56話
ビクター達と合流した一行は3日をかけてグランディア帝国に到着し、直ぐに皇帝との儀礼的な謁見後ビクターは国賓として、その他は皇女マリアの学友として正式に王城への滞在を許可され、用意された部屋の1室に集まっていた。
「いやぁ~緊張したなぁ~」
「ビクターは普段逆の立場だからな」
「ビクター兄さんは今度皇帝陛下に『マリアさんをください』って言わなきゃいけないんだよ~」
「ルイス、それを言ってくれるな。今から緊張するじゃないか」
「でも、もう外交筋から話はできてるし、反対される心配もないんだから不安はないでしょ」
「なあなあ、そういうお前達はどうだったんだよ?」
「僕がスタイン伯爵に話した時は『こんな娘で良ければいくらでも貰ってやってください』って言われたぞ」
「僕は貰われる立場だし……『ルイスお前はウチの子になるんだぞ』って」
「あははは、ヴェルおじさんらしいなぁ」
ルイス達の話を聞いて驚いた顔をしていたタニアがランに問いかけた。
「ランちゃん、もしかして皆さん決まったの?」
「お父上から聞いてなかったの?交流館オープンの日にいきなり皆決まっちゃったのよ。それで今回の旅はビクター殿下のご挨拶がメインってわけなのよ」
「まあランちゃんとルイス君はいずれそうなるだろうって思ってたから驚かなかったけど、ビクター先輩とハンス先輩のことは驚いたわね。こりゃあ夏休みが終わったら大変よ」
「何が大変なの?」
「だって、ビクター先輩とハンス先輩の親衛隊が全滅でしょ、それから期待の新星ルイス君まで婚約しちゃったら女子は大混乱ね」
「ビクター殿下とハンスさんは分かるけど、ルイスも人気だったの?」
「そりゃあ、抜群の容姿に加えて頭脳明晰、トドメは騎士団対抗戦での活躍よ。人気が出ないほうがおかしいわ」
「へぇ~全然しらなかったわ~」
「そうはいっても、いつもランちゃんと一緒だから諦めてる人も多かったわ」
コンコン
不意に部屋の扉をノックする音がした。
「はぁ~い、どうぞ~」
扉を開けてマリアが笑顔で入ってきた。
「皆様、お揃いだったのですね」
「そう、今タニア先輩に婚約のこととか説明してたとこなの」
「早速で恐縮なのですが、今夜歓迎の夜会を開くっことになりまして……皆様お疲れのところを申し訳ないのですがご参加願えますか?」
「マリアちゃん、それは問題ないけど予定では明日か明後日じゃなかった?」
「そうなんですよ。本当なら明日ビクターさんと父上が話をして婚約を正式に決めてからだったんですけど、今日の謁見に参加した貴族達が早くしろって五月蝿くって……」
「王族や公爵家の訪問なんて珍しくないのにどうして?」
「それがですね、伝説の主役であったエルザリア家、レジアス家、ローレンシア王家が揃って来られるのは初めてなのとルイス君の容姿に興味を引かれたらしくって……本当にもうしわけない」
「それで申し訳ないのですがビクターさんは今から父上との話をしていただいて、皆さんは準備をお願いしたいんです」
「わかったわ。男子は普通の正装で良いわね。女の子は私の部屋で準備よ」
「必要な物は言っていただければ準備いたします。わたくしもビクターさんと一緒に父上との話に参加しますので、終わり次第ランちゃんの部屋にいきますわ」
有無をいわさずマリアとランの会話まとめてしまい、マリアはビクターをひっぱって部屋から出て行った。
「え~とランちゃん、僕達は何を準備したら良いのかな?」
呆気にとられていたルイスの言葉にランは呆れたような顔をして答えた。
「あんた達は普通に正装すれば良いのよ。それと私のエスコートはルイス、フランはハンスさん、リンダちゃんは皇太子殿下にお願いするわ。タニア先輩はマイク先輩で我慢してください。本当はレイラ姉さんやロイ先輩も参加して欲しいけど近衛の仕事があるから無理ね」
「我慢って……俺の扱いひどっ」
「ごちゃごちゃ言ってないで行動!」
ラン達女子が慌しく部屋を後にし、残されたルイス達は溜息をついていた。
「ランちゃん張り切ってたね」
「ルイスも苦労しそうだな」
「ビクター先輩大丈夫かな?」
「そりゃ問題ないだろ。ビクターも覚悟はしてたからな」
ビクターはマリアに王族居住区画にある応接間に連れて来られた。
広々とした室内にある大きなソファーに壮年の紳士とマリアに良く似た妙齢の女性、ビクターと同じ位の青年が座っていた。
「ビクター殿下、急な呼び出しに応じていただき感謝する」
「いえ、事情はマリアさんから伺いましたのでお気になさらず」
「改めて自己紹介させていただくよ。儂はパウロ・ナディア・グランディア。これは妻のアリス・ラズウェル・グランディア」
「俺はラクウェル・ナディア・グランディア。マリアの兄だ」
「私はビクター・ボガード・ローレンシアです。よろしくお願いします」
ひととおり自己紹介が終わったところで、パウロ皇帝がおもむろに話題を切り出した。
「時間がないので、早速本題に入らせてもらうが……ビクター殿下は本当にこのじゃじゃ馬を貰ってくれるのか?」
「へ?」
ビクターは思ってもみなかった皇帝の言葉に思わず間抜けな声を出してしまったが、マリアは真っ赤な顔をして父親を睨んでいた。
「マリアは子供の頃から武術に夢中でな、女の子らしいことは何一つできんのだ。そのうえ縁談相手をことごとく叩きのめしたあげく『弱い男に興味はありません』とか言いよるんだ」
皇帝は『はあ~』と溜息を漏らし苦笑し、その横で皇后と皇太子は爆笑していた。
「ちょっと父上、それはあまりにも酷いんじゃありませんか。わたくしだって女の子らしいことの一つや二つ……ちょっとビクターさんまで何笑ってるのよ」
「あはははは、いや悪い悪い。もっと堅苦しい雰囲気になるかと思ってたもんでな。皇帝陛下、マリアさんがローレンシアに留学されてから今まで見てきましたけど、頭脳、武術、人望すべて言うことなしですよ。妹とも仲良くしてくれてますしね。だからこそ結婚の申込をさせていただきました」
ビクターは胸をはってそう宣言した。
「ビクター殿下のお気持ちは分かりました。しかし、本当にじゃじゃ馬ですぞ?」
「あははは、マリアさんはそれほどではありませんよ。我国にはもっと凄いじゃじゃ馬が居ます。今回も一緒に来てますけど、それはそれは戦闘狂としか言いようがないほど」
「ビクターさん、それってランちゃんのことじゃないの?」
「ランには内緒にしといてくれ。怒らせると面倒だ」
「わはははは、マリアはすっかりローレンシアに馴染んでいるようで安心したぞ。それではマリアに異存がなければ婚約は成立ということでよろしいかな?」
「わたくしに異存などございません」
「これでより一層両国の関係が良好になるであろうな」
婚約が正式に決まり部屋の中は穏やかな空気につつまれ、マリアは兄ラクウェルに話しかけた。
「お兄様、今夜の夜会ではリンダちゃんをエスコートしてくださいね」
「リンダちゃん?」
「妹をよろしくお願いします」
ラクウェルは、ビクターの一言で相手が分かったようで笑顔で頷いた。
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