66話
スタイン城で一泊した一行は、レオパードの案内で城から2時間程離れた薬草の試験栽培地区を訪れた。
見渡す限りの小麦畑の端っこで畑を耕したり、何かを畑に撒いたり忙しく動き回ってる人々がいた。
「あそこが薬草栽培の試験をしているところなんだ」
畑を指差しながらレオパードは馬車を降り、畑に向かって歩き始めた。
作業をしていた領民が次々とレオパードに挨拶し、軽く手を挙げて答えていると作業の指示をしていた中年男性が慌てた様子で走ってきた。
「これはレオパード様、わざわざのお越し恐縮です。何か不手際がございましたで……あれっルイス様?」
「おはようゴンザレスさん。元気そうだね」
ゴンザレスは大きく目を見開き周囲を見回して「若様まで……」と呟いた後で慌てて土下座した。
「この度はわたくしが何かとんでもない失態をしでかしたようで……平にご容赦ください」
ルイスとハンスは顔を見合わせて苦笑した。
「ゴンザレスさん、何かしでかしたの?僕達は見学に来ただけなんだけど」
「へっ?見学でございますか?学院の悪餓鬼共を叱り飛ばしたことのお咎めじゃあないんですか?」
「そんなことくらいで僕達が怒るわけないじゃないですか」
安堵の表情を浮かべたゴンザレスは立ち上がり、一行を畑のほうに案内した。
ゴンザレスがハンス達に説明している間、ルイスはひとりで畑を見て回り土を触ったり植えられた薬草の状態を確認したりしていた。
「あれ?ルイスじゃないか」
背中に大きな籠を背負った少年がルイスに声をかけてきた。
「ピーター?」
「なんでルイスがここに居るんだ?」
「ああ、マリアさんの家に遊びに行った帰りに兄さんとフランちゃんの用事でスタイン領に寄ったんだよ。そのついでにレオパードさんに頼んで薬草の試験栽培を見学させてもらってたんだ。ピーターこそどうして此処へ?」
「俺とロンウッドの家はこの近くなんだぜ。薬草栽培の手伝いは夏休みの課題なんだ……ってレオパード様と知り合いなのか?
「僕は昨日始めてお会いしたんだけど、兄さん達はよく知ってるみたいだよ」
ルイスは立ち上がって視線をハンス達に向けた。
「確かに仲良さそうだな」
「そういえばロン君は?」
「あいつも森に腐葉土を採りに行ったから、もうすぐ帰ってくると思うぞ」
「腐葉土?わざわざ森まで?」
「ああ、作り方は教わったんだけど発酵に時間がかかるから、とりあえず必要な分だけ森で採ってきたんだ」
「そのぶんじゃゴンザレスさんに随分こき使われてるようだね」
「ゴンザレスさんと知り合いなのか?」
「ああ、小さい頃から可愛がってもらってたんだ。ゴンザレスさんが薬草栽培を始めた頃から知ってるよ」
話しているピーターとルイスの背後から声がかかった。
「おお~~~ルイスじゃないか」
「ロン君、頑張ってるみたいだね」
「夏休みの課題ってのもあるけど、これが上手くいったら俺達の家も裕福になれるかも知れないからな」
「それは良いことだね。実際薬草栽培を始めてから、ゴンザレスさんも生活に余裕ができたって言ってたよ」
不思議そうな顔をしたロンウッドにピーターが説明した。
「ルイスはゴンザレスさんと知り合いなんだって。それにハンス先輩達はレオパード様と知り合いらしいぞ」
「レオパード様と知り合い?じゃあ王都にいらっしゃる美少女って噂の領主様のご令嬢も知ってるのか?」
「あはははは、確かに美少女だね」
「「おお~~~~」」
「おい小僧共、ルイス様の邪魔してねえでさっさと腐葉土を畑に撒いてこい」
野太い声でゴンザレスがピーター達を怒鳴りつけた。
「ロンウッド君、ピーター君お久しぶりね」
「ああ、フランちゃん、ランちゃん……ハンス先輩、マイク先輩もお久しぶりです」
レオパードがロンウッド達に声をかけた。
「あれ?君達は皆様とお知りあいなのか?」
「お義兄様、彼等はクラスメートですのよ。ロンウッド君は寮でルイス君と同じ部屋の仲良しなんですのよ」
「そうかフランソワやルイス様達のクラスメートだったのか。学院の生徒とは知ってたけど、まさか知り合いとは思わなかったよ」
「ちょ……お義兄さま?ルイス様?……」
レオパードは不思議そうな顔をして、ロンウッドとピーターを見た。
「もしかして君達は皆様のご身分を知らなかったのかい?」
ルイスは顔を見合わせて困った顔をしているロンウッドとピーターを見て、レオパードに話しかけた。
「レオパードさん、学院では身分は関係ない規則なので誰も身分のことは口にしないんですよ」
「そういうことか……でも、他の貴族の子息や子女は身分をかさにきることもあるんじゃないですか?」
「それはビクター兄さんや兄さんが黙らせてますよ。少なくとも伯爵以上の子息や子女は兄さん達の顔を知ってるでしょ?子爵家や男爵家は派閥の伯爵家に逆らえないですからね」
「確かにビクター殿下やハンス様に逆らえば家そのものの存続が難しくなるだろうな」
呆然と話を聞いていたロンウッドとピーターの顔はますます蒼くなり、ハンスは苦笑を浮かべて話に入っていった。
「ルイス、レオパード、その言い方だと僕やビクターは暴君みたいじゃないか。僕達は学院の規則に従えと諭しただけだぞ」
恐る恐るロンウッドがルイスに尋ねた。
「なあルイス、さっきからの話でフランソワちゃんがご領主様のご令嬢だとはわかったんだけど、他の皆も貴族なのか?ランちゃんの家は武術の道場じゃないのか?」
「確かにランちゃんの家は才能のある人に武術を教えているよ。ローレンシア有数の武術の名門だからね」
「武術の名門?」
「そう、古くから続く名門だよ。あのアーサー様の妃になったフローリア様を輩出した家柄なんだ」
ランがニヤニヤしながらロンウッド達に向かって令嬢然とした挨拶を行った。
「改めて自己紹介させていただきますわ。わたくしはラン・バレンシア・レジアスと申します。以後お見知りおきくださいませ」
ロンウッドは驚きで目を見開き思わず呟いた。
「あわわわわ、ランちゃんがお嬢様口調でしゃべった」
瞬間、ランの回し蹴りがロンウッドの即頭部をとらえロンウッドは意識を失った。
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