68話
スタイン領での視察とフランソワとハンスの婚約発表についての打ち合わせを終えた一行は王都に帰還した。
王都に帰還した直後、ハンスは溜まっていた事務作業、ルイスは新しく薬草栽培を始めた領地からの報告を読み問題点の解決を指示したりして忙しく過ごしていた。
ちなみにランとフランソワは全く手をつけていなかった夏休みの課題に取り組んでいた。
帰還から10日後、伯爵以上の全貴族に対する議会の召集と議会後に行われる王家主宰の夜会の案内状が配布された。
議会の議題は王太子殿下の初外遊での成果報告とされ、新たに各国との間に取り交わされた条約等の説明とされていた。
議会の前日、王城の謁見の間では玉座の前に、エルザリア公爵夫妻、レジアス公爵夫妻、スタイン伯爵夫妻が跪き、その後ろに4人の少年少女が跪いていた。
「皆の者、面をあげよ」
玉座からの声に皆は顔を上げ王からの次の言葉を待った。
「此度、エルザリア家長男ハンスとスタイン家次女フランソワ、レジアス家長女ランとエルザリア家次男ルイスの婚儀について申請があったが相違ないな」
王の言葉にエルザリア家当主マックスが代表して答えた。
「相違ございません」
「この婚儀によりエルザリア家の後継をハンス、レジアス家の後継をランの婿となるルイスとすることに異議はあるか?」
「異議はございません」
「此度の申請、ローレンシア神聖王国国王バレル・ボガード・ローレンシアの名において許可する。後継となる両名は家名に恥じぬ領主となるべく精進するように」
「「はい」」
ハンスとルイスの返事にバレルは満面の笑みを浮かべて言葉を続けた。
「この後、話があるゆえ全員執務室のほうに来るように」
国王バレルはそう言い残すと謁見の間を後にし、残された両家の面々も国王の執務室に移動した。
「ハンス、ルイス婚約おめでとう。フランソワ、ランこれからもハンスとルイスを支えてやってくれよ。これは叔父としての儂の頼みじゃ。ビクターの婚約も正式に整ったし目出度いこと続きだな。ビクターなんぞヘラヘラしおって見ておれんわい」
バレルの言葉に皆が笑顔で頷いている中、ルイスだけがうかない顔をしていた。
「おいルイス、何か問題があるのか?」
ルイスの様子を見て心配そうにハンスが問いかけた。
「婚約については問題ないのですが、僕がレジアス家を継ぐことに少々問題となることがあって……」
ルイスの言葉にランが真っ赤な顔をして喰い付いた。
「ちょっとルイス、今更何よっ!レジアスを継ぐことが嫌なの?それとも私のことが嫌なの?」
「そうじゃないよランちゃん、少し落ち着いて話を聞いてくれないかな」
「納得できる理由じゃなきゃ殺すわよ」
「……実は僕じゃレジアス家に伝わる神剣は抜けないんだ」
ルイスの言葉にレジアス家だけではなく全員が呆気にとられた顔をして黙り込んだが、ハンスが何かに気付いた顔をしてルイスに声をかけた。
「ルイス、もしかして例の剣の影響か?」
ルイスはハンスの言葉に頷いたあと言葉を続けた。
「父上達はご存知なかったかもしれませんが、ランちゃん達は知ってるよね。グランディアで僕が使った剣のこと。僕は既に精霊神殿に伝わる神剣に認められてしまってるんです。そして複数の神剣に認められることはありえない。それはアーサー様達神々が澱に対抗する戦力を減らさない為に決めたことなんです」
ルイスの話を聞きレジアス公爵ヴェルヘルムが尋ねた。
「ルイス、神剣の変更は出来ないのか?」
「僕が選ぶのであれば可能なのかもしれませんが、実際は神剣が主を選ぶので無理だと思います。神剣が選ぶ相手は神の意思なんです。おそらく僕の伴侶として決まったランちゃんも抜くことはできないでしょう」
「それは大変な問題だな。あの剣はレジアス家の当主しか抜けないはずだぞ」
「ヴェルおじさん、そのことなんですが精霊に聞いた話だと当主だけが抜けるというのは間違えで、エルザリア家やレジアス家の血をひく者で心清らかな者というのが正解らしいです。それで今までは偶々当主が選ばれていたのでそういう話になったようですよ」
「そう言われてみれば神剣を継承した時、父上からもレジアスの血を引き継ぎ心正しき道を歩むことで継承されると聞いたことがあるな。確か当代の継承者が認めることも条件の一つだったはずだ。マックス、エルザリアはどうなんだ?」
「エルザリアも同じだな。確かに当主でないと継承できないとは言われてない」
「つまり父上やヴェル伯父さんの話だとエルザリアの剣は父上の承認があれば僕でもルイスでも継承できるってことだよね」
「凡そ兄さんの言うとおりだね。ただ、血統さえ継いでいれば僕達でなくても継承できるってことだよ。それならば今のレジアスの剣は誰か別の人に継承してもらって僕の持つ神剣を新たにレジアスの剣とすれば良いんじゃないかな」
「ルイスよ、理屈はわからんでもないが、上位貴族の中にもレジアスの血が入って居る者は多いぞ。その中から剣を抜ける者を探すのか?」
「身近な人物で条件を満たしている人がいますよ」
「「身近な人物?」」
「そう、確か先々代の王妃様はレジアス家のご出身ですよね。ビクター兄さんなら上位精霊の加護もあるし継承資格は充分なんじゃないでしょうか」
「邪な心を持った者には精霊は加護を与えぬから条件としては充分だな」
「それにビクター兄さんなら、レジアス家から皇太子殿下の婚約祝いとして贈っても問題はありませんし、レジアス家には新たな神剣が精霊神殿から贈られたことにすればレジアス家に傷がつくこともありません」
ここまで話を聞いてバレルが口を開いた。
「ルイスの話は概ね理解した。レジアス家の象徴である神剣を他家に渡すというのは重要な問題だな。しかし、ビクターが継げるというのであれば他の貴族から横槍が入ることもあるまい。ましてやレジアス家には新たな神剣が伝わり権威を落とすことも無い。
しかしルイスよ、何故今その話をしたんだ?婚約し後継者と正式に決まったとはいえ当主になるにはまだまだ先の話ではないか」
「陛下のおっしゃることは分かります。しかし、当主となるのは先のことですが、神剣の継承は急がなければいけないんです」
ルイスの話に一同は「澱か?」と声をそろえルイスは頷いた。
「そうです。グランディアで澱が現れたということは何時ローレンシアやシンカ等に現れるかわかりません。200年前のように大神殿という分かりやすい標的が無い今は、何時何処に現れるか分からないんです。そのために澱に対抗できる備えが必要だと思ったんです」
「ルイスよ、それならばマックスやヴェルヘルムも武術の達人だぞ?」
「それは承知しています。しかし、父上達に加護を与えているのは中位の精霊でしょ。それではご自身の身を守ることすら危ういんです。実際、グランディアではリンダちゃんを守っていた水の上位精霊ですら単体では押されて危うかったのです。もし、精霊王がもう少し遅れていたらどうなっていたのかわかりません」
マックスはヴェルヘルムと顔を合わせ驚いた顔をしてルイスに尋ねた。
「ルイス、何故儂等が精霊の加護を受けていることを知っているのだ?このことはお前達にも話してないはずだぞ」
「父上、僕には精霊が見えるんです。小さい頃から知ってましたよ。時々遊んでもらってたし……」
ルイスのさりげない答えに一同は呆れた顔をして「ルイスならしょうがないか」と溜息をついた。
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