46話
ハンスとビクターが母親軍団と遭遇した頃、1階にあるルイスブレンドの店内ではランとフランソワがウェイトレスをしていた。
店内は常に満席の状態で空席待ちも多数の客が並び大忙しであった。
厨房の中では菓子職人達が忙しくお菓子を作っていたが、職人頭が困った顔をしてルイスの傍にやってきた。
「ルイス様、少々困ったことになりました」
「どうしたの?」
「今作ってる分で材料が無くなってしまったんです。明日用に用意していた物まで使いきってしまいました」
「あらら、想像以上にお客さんが入ったからしょうがないよね」
「申し訳ございません」
「伯母上やランちゃん達の予約分は大丈夫なの?」
「それは予め取り置きしてありますので問題ございません」
「それじゃあ給仕長に話して残り分だけで今日は閉店するしかないよね」
職人頭は早速、給仕長のもとに走り事情を説明した。
給仕長に指示されたウェイトレスが列の人数を数え、予定人数を過ぎたところで深々と頭を下げ事情説明すると残念そうな顔をしながら殆どの客達は立ち去っていった。
「おい、俺達は直ぐに入れてもらうぞ」
貴族学院の制服を着た5人組がウェイトレスを押しのけ店内に入ろうとした。
「ちょ、ちょっと待ってください。先程ご説明したように今並んでる方々で売り切れなんです」
「そんなものは平民を帰らせれば済むことではないか。俺達貴族が優先されるのが当たり前だろ」
「この店では身分による差別はしないことになっております。どうかお引取りください」
「うるさい女だな。そこをどけっ」
貴族学院の生徒達はウェイトレスを突き飛ばし店内に入っていった。
生徒達が店内に入っていくと二人のウェイトレスが腕組みをして立ちふさがった。
「あんた達、女の子を突き飛ばすなんてどういう神経してんのよ」
「ふんっ、あの女が我等貴族を敬わないから悪いんだ。不敬罪に問わなかっただけ感謝しろ」
「敬う?あんた達みたいに身分をかさに着るような人を敬えるわけないじゃない」
「この店の者は無礼者ばかりのようだな。貴族を敬うことをしないから秩序が乱れるんだ」
「規則を守れない者が秩序を語るの?貴族学院の人達って武術が弱いのは知ってたけど頭も弱かったのね」
「ちょっとランちゃん、言いすぎよ。本当のこと言ったら相手が怒るわよ」
「おまえら何処までも我等を愚弄するか!許しておけん」
生徒達は怒りに震え、腰の剣を抜きはなった。
「う~ん、拵えは立派だけど刀身は鋳物の二流品ね」
フランソワが軽く手を動かした時、生徒達の周りを風が吹き抜けた。
「やれるものならやってみなさい。あんた達では掠りもしないでしょうけどね」
「生意気な。後悔すんなよ」
生徒達は一斉に斬りかかろうと動いた時、着ていた衣服がバラバラになって足元に舞い落ちた。
「きゃぁぁぁぁ!変態よぉ~~~~」
生徒達は呆然と立ち尽くし、ランとフランソワは手で顔を覆いブルブルと震えながら蹲ってしまった。
近くで騒ぎを聞きつけ慌てて駆けつけたハンスが警備員に指示を出しフランソワに駆け寄った。
「警備員、この不届き者をつまみ出せ。フランちゃん大丈夫か?もう安心だ、僕がずっと守ってあげるから」
警備員が生徒達を連行したのを見届け、ハンスは未だに蹲ったまま震えているフランソワを覗き込んだ。
「プッ」
「あはははは」
フランソワとランは涙目で顔を上げ、堪えていた笑いを爆発させた。
「あ~~~~可笑しかったぁ~、フランちゃん面白すぎよ」
「だぁ~ってぇ~、ランちゃんの挑発に簡単に乗ってくるんだもん」
ハンスは呆れ顔で立ち上がり溜息をついた。
「はぁ~、君たちの仕業だったのか?」
「平和的な解決だったでしょ」
「誰も怪我しなかったし、あいつらは恥ずかしくって二度と来ないだろうし」
「確かにね。君たちの身分を明かす訳にもいかなかっただろうからね」
「どさくさに紛れてハンスさんはフランちゃんに告白しちゃうしねぇ~」
「い・いや……それは……」
「本気じゃなかったの?」
ハンスは慌てた様子で周囲を見回した。
「もちろん本気さ……ちょっとここでは人目があるから……ルイスのところに行こう。他にも話さなきゃいけないことがあるんだ」
ハンスはフランソワとランの手をひっぱり厨房に居るルイスの所に行った。
「おいルイス、ちょっと時間とれるか?」
「なんだい兄さん」
ルイスはお茶を淹れる手を止めハンスを見た。
「ルイス様、私が代わりますますので奥の部屋をお使いください」
「給仕長さん、ありがとう」
厨房の奥にある控え室に移動し、ハンスは話はじめた。
「実は、さっき3階で母上達に会ってな、母上達に乗せられてビクターがマリアさんに告白しちまったんだ。
それで一気に婚約って話になってな、ついでだからって僕まで婚約することになったんだ」
「兄さん、それだったら問題ないんじゃないの?マリアちゃんもフランちゃんも異存はないだろうし、お互いの家も了解済みのはずだよ」
フランソワはコクコクと頷いた。
「まあこれでビクターさんとハンスさんの親衛隊は解散ね」
「そうそう、兄さんもビクター兄さんも18なんだから早すぎるってことはないよね」
「そういうお前達も他人事ではないんだぞ」
「ハンスさん、どういうこと?」
「ルイスとランちゃんも婚約発表の対象なんだよ」
「「ええ~~~~~~」」
「母上達が沢山ある縁談を断るのが面倒だからってのが理由だそうだ」
ランは真っ赤な顔をして俯きブツブツと呟きはじめた。
「私とルイスが婚約?まあルイスなら問題ないけど……」
ランとは対照的にルイスは難しい顔をしてハンスに話しかけた。
「兄さん、何か不自然じゃない?」
「なにがだ?」
「いつもの母上達だと、こういう話題は長期間に渡ってからかう材料にすると思うんだ。
婚約しちゃったらからかえないからね」
「ん?そう言われればそうかな」
「兄さんやビクター兄さんは年齢的にも納得できる部分はあるけど、ランちゃんは急いで婚約する歳でもないでしょ?
それにランちゃんの場合、ランちゃんより強いことが条件だから殆ど相手がいないと思うんだ。
何か別の意図があるんじゃないかな」
「そうかもしれんが、もう発表は決定事項みたいだったぞ」
「ちょっとルイス、あんた私と婚約したくないからそんな事言ってるんじゃないでしょうね」
ルイスはランの涙ぐみながら睨んでくる迫力に後ずさりしながらランに言った。
「そんなわけないじゃないか。僕は子供の頃からランちゃんが好きだったんだから。
そのことはランちゃんもわかってるでしょ?」
「じゃあ異論はないのね」
「もちろん」
「婚約が発表されたら学院生活はどうなるんでしょうね」
フランソワの言葉に全員が項垂れてしまった。
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