第2-4章
学校を後にしてしばらく歩き続けて、このファミレスまで辿り着いた。食事も無事、美味しく頂き今はドリンクバーでどこまで時間を稼ぐかタイムに突入しようとしている所です。ちなみに俺が食べたものは、安くてある程度腹が膨れてくれる、学生に優しいドリア(卵付き)を頂きました。
「それにしてもさっきのは、ホント、驚いたよね」
開いた皿を店員さんが運んで行ってから、左斜め前にいる鵜川さんが話し始めた。
「あぁ、確かに。本当にあんなことがあるんだって思わされたよ」
俺も、というかここにいるみんなが同じことを思っているだろうけれど。
「私もびっくりしちゃったよ。でも楽しかったね」
正面にいる水月さんもおおむね同意。
「俺はもうごめんだ。あれはわからなかったら面倒くさすぎるだろ」
溜息を吐きだす変わりにストローでお茶をブクブクちやっている。
なにが凄かったのかというと。
「人の数多すぎだろ」
「「「うん」」」
皆さん仲良く首肯しました。
どんなことがあったのかというと、このような気持ちにさせてくれた事件は昇降口に着いてから始まった。
確かに昇降口は何も用事がない時は朝登校してきてから一番最初に入る学校内ということで〝始まり〟という意味では合っているだろうけど、今は違うだろう。敷いて言えば下校の始まりだけれど、学校生活的に下校は終わりなわけなのだから〝終わり〟を迎えるはずの場所で別のスタートを切ったわけだ。それは帰宅困難。
教室から昇降口に続く間の道には何のトラップも仕掛けもなく普通にこれたのだが、そっから先が凄い、ともかく凄い。
目の前の景色を文字で表わすなら、
人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人傘人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人。
といった感じ。
普段なら見えてるであろう、地面に敷き詰められているレンガも、綺麗に水色に塗られている別の棟の姿もすべてが人の群れにかき消されている。
聴いたことがある話だと、この学校は部活動勧誘が凄いらしい。そしてこれがそれによって出来上がった副産物なのだろう。
帰宅する上では必ず通らなくてはならない昇降口から校門までの区間が人工的に、いや人口的に塞がれているのだ。満員電車状態になって。
こんな帰宅が困難になるような勧誘活動なら普通は教師が無理矢理にでも解散させるだろうけれど。我が雨峰高校はその例に漏れそのようなことはしてくれない。
その根底にあるのものはおそらくは教育方針による所なのだろうが、その内容は簡単に言うと自由放任主義。
かなり崩した感じに言えば、好き勝手にやってどうぞ、こちらは出だししません。
そんな主義のお陰で校則らしい校則もなく、唯一の校則が、どんな形であれ制服を着ていればいいですよ、とのことだ。
だから、目の前でこんなことが起きていても教師人は何もしない、生徒間の問題は生徒同士でどうにかしろ、ということです。
俺個人とし言えば特に文句はない校則だけれど、せめてこういう時ぐらいは出動してくれよ!
全力で叫んだ所で何も変わらないので声には出さないけど。
ここからどうやって抜けだそうか、と考え始めた時に鵜川さんが「靴持ってこっちきて~」というので皆さん素直に従って付いて行く。
「どこに行くつもりなんだ?」
当然のように抱いた疑問を投げかける。向かって行っている方向は校門とは真逆だったから。
「抜け道思いつたよ」
その何の裏付けも、確証もない言葉を信じてついて行く。
言われるがままに着いて行ったが、階段などを登って別の階、別の棟へ行こうとはしていないようだ、確か一階にはあの昇降口以外からは外に出ることのできる場所はなかった気がする(文化祭で見て回った時の記憶談)。
そして着いた先は保健室前、そこに来て俺もようやく「なるほど」と納得できたわけだ。保健室は基本的に一階にあるものだ、なおかつ運動部が怪我をした時にすぐに対応できるようにグラウンドと出入りすることのできる出入り口がついている、そこから外に出ようってことみたいだ。
他の二人はわかっていなかったようなので、どういうことかを説明してあげる。
けれど問題は保険の先生がいたらなんて言えばいいのかってことだ、まぁその時はその時で口八丁手八丁誤魔化してみせる。
躊躇うこともなく鵜川さんがドアを開ける。案だけ外で人がゴミのようだ状態になっているのだから怪我人などで繁盛しているかな、と思っていたがそんなことはなくとても静かだった。
けれどその静寂の中にはひとりの人、すなわち保険医の先生がいた。
さて、どうしたものか。
「一年生?」
その先生が何の前置きもなく突然訪ねてくる。
「そうですよ」
自然と俺が対応していた。
「怪我人や病気の人がいるようには見えなんだけれど、どうしたのかな?」
見た雰囲気は優しそうなかろうじてまだお姉さんと言えなくもない容貌だったが、その双眸は何か孕んでいたように見えた。
「いや~その、できたらそこを通してくれたら、嬉しかったり、喜んだりなんですけど」
何が口八丁手八丁でどうにかするだ! こんなんじゃ誰も納得しねぇだろ!
心中で自分のことを一発殴っておく。
「へぇ~いいわよ」
おぉ、流石俺、口がお上手。なわけないですよね、なんかあるよなこれ。
「あなた達で五組目ね」
続けてそう言われたが何のことだかさっぱりだ。
呆けた面をした俺を見てか説明してくれる。
「ここを通り抜けて下校した一年生の数よ、昇降口のごたごたを無事回避した数でもあるわね」
この対応の感じから毎年、何組もこうやってここの存在に気がついて、裏門から抜け出すのか。
「まぁ、毎年恒例の脱出イベントみたいなものだからドンドン通っていいよ」
「じゃあ遠慮なく通らせてもらいまーす」
ということで何の問題もなく通り抜け完了。
全員が靴を履いてグランドの土を踏む。そして見える景色は誰もいないグラウンド。あんなに人でごった返していたのにこっち側には人は溢れてきていないんだ? と浮かぶ疑問は振り返ってみてすぐに解決した。シャッターが下りておりこちら側は入るどころか見えないようになっていたんだ。唯一の昇降口からグランドへ通じる道は、その上を通っている棟と棟を繋ぐ渡り廊下があり、校舎のそこからシャッターで仕切られて、人がこっちに来れない、というわけだ。
ちなみにシャッターのこちらがはの面には「脱出おめでとう!」と粋な台詞が書かれていた。
『毎年恒例の脱出イベント』
さっきの先生の言葉が頭の中で蘇った。
表向きには部活勧誘で通れなくした昇降口(裏の方法は知りません)、それで人為的な密室を作って脱出してみろってことか、だからあんなシャッターまで作ってこんな企画をするのか。中々面白い学校に入学したもんだな。
入学前と入学後に真実を知って落胆することは多いだろうけど、こんなワクワクさせてくれるとは思いもしなかった。中々面白い学校だな。
期待に胸ふくらませて裏門を乗り越えていった。
長かったけれどこれはすべて回想なので現実時間では3秒と経っていないのだが。
「でも、ああいうのをゲリラ的にやるのって中々面白いな」
少なくとも俺はこういうイベント事は好きな方なので、最初驚きはしたけれど面白かったと思う。
「確かに面白かったね、私学校の門乗り越えるなんて初めてで少し興奮した」
「うちも、初めてだった」
初体験おめでとうございます。
別に何にも深い意味はないですよ。俺は純粋に初めてのことができてよかったですねって気持ちで言ったわけです。他の意味がもしあるとしたら教えて欲しいですね。
ちなみに俺は小学生時代に既に体験済みです。
月曜日に出さなきゃいけない宿題を学校に置き忘れて、日曜日にこっそり忍び込んで奪取したことがあります。
「……みてないよね、二人とも」
初めてだった、といった鵜川さんが疑いの目線を主語の抜けた文章で聴いてくる。
主語を付けくわえてどういうことか説明すると、グランドを通りぬけて裏門手前に来た時に俺ら二人に先に乗り越えて「いいよ」というまでこっちを向くな、という命令を受けた次第で、破り次第視力を剥奪すると脅迫を受けたので犬のように従順に従った。つまりは門を乗り越えている時にパンツみてないだろうな、とのことだ。
パンツだなんて昨日見たモノと比べてみたら……ゲフンゲフン、これ以上言ったら悪い予感しかしないので自制します。
「安心しろ、俺にも選ぶ権利ってものが――」
その言葉と同時にイヤな低い音が下の方から聴こえる。
あぁ、日向のバカ、俺もその言葉は浮かんだけれど言わないでおいたのに。
実際みていないし、そう訊かれて適当にあしらおうと仕様とした時に浮かんだものを日向が口走って俺の分も受けてくれたので被害ゼロ。
蹴った犯人はおそらく鵜川さんの方。昨日の叶さんと同じ種類の冷徹な微笑みを浮かべ得ているから間違いない。
あれ、今一瞬背筋に寒気が走った気がするけど、気のせいだろう。きっとあの笑顔にビビったんだな。
おそらく向う脛を蹴られたのだろう(下を見たくないので憶測)日向が机の上に項垂れる。こういうことがあるからあんまり乗り気じゃないんじゃないか、と一抹の疑問が浮かび上がったけれど、俺には被害はないので気にしません。
日向を横目に、ドリンクバーで取ってきたアイスティーを啜るが、ズズズ、と音を立ててもう入っていないと抗議をしてくる。飲み物を飲みきる程度には食休みもできたわけだし、もうそろそろどこかに移動しないか? と提案をしてみる。
「もうそろそろ、どこか別の所に行かない?」
個人的にはこのまま話し続けることも、高校生活という名の青春の一ページに収めるだけの価値はあるだろうけれど、この街の全容も気になるわけなので。
「そうだね、じゃあどこに行こうか」
「やっぱり、うちの素晴らしきアイディア、ゲーセンで決まりだろ?」
まぁ、滅多に行かないけれど、場所くらい知ってても問題はないんだし。
「じゃあ、そこで」
指名を入れました。
「マジですかい?」
提案した本人が驚いてどうするんだよ。
「マジマジ、超マジ。酸素と水素がくっついて水になるくらいマジ」
自分で言っておいてなんだが、よく意味のわからない例えだな。
「そりゃ本当にマジだな」
使った本人ですらきちんと解釈を出来ていないのに、その言葉を理解していただけたようです。
「うちのとっておきのゲーセンを紹介してあげるよ」
「二か所しかないけどね」
鵜川さんの言葉に添えるように水月さんが補足をする。
「それじゃあお願いします」
そんなこんなでゲームセンターに向かうこととなった。
「詩昏、いつまでそうしてるの、早く行くよ」
犯人は現場に戻る、ではなく犯人が再び被害者に絡んで起き上がらせ、ファミレスを後にする。
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