機械ではなく小さな一人だけでやるタイプの機械にコインを投入する。
何も考えずに適当なタイミングで入れたコインが落ちる。左上のポケットを通り抜け、真ん中したのポケットまで通り抜ける。カシャンと音を立ててコインの上に乗っかる。一度二度と上の台が移動したがコインの落ちる気配はなかった。
「駄目だったな」
はなから駄目もとだったので痛くもかゆくもなかった。まぁ少しでも時間が潰れたからいいとするか。
「ねぇ、ちょっと待って」
移動しようとしていたら水月さんが指をさして制する。その指している先はゲーム機の中央にある小さなモニター、それがやたらと動いていた、そして制止。
軽快な音楽とともに動いていた台が止まり、横からメダルが大量に噴き出してくる。
あまりの突拍子もないことなので驚き、声も上げられずそれを見守る。雪崩のようにこぼれ出てくるコイン。
「なんか、すんごいラッキーだな」
空笑いしかできなかった。まぁとりあえず出てきたコインをみんなと分けてまた遊ぶ。
そんなことを言ったけれど実はもうゲームセンターには飽きてきていたので、持っているコインのほとんどをブラックジャックにつぎ込む。
結果は、ロイヤルストレートフラッシュ。
……。
俺ってこんなに運良かったっけ? 怖くなってきてもうやる気がなくなったのでコインをすべて預けてみんなと合流する。
楽しい時間はあっという間に過ぎるとはよく言ったもので、4月の空が赤みを帯びてきていた。
夕暮れの空の下で大きく伸びを一度する。
通り抜けていった心地よい春風で肺が満たされていく。
「あぁ~遊んだ!」
久しぶりに心の底から楽しんでいたと思う。
「うん、遊んだねぇ、中々楽しかったよ」
鵜川さんに軽く背中を叩かれる。
「そうだね」「ああ」
水月さん、日向も同意する。
「緋山君帰り道わかる?」
俺が越してきたばかりだと言うことを心配して声をかけてくれた。
「大丈夫、ここら辺はそんな複雑でもなかったし、一度通れば大体憶えられるからさ」
「なら、大丈夫だね。私たちはこっちだから、じゃあね。また学校で」
「またねぇ~」
「じゃあな、また」
それぞれがそれぞれの返事で答えてくれる。
「あぁ、…また学校でな」
夕日の方に向かって三人が歩いて行く。
ただの別れだっていうのに、胸の中に熱いものがこみ上げてきてしまう。〝またね〟この言葉があるからちゃんとまた会えるんだな、と実感させられているからなのだろう。
過去があるから今の俺がいることは事実だ。だからどんな過去にも意味があったと信じている。久しぶりに聴いた〝またね〟ありふれた、単純なものだけれど、再会を約束する言葉だ。過去から未来へと繋がる言葉だ。
この言葉から俺の新しい道が始まるんだな、と改めて実感させられてきた。
過去の失敗は乗り越えればいい、過去の過ちは繰り返さなければいい、だからこそ、俺はもう人との関わりはをないがしろにすることはしない。
〝またね〟といって別れて、ちゃんと再開できる友人を増やしていこう。
雨峰高校という新しい場所で。
別れを告げたみんなのシルエットを遠くに見据えてから振り返り、延びる自分の影を追いかけるかのように歩き始める。
歩き続けること数十分、道に迷わないように確実性を上げるために、下手に近道を探そうとせず、学校からファミレスに行った道を辿り、高校前を通り過ぎた所に先掛った。
ここからはどう足掻いても迷うことはなく、少し先に見えている角を左に曲がれば一直線で家にまで行ける。
点々と照らしている街灯の光を浴びながら歩みを進め、曲がり角を曲がる。
刹那、何か大きなモノに脚を取られた。
重力に引っ張られ前のめりに傾く身体。
道の物体に倒れこみ勢いで跳ね上がる。
背中に伝わるアスファルトからの痛み。
見上げた先には街灯の光で逆光の暗影。
シルエットのみが輪郭を縁取ったモノ。
それだけが広がって、目に映っていた。