54話
ハンス達が領地に着いた翌日、ラン達はルイスの案内で薬草園を見学に来ていた。
「ここがエルザリア薬草園だよ」
そこは綺麗に区画整理され農業用水用の水路も確保された畑で、一部には屋根付きの区画などがあり他の地域では見られないものだった。
「ルイス、あの屋根のある区画は何?」
「あれはね、薬草の種類によっては森の薄暗いところでしか生えないものがあるんだ。それで屋根を作って日光を遮ってそういう環境を作ってやってるんだよ」
「へぇ~~種蒔くだけじゃだめなんだ」
「そう。できるだけ自然に生えてる状態にしてやることで栽培が可能なんだよ」
「それじゃあ簡単にはうちの領地で栽培できないわね」
ランの後ろでフランソワとマイクもウンウンと頷いていた。
「それでね、ここの薬草園や近所の農家の人にお願いして各地に指導に行ってもらえるようにしたんだ」
「そんなことしたらエルザリア領が困るんじゃないの?」
「今は1件1件で持ってる農地をね一つにして共同農地にすることで作業を分担してもらって効率良く仕事ができるようにして、あまった人手で各地の指導とか新しい農地の開拓にするようにしたんだ」
「ちょっと待ってくれルイス君。君は領地の管理までやってるのかい?」
「マイク君、このあたりの農地を見て何か気がつかないかい?」
「え~と、綺麗に区画整理がされていて用水路なんかも充実してますね」
「そう、それもルイスが手がけたことなんだ。おかげで収穫量も増えて領民は大喜びさ」
「お金とかの面倒なことは兄さんがやってくれるから、僕は農家の人と話し合ったりしただけなんだけどね」
「ルイスはここで育ったから領民もルイスの頼みなら受け入れてくれるから話し合いもスムーズにいったしね」
「うひゃぁ~勉強も武術もできてルイスブレンドもやって、そのうえ領地管理まで……僕なんか学院だけで精一杯なのに」
「マイク先輩、僕は一人でやってるわけじゃないから……領地やルイスブレンドのことは父上や母上、それに兄さん達が手伝ってくれるからできるだけですよ。僕一人じゃ何にもできませんよ」
「それにしてもこれだけ農地を整備するのにも相当な費用が必要だったんじゃないですか?」
「それは税収の中から捻出したよ。簡単ではなかったけど、結局収穫が増えて税収も増えたから今では黒字だよ」
「お金の使い方次第ってことですね。勉強になります」
「ちょっとルイス、レジアス領も綺麗にしてよ」
「いやランちゃん、それはヴェルおじさんとランちゃんで……」
「そんなことは分かってるわよ。だから、やり方教えなさいってこと」
「ああ、それならいくらでも教えてあげるよ。隣の領地だから人の派遣も楽だし」
ランは『もう、次の領主はルイスなんだからね』等と思いながら横を見るとフランソワが呆けた顔をして農地を見ていた。
「フラン?」
「……えっ?」
「何ボーっとしてるのよ」
「レジアス領といいエルザリア領といい公爵家って凄いなぁ~って」
「確かにここの農地は凄いけど、レジアスはそんなことなかったでしょ?」
「いやランちゃん。そうじゃなくって、ここに来るまでにも領民達が若様~とかルイス様~とか気軽に声をかけて……レジアス領だって姫様~なんて……領民が領主を信頼してるのがよくわかるのよ。昨日の夕食だって狩人の人や農家の人が自分から持ってきてくれた材料だって聞いたわ。それに何より領民の顔が活き活きしてるの」
「フランソワちゃん、それは俺も気が付いたよ。それに警護も無しで領地を安心して歩けるのが凄いよね」
「えっ!?そんなこと当たり前じゃないの?領民が暮らしやすいように領主が領民を守ってれば自然にそうなるわよ?」
「理屈では分かるんだけどねぇ~」
「まあフランは良いとして、マイク先輩は次期男爵として勉強しなくっちゃいけないわね」
「ぐはっ!?ハンス先輩よろしくご指導のほど……」
「お・おう、困ったことがあればいつでも相談に乗るぞ」
「ちょっとランちゃん、なんでわたくしは良いのよ」
「だって~嫁ぎ先が安心なんだもん」
「それがあまりにも環境が良すぎて怖いのよ」
「嫁ぎ先?フランソワちゃん……もしかして」
マイクは驚いてフランソワとハンスを見た。
「マイク君、そういうことだ。夏休み明けには発表になるから、それまでは内緒だぞ。ちなみにルイスとランちゃんも決まったぞ」
「ええ~~~~!!それはおめでとうございます。今回の旅から戻りましたら早速お祝いの品を……」
「あはははは、そんなこと気にしなくて良いよ。どうせ結婚するのは全員が学院を卒業してからだからな」
一行は一旦城に戻った後昼食を摂り、全員で新人衛士の訓練に参加した。
柔軟体操の後、それぞれ型の稽古をして組み手の時間になった。
「今から組み手を始めるが、希望者はあるか?」
「はいはぁ~い」
「ラン様……この者達ではお相手が務まらないかと思いますが?」
「全員で良いわよ。一遍にかかってきても大丈夫だよ」
指導役のサムが困った顔をしているとルイスがランに話しかけた。
「ランちゃん、ここはフランちゃんに任せてみれば?ランちゃんは後でサムを鍛えてやれば良いし」
「え~~~~~わたくしですか?」
「それもそうね、ここはフランが顔を売っとかなきゃいけないもんね」
「ということでサム、フランちゃんが全員を相手にしてくれるって」
「ルイス様、大丈夫なんですか?」
「問題ないよ。フランちゃんはちゃんと手加減してくれるから衛士さん達に怪我はないと思うよ」
衛士達は『そっちかいっ』という顔をしてフランソワを見た。
「それでは遠慮なく相手をさせていただきます。おい、お前ら最初から全力でいけよ」
「「はいっ」」
フランソワは、一斉に襲い掛かってくる衛士達の攻撃を軽々躱し「そこっ、ちゃんと周囲を確認してっ」とか「攻撃が単調すぎるわ」とかアドバイスをしながら余裕で組み手をしていた。
「若様、フランソワ様の動きって対抗戦の時より格段にキレが増してませんか?」
「あれっサムは見てたの?確か参加メンバーじゃなかったはずだけど」
「ええ、会場警備に借り出されてました」
「そっか。確かに動きが良くなってるね。もう騎士団でも即戦力だよね」
「確かにそうですね」
ハンスがふと目を組み手に戻すと、衛士達は地面に倒れフランソワは息一つ乱さず立っていた。
「じゃあ次はサムの番だな。まあ頑張れ」
ハンスはサムの背中を軽く叩きランの前に送り出した。
誤字・脱字がございましたらご連絡ください。