59話
翌日、ルイス達はマリアとラクウェルの案内でグランディア帝国の王都グランディスを見学した後、王都郊外にあるマリアの師匠宅へとやってきた。
「皆様、ここがわたくしの師匠ロバート・ケナフ・ラッドの家です」
ささどうぞ、と自分の家のようにマリアが一行を中に案内した。
マリアは家の中には入らず、家をグルリと回って裏庭へと案内した。
「ここが練習場なんですよ」
懐かしそうに周囲を見回しているタニアにランが話しかけた。
「タニア先輩、お師匠様ってどんな方なんですか?」
「元は帝国の将軍だったのですけど、引退されてから気に入った人にだけ武術を教えているんです」
「気に入った人だけ?」
「そう、入門希望の人は多いのですけど、なかなか入門を許される人はいないらしいですわね。わたくしが何故入門できたのかもわかりません。もうボケがきたのかも……」
「こりゃ!誰がボケ老人か!数年ぶりに顔を見せたと思ったら碌なこと言わんわい」
声のした方を見ると口調とは裏腹にニコニコと笑顔の老人が近づいてきた。
「ロバート爺、ひさしぶりだの。元気であったか?」
「姫様、おひさしゅうございます。ますますお美しくなられましたの」
「爺が世辞を言うのは珍しいの、ボケたか?」
「姫様まで……」
「冗談はさておき、今日は客人をお連れしたぞ。わらわの友達じゃ、今日はグランディア武術の見ていただくためにお連れしたのじゃ」
タニアがロバートに全員を紹介している間にランは「おお~マリアちゃんがお姫様言葉つかってる~」などとはしゃいでいた。
「遠いところからようこそおいでくださいました。今日は見学だけでよろしいのかな?」
ロバートが意味ありげに笑い、ランが不敵な笑みで答えをかえした。
一行はロバートに部屋を借り、着替えをすませ再び練習場にやってきた。
「それでは始めは我グランディア武術を見ていただこうかの」
ロバートが門弟達に手を挙げると数人が前にでて型を披露した。
「これがグランディア武術の火の型じゃ、次は風じゃな。姫様とタニアも前に出なさい」
次はマリアやタニアを交えて風の型を披露した。
「本当は水と地もあるのじゃが、今は実用レベルで使える人がおらんでのう……このままでは失伝するかもしれんの」
ロバートは寂しそうに説明してくれた。
「じゃあ次は私達の番ね。お礼にローレンシアの精霊武術をご覧ください。マリアちゃん、タニア先輩、お師匠様や門弟の方に説明お願いね」
ランが練習場に駆け出し、ビクター、ハンス、護衛についてきていたレイラが火の型を見せ、続いてフランソワ、マイクが風の型、同じく護衛のロイとルイスで地の型、ルイスとリンダで水の型を披露した。
披露し終わった面々に拍手がおくられ、ロバートは感心した顔で話かけた。
「これは良いものを見せてもらった。今までも試合で風や火はみてきたが、これほどの技はめったに見れるものではないな。それに水や地の技を実戦レベルで使える人間は初めて見たわい」
「「お褒めいただき恐縮です」」
「ふんっ、軟弱者の武術だな。特に最後の奴なんぞ武術とは呼べんくらい弱そうじゃないか」
嘲りの言葉に一同が振り向くと、昨夜の夜会でマリアより強くなったと自慢していた貴族の子息をはじめ数人の子息らしき者達と一緒に笑っていた。
マリアとランが顔を真っ赤にして怒りをぶつけようとした時、呆れた顔でロバートが貴族の子息に言った。
「これはウェイン侯爵家のドラ息子ではないか。やはりお主には才能はないの。あれが弱そうに見えるとは呆れて物も言えんわ。儂なんぞ恐ろしくて鳥肌がたったわい」
「無敵将軍と言われたロバートじいさんもボケたようだの」
「まあええわい。丁度良い機会じゃ、どら息子共よローレンシアの方々に身の程を教えてもらうがいい。世界は広いということを思い知るがよい」
「俺達が負けるとでもいうのか?馬鹿馬鹿しい、ローレンシアには帰れる程度に手加減はしてやるよ」
ランはいつでもかかって来いといわんばかりに気合充分であったが、珍しくルイスが練習場に歩み出て体をほぐしていた。
「ちょっとルイス、なんであんたが出てるのよ」
「面倒なことは一度に終わらせようよ。僕はマリアさんとランちゃんの試合のほうが楽しみなんだから」
貴族の子息達は誰から行くか話し合っていたが、ルイスは全員一緒にどうぞと笑顔で言い放ったが目は笑っていなかった。
「我らを舐めているのか?後悔するなよ!早く剣を抜け!」
ルイスは腰から剣をはずし、ポイッとランに放り投げた。
剣を受け取ったランは驚き、ハンスを見ると「あちゃ~」と言いながら天を仰いでいた。
「ハンスさん、ルイスはなんであんなに怒ってるの?」
「ああ、あいつはお年寄りを大事にしない奴が大嫌いなんだ。ルイスの先生もお年を召されていたから自分の先生を馬鹿にされたような気になったんだろう」
「君たち相手に剣はいらないよ。いつでもどうぞ」
「死んでもしらんぞっ」
子息達は一気に剣(試合用に刃を潰したもの)を抜きルイスに踊りかかった。
四方からの斬撃や突きを軽々と躱し、周りからみれば剣戟の中心で舞を舞っているようにしかみえないほどの体捌きをしながらルイスは目を閉じていた。
「逃げるしか脳がないのかっ!」
怒声をあげながら子息達は更に激しく襲い掛かった。
ルイスはただ躱すだけの動きから、少しづつ手で剣を逸らしたりという動作を加えて行き、躱しざまに背中をトンと押すと子息同士がぶつかり同士討ちをしてしまった。
次々と同士討ちを誘った後、最後に残ったウェイン家の子息を倒れた仲間の上に投げ飛ばしルイスはゆっくりと目をあけた。
ルイスはロバートに一礼してから皆のところに帰っていったが、見ていた者達は呆気にとられ呆然としていた。
やがてロバートが拍手をすると、門弟達も自我を取り戻し惜しみない拍手をした。
あっさりと負けてしまった子息達は門弟達の手によって隅に追いやられ、続いてランとマリアの試合が行われた。
騎士団対抗戦以後も毎朝日課のように対戦しているので、お互いに手の内を知り尽くしているせいか、最初から身体強化を行い全力で激突した。
超高速の攻防に門弟達には両者の手足が増えたようにしか見えず、ただただ唖然と口をあけ呆けた顔で見ていた。
先程ルイスに負けた子息達は以前に行ったマリアとの対戦で、マリアがまったく本気でなかったことに気付き俯いてしまった。
一進一退の攻防から両者の剣がお互いの咽喉元で止まったことで両者引き分けにて終了した。
「「はあはあ、また決着付かなかったわね」」
二人は笑顔でロバートに一礼して練習場からさがり、ロバートのそばに歩いていった。
「ロバート爺、どうであった?」
「姫様、素晴らしいご友人を得られましたな。ご留学されて数ヶ月でこれほど腕を上げられたのは、こちらのレジアスのご令嬢をはじめ皆様のお陰でございましょう。もう爺がお教えできることは何もありません。間違いなくグランディア最強を名乗れます。しかし、これでは姫様より強い婿を探すことは難しくなってしまいましたな。わははははは」
「ロバート爺、その心配はいらぬ。もう嫁入り先はきまったぞ。しかも、わらわより強いから安心したせ」
「先程の水の技の少年ですかの?」
「あれはこちらのランちゃんの相手だ。あれは強すぎる。全ての属性の武術と魔術を使いおる。しかも精霊と契約もしておらんのに精霊が自ら手助けをするという化け物じゃ」
「マリアちゃん、化け物って……たしかに人間超えてるけどね」
「わらわの相手はビクター殿下じゃ。エルザリア兄弟には及ばぬが、わらわよりは強いぞ」
目の前でいつの間にか対戦を始めていたビクターとハンスに目をやった。
「これはまた凄い戦いじゃな。儂でも動きが見えんぞ。先程の少年といい、レジアスのご令嬢といい何故これほどの天才が同世代に生まれたのじゃろうか……いや、同世代で良い好敵手であるから技が磨かれたのか」
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