後編 孤独と大切な何かを失った種。
早春。
「四葉はな最近足し算が出来る様になってきたんだ。うん。凄いよなぁ。」
父は祖母に電話していた。
瑞葉の話ばかりだ。
私は父の服を引っ張ってこう言った。
「私はぁ?」
父は私を鬱陶しそうに見詰めてあっちへ行ってなさいと押して引き離す。
私はバカ!と地団駄を踏んで瑞葉をおもちゃで殴った。
泣きじゃくる瑞葉を見ていい気味だと蔑んだ。
振り返ると父が私の前に立っていた。
「パ…」
父は私の頬を力強く引っぱたいた。
私はあまりの痛みで泣きじゃくる。
父は瑞葉の頭を撫でて大丈夫だっか?と抱き締めていた。
母が買い物から帰ってきた。
母なら構ってくれる。
そう思って母に振り返るが母は泣きじゃくる私を他所に泣きじゃくる瑞葉に飛び付き何があったの?と頭を撫でる。
「おねぇちゃんがたたいだぁ!」
母はコラ!と怒声を上げて私を叩いた。
私はもう涙なんか出なかった。
空っぽだったから。
私は家を飛び出した。
走った。
ひたすらに。
早春に浴びる対向する微風は心地が良い。
私は転けた。
膝が擦りむき血が滲む。
ヒリヒリとした痛さは不快だった。
私は立ち上がる。
口元が震える。
スカートを強く握り堪える。
ゆっくりと歩く。
私はふと河川を覗き込んだ。
私の視界に初めて花が凛と咲いた。
綺麗な白髪の女の子が花のお布団の上で横になっていた。
その顔は不健康なほどに真っ白でそして美しかった。
私は魅入っていた。
美しい白い花の少女から視線を逸らせない。
一目で目に釘を差し込まれたのだ。
「どうしたの…?」
彼女は私の視線に気が付いたのか私に話しかけた。
その振り向いた少女の顔は、儚くも清らかな奇跡だった。
理を超えた美しさ。
静謐な美しさ。
正に白い可憐な花。
私は目を奪われた。
言葉では表せない美しさにただ逃げ出すしか無かった。
あの子、傷付いちゃったかな…
私は気が付けば体が心よりも先に動いていた。
「居ない…あれはまぼろしだったのかな…」
私はあの子が居た場所に身を横たえる。
微かにだが人の温かみを感じる。
それは幻では無かったと密かに伝えられた気がした。
「あの子と話をすれば良かった…」
後悔が押し寄せる。
私は暫く河川で横になった。
彼女が戻って来るのではないかと言う淡い期待を寄せながら。
虫の囀りがアラームの様に耳に劈く。
夜になった。
「パパとママにまた叩かれちゃう…」
私は怖くなり身を縮めて泣きじゃくる。
後ろから足音がした。
私はあの子が来たのかと思って振り返るがただの野良猫だった。
私が頭を撫でようとすると逃げ出した。
可愛くないなぁ。
私は腰を上げた。
尻に着いた土を手で振り払い帰路へ着いた。
心配してくれてるかな…
家の扉を開ける。
誰も出迎えてはくれない。
私はリビングに入り謝った。
「ごめんなさい…」
母と父は私を横目に見てただこう言った。
「ご飯余ったの置いてるから自分で温めろよ。」
少し寂しかった。
私は分かったと返事をしてご飯の量と不釣り合いな程に少ないおかずを温めて一人で呆然と食べる。
「四葉は凄いなぁもうこれが読めるのかぁ!」
母と父は漢字を多少読める様になった四葉をべた褒めしていた。
私だって漢字読めるのに…
私だって足し算出来るよ…
ご飯がしょっぱい。
手から力が抜け落ちて箸が地面へ転がる。
「ママ…箸落ちちゃったから変えてもいい…?」
母は溜息を吐いて私を睨んだ。
その沈黙が何よりも私の心を締め付けた。
何でママもパパも…いとこも…四葉ばっかりなの…四葉が可愛いから…?私が可愛くないから…?
私は落ちた箸を拾ってご飯を食べた。
味がしない。
四葉なんか生まれなければ…四葉なんか死んじゃえ…死んじゃえ…!死んじゃえぇ!!
私は四葉への羨望たる嫉妬が憎悪へと変わってしまった。
四葉に奪われた。
何もかもが。
許せない…許せない。
四葉は私を見下してる。
私からママとパパを奪って蔑んでる。
絶対に許さない。
翌朝。
昨日の夜から深夜まで激しい豪雨が降り注いだ。
私と四葉は一緒に通学していた。
「ねぇお姉ちゃん、見て可愛いわんちゃんだよぉ!」
うるさい…
私は無視をした。
四葉は私の服の裾を引っ張ってねぇねぇと鬱陶しく話しかけてくる。
「うるさい!」
私の怒声に四葉は泣き出す。
ろくに怒られた事も無いので有り得ない程に泣き虫だ。
それが尚更私の心のもどかしさを強めて行く。
「四葉、寄り道しよっか。」
四葉はえ?と困惑し恐怖よりも好奇心が勝ったのか泣きやみうん!と元気よく返事をした。
私は四葉と手を繋いで人の殆ど通らない橋に来た。
「かわ!」
四葉…ごめんね。
私の為にも…死んで。
私は橋の手摺に四葉の顔を勢い良く押し付ける。
ぐしゃっと何かが潰れる音がした。
コンクリートに粘っとした赤い液が糸を引く。
四葉は叫んだ。
それは声と言うより金切音に近かった。
私は怖くなった。
人が来たら、私は終わりだ。
私は四葉を掴み流れの荒い川へ引っ張る。
四葉はいやだ辞めてよと抵抗をするがここで辞めれば私に後はない。
幼い私でもそれは確信して分かっていた。
力は当然私の方が上。
四葉は川へ流されて行った。
私は足の力が抜け落ちた。
やってしまったと言う恐怖で心臓が張り裂けそうだ。
誰かが四葉を救出したら私はどうなる?
せめて殺してからの方が良かったのかもしれない。
だがもう手遅れだ。
私は学校へ行けなかった。
行くのが怖かった。
だからひたすらに走った。
何度転けたかもはや分からない。
ただあの河川へとひたむきに。
「はあ…はあ…はあ…どどぅしよお…」
私は人目に付かない橋の下で身を縮める。
私はどうしようも無い底沼の恐怖にただ泣く事しか出来なかった。
死んだかは分からない。
死んで私だとバレたら。
考えても漠然とした答えしか返っては来ない。
「何をしてるの…?」
私は咄嗟に声の元へと振り返る。
そこには手で壁に手を預けて、密やかに足を運ぶ白いあの子の姿があった。
私は醜い泣き顔を晒したくないと本能でそう感じ涙を必死に拭う。
「…ナ…んで…ない」
緊張と恐怖が入り交じった私の喉はまともに声を発させてはくれなかった。
彼女はよいしょと私の隣に腰を下ろした。
「学校はどうしたの?」
彼女の声は耳によく浸透した。
乾き切った私の声に骨の髄まで潤いを与えてくれた。
彼女はまともに喋れない私を見てその震えていた手をそっと優しく握ってくれた。
「ごめんね、嫌なことがあったんだよね…君の痛みに気付かず踏み込む程に私の心は荒んでいたみたい…」
私は彼女が自分を否定した刹那、彼女が否定した事を私は否定した。
「ううん、貴女は荒んでなんかいないよ。私なんかよりきっと…だって貴女が私の手を温かく握ってくれた瞬間に…震えが止まら無かった私の手が一瞬で…」
彼女は私の表情を見て少し安堵していた。
自分の事より彼女は私を優先してくれた。
それが嬉しくも悲しかった。
彼女はきっと私なんかよりも辛い目に遭っているのだ。
「ねぇ貴女は…」
彼女は私の言葉を遮った。
「私は綿音…早乙女…綿音。君は?」
私は少し困惑したがその素振りを見せたくなく自分の名前を名乗る。
「花守…薊蓮。」
彼女は首を傾げていた。
不自然だったかと不安になるが彼女が次に見せた微笑みが私の不安をいやそれ以上の何かを掻き消した。
「け…いは。私達お互いに珍しい名前だね…!にはは」
彼女の幼い笑い声に私の静寂した心が跳ね上がる。
私と笑いあってくれる人が初めてでどうしようもなく嬉しくて、平等に見てくれるそんな彼女がどうしようも無い程にただ愛おしかった。
生まれて初めての感情を彼女に与えて貰った。
涙が溢れ出る。
恥ずかしよ…嫌われたくないよ…
私は必死に涙を隠そうと目を擦る。
彼女はそんな私の手をそっと優しく包んで慈愛に満ちた微笑みで励ました。
「泣く事は恥ずかしい事じゃないよ。
だから隠そうしないで…
君は一人じゃないんだから。
泣く事を恥ずかしがらないで。
いつだってどんな時でも。
人間の持った美しく儚い感情と言う物のお土産なんだから。」
彼女の言葉は私の傷付いた全てを癒してくれた。
もう私は一人じゃない。
泣く事は恥ではない。
それが知れて底沼の闇で迷っていた私に一筋の光が与えられた。
道が少し見えた。
私は一人の人間で孤独ではない。
綿音…ありがとう。
「ありがとぅ…綿音…」
私は惜しみなく泣いた。
涙の袋は満量だったがもはや水滴も残っていない。
私は気付いた時には綿音の太ももを小さな枕として、淡い息を零しながら眠っていた。
目を覚ますと綿音とふと目が合ってしまった。
惹き込まれる。
その底無しの果てしなき美しさに。
「薊蓮、見て…」
綿音は川に指を指していた。
私は川を見るが綿音が何に興味を唆られたのか私には分からなかった。
「あの川に写るキラキラ、お星様みたい…!」
綿音の無邪気に微笑む純粋な微笑みは私に春の風を与えてくれた。
「うん確かにお星様だ…」
綿音…ありがとう。
私は感謝の気持ちでいっぱいだった。
綿音が居てくれれば私はそれだけでもう生きていける。
綿音の居ない世界に私の生きる場所はない。
「綿音、ありがとう。」
私のありがとうと言う言葉に彼女は疑問を持たなかった。
きっと私の気持ちを見透かしているのだ。
だって彼女の瞳は色濃く私と言う存在を写しているから。
私はそれが嬉しくて…救われた。
「私もありがとう、薊蓮。私の初めてのお友達になってくれて…」
お友達…か。
「ううん…私も綿音が初めてのお友達だよ…ありがとう、私を見付けてくれて…私を見てくれて…」
綿音は私の頭をそっと優しく包容してくれた。
物心が付いて初めて感じる温かみに私はただ泣きじゃくる事しか出来なかった。
これが温かみ。
そうだ。
私はもう一人なんかじゃない。
私達は暗くなる夜空に互いに慌てそしてゆっくりと別れ道まで歩き、帰った。
またねと初めて掛けられる言葉に私は嬉しくなって綿音に駆け寄った。
「綿音!私達、ずっと一緒だよね?」
私のその質問を聞いて綿音は微かに悲しそうな顔をしていた。
私はそれに気が付かなかった。
「うん…ずっと一緒だよ。」
私達は小指を結んで誓いを立てた。
ありがとう綿音。
家の扉を開けると母が泣きながら誰かと電話をしていた。
「四葉は見付かったんですよね…!?…そんな…そんな…」
母は私を見て電話をガシンっと切った。
「薊蓮…四葉はどこ…?」
母の目が怖かった。
バレちゃった…のかな?
「分からない…な、なんの事…?」
母は私の顔を覗き込んで金切り声に近い狂った笑い声で私の髪を掴んで壁に何度も私の頭をぶつける。
「あんたがぁ…!四葉をぉ…!どこにやったぁぁあ!」
ああ、やっぱりこの人は私を見てない。
この人の瞳にはいつだって四葉しか居ない。
死んじゃえばいいのに。
母は少し落ち着き、私の肩を震える手でガシッと掴んだ。
「今日…学校行かなかったんですって…なら……あなたしか…居ないじゃない…分からないなんて恍けないで…ねぇ四葉はどこ?どこなの?ねぇ…ねぇ…お願いだから…教えてよ…」
綿音。
やっぱりあなたが特別なんだ。
私を唯一見てくれるのはやっぱり貴女だけなんだ。
ママもパパも…いとこ達も…ばあちゃんも…じいちゃんも…みんな四葉ばっかり。
私は二の次どころかそれ以下。
くたばれ。
「分からないよ…四葉…気付いたら居なくなってて…怖くなったから…探してて…でも見付からなくて…」
母は私の頬をグーで殴った。
歯が数本折れた。
なんでだろう。
痛くなかった。
もう私は既に死んでるみたい。
父が慌てて帰ってきた。
四葉を四六時中探していた。
警察も私に色々聞いてきた。
みんな私を疑ってるんだ。
人間なんか嫌いだ。
綿音…貴女に会いたい。
貴女にまた抱き締めてもらいたいよ。
「四葉…お願いだ帰ってきてくれ…お前しか居ないんだ…」
父のその言葉は私に生涯癒えぬ傷を与えた。
その言葉で分かろうとしなかった事実を悟ってしまった。
後日、親族達も協力して探していた。
私は監禁状態だった。
綿音に会いに行きたかったのに。
親族達の言葉が耳にこびり付いて離れてくれない。
「みんな結局…四葉しか目にないんだ…」
私は窓を見詰める。
今、外に出たら私は殴られるだろう。
また血の味を噛み締めないといけないのだろう。
私の生きる意味は綿音しかない。
こんな劣等種共と共存なんか出来やしないんだ。
「綿音…会いたいよ…貴女は待ってくれてるのかなぁ…私なんかを…綿音…綿音…」
夜になった。
親族は皆帰り後日。
四葉が発見された。
『本日、今朝、行方不明となっていた花守 四葉7歳が黒百合川で遺体で発見されました事件性の有無は現在…』
父がテレビをプツンっと消して机を殴った。
その両親の顔は歪だった。
しわくちゃで人間の顔じゃない。
四葉が死んでホッとした。
殺して正解だった。
お前らのその顔を見れただけでお釣りが倍になって返ってきた。
私も泣く振りだけはしてやった。
両親、親族皆一様に泣いていた。
数週間後に事件性の有無は有りとされた。
遺体は警察が預かったまま、帰って来なかった。
葬儀の日程すら決められない。
数週間が経った。
司法解剖が終わった遺体は、そっと白布に包まれて戻ってきた。
見ないほうがいい、と葬儀社は静かにそう言った。
警察には四葉が着ていた衣類や身に付けていた小物などは預けたままだった。
葬儀は小規模の元行われた。
家族といとこのみ。
棺桶は閉棺。
通夜はしんみりとしていた。
四葉の閉じられた棺桶の前には白いカーネーションが沢山彩られていた。
皆、四葉の遺影の前で別れを告げる。
私は勝ちを誇らしげに語った。
ざまあみろ。
何度もそう言ってやった。
葬儀。
式の最中に、スーツ姿の刑事が一歩下がった位置で静かに立っていた、
式が終わった後刑事は事情聴取をして回っていた。
私は何も分からない。
それだけを伝えるがアリバイが無いのは私だけ。
やはり執拗に問われるが幼いのもあってかすぐには終わった。
火葬の最中、父が棺を開けようとして止められた。
「この子の顔を最期に一目見たいんです。それに四葉が気に入っていた絵本を…せめて入れてあげたいんです…お願いします…お願いします…」
葬儀屋の人は申し訳御座いませんと地に頭を付ける父に申し訳なさそうに告げた。
「私共が入れておきますので…どうか頭を上げてください。」
父は悔しそうだった。
心地が良い。
気分が爽快だ。
皆父を励ますが父の心にはぽっかりと穴が空いたのだろう。
皆、火葬の最中食事を食べる。
美味しい。
父と母、いとこ達は皆口に入れるだけで感情を出さない。
私もだからなるべく感情を抑えた。
火葬が終わって骨壷に遺骨を入れていく。
骨の臭いが何故だか落ち着く。
終わったんだ。
私は勝ったんだ。
嬉しい。
嬉しい…
火葬の後、私達は四葉の遺骨を持って車に乗る。
いとこ達はずっと泣いている。
私が死んだら誰か泣いてくれるだろうか。
綿音なら泣いてくれるよね、きっと。
「薊蓮…お前は何もやっていないんだな…?」
私はうんと頷く。
「そうか。」
父は冷静だった。
もう吹っ切れたのかな。
母は尚も父の傍らで泣いている。
「薊蓮…だったら…」
母のその一言が痛かった。
心に亀裂を入れる程に。
父は母の頭を撫でた。
同じ気持ちと言うことだろう。
結局殺しても大して意味はなかった。
無駄骨とは思わないけど。
家に着いて骨箱を後壇に置いて、母と父がお経を読んでいた。
なんの意味があるのか分からない。
死んだら骨しか残らない。
後は何が残るの?
寂しいから心の隙間を埋める為に死後の世界なんて言うまやかしを作ったの?
何だか呆れちゃうよ。
綿音に会いたいなぁ…
お経を読み終わった父と母は呆然としていた。
辛いのなら良かった。
寂しいのなら良かった。
苦しいのなら良かった。
私だって…同じ気持ちだったんだから…お前達も…四葉も…みんな苦しめ。
私を…私の気持ちを…知ってよ。
「四葉…ごめんね…守れなくて。」
私のその嘘で固まった言葉に父と母は泣き出した。
父と母は私を抱き締めた。
でも温かくなかった。
冷たかった。
父と母はもはや死人だから。
「薊蓮…ごめんね…ごめんね…」
母は私の頭を撫でていた。
それが何故か心地よかった。
死人に少し救われた。
涙が一筋頬を伝った。
四葉は本物の温りを当然の様に感じていたのだろう。
あなたの当たり前は私にとって特別。
その事実がただ妬ましくてただただ憤りを覚えた。
あれから暫く経った。
事件性は有ったが監視カメラの及ばぬ範囲で発見された四葉の血痕により事件の犯人探しは断念せざるを得ないとなった。
目撃者もゼロであった。
運は私に回った。
あなたの負けだよ、四葉。
私は四葉の墓前で勝ちを誇った。
あなたは負けたと言う事実を押し付けた。
南西から吹く風が身体にやんわりと纏わり付いてそれが心地よい。
お前は私から奪ったんだ。
当然の報いを受けただけ。
私の胸にはまだ不満と憤りは残っていた。
だけどそれ以上は意味が無い。
あいつは死んだから。
私が勝ったんだから。
もう、それだけで十分だ。
あれから日が経った。
私は綿音に会いにあの河川へと歩を進めていた。
「綿音!久しぶり!」
綿音は振り返り嬉しそうに微笑んで無邪気に久しぶりと返答をした。
「ごめんね…私、色々あって会えなかったの…」
綿音はううんと首を横に振って私の頭を優しく撫でた。
「寂しかったけど…こうして私達はまた会えたから」
綿音の顔は紅潮していた。
私は変な気持ちになった。
綿音を見る度に胸が高鳴る。
そんな気持ちに。
私は気分が高鳴っていた。
「ねぇ綿音は学校に行かないの?」
私の言葉を聞いて綿音の瞳が僅かに揺れた、そして悲しそうに俯いた。
綿音と学校へ行きたいと言う想いが仇となった。
私は綿音に嫌われたくなかった。
必死に弁明をしようとした。
「ごめん…!私…」
そんな私の急き立つ心に引き摺られて騒ぐ手を優しく手を添えてそっと胸元に戻した。
「ううん…薊蓮ならいいよ……あのね……その………実は…私ね…白花病って言う…不治の病なの…色素細胞が枯れていくの…私はそれの末期…もう薬じゃ抑えられない…だから…自宅療養っていう形になってるの…」
私はその耳を塞ぎたくなる事実にただ呆然とする事しか出来なかった。
「ねえ薊蓮…私のわがままを聞いてくれる?」
私は聞くのが怖かった。
だけどそれ以上に私は綿音を救い出してあげたかった。
私は綿音に救われた。
だから次は私。
私は頷いた。
綿音の目をしっかりと見据えて。
綿音は安堵する様に俯いて震える口を開いた。
「私は次の年にはもう貴女の傍らに居ないの…私は冬を越せない…ずっと一緒だって約束したのに……ごめん…私…嬉しくて…あの時言えなかった…事が辛くて…貴女に嫌われるのが」
綿音は泣きながら必死に必死に喋っていた。
私はそんな綿音の言葉を遮った。
「私が嫌いになるわけないじゃない。
貴女は私を救い出してくれたの…だから次は…私の番なの…自分ばっかり背負い込まないでよ綿音…」
綿音の儚く溶けてしまいそうな泣き顔が私には辛かった。
「だから泣かないで…綿音ぇ…」
泣かないでなんて言って私も泣いちゃったらダメじゃんか…情けないよ…
綿音は私に抱き着いた。
今度は私が抱き締める番だ。
「「ありがとう」」
私は綿音の頭を撫でた。
互いの涙で服がびしょびしょでそれが何故だが可笑しくて私達は笑いあった。
「またね、綿音!」
踵を返した。
後ろから走る足音が聞こえ振り返ると綿音が私の手を握って無邪気にこう言った。
「ずっと一緒だよ!」
私はうん!と力一杯頷いた。
私達は互いに帰路へ着いた。
家の扉を開ける。
ご飯の香りがした。
リビングを開けても聞こえてくるのはテレビの音だけ。
煩わしい笑い声は聞こえてこない。
「ただいま!」
おかえり。
この言葉が何故だか胸に響く。
今まで投げても返って来なかったボールが返ってきた。
その事実が嬉しくてたまらなかった。
「今日は四葉の好きなビーフシチューよ…」
四葉。
結局はそうなんだ。
喜びから落胆へと変わる。
四葉を思って作ったと考えたらご飯の味がしない。
不味い。
「ごちそうさまでした…」
皿をキッチンのシンクへ置いて私は自室へ籠った。
両親の瞳に焦げ付いて離れやしない四葉が妬ましかった。
四葉は両親にとって太陽だったんだ。
それが辛かった。
私は太陽になれない。
四葉さえ生まれなければ…四葉が私よりもブサイクだったら…
両親や親戚はきっと私を見てくれていたに違いない。
でもそれだったら綿音に会えていただろうか。
立場が逆転して四葉が綿音に…
考えたくない。
何故考えれば考える程に胸が締め付けられるんだ…
私には綿音が居る。
それだけで十分だ。
翌朝。
朝食を食べる。
父に甘えた。
初めて構って貰えた。
母に甘えた。
構って貰えた。
嬉しかった。
楽しかった。
学校へ行ったらみんな私に集まって色々くれた。
大変だったねと先生やみんなが励ましてくれた。
嬉しかった。
楽しかった。
こんなに気持ちが高鳴るのははじめて!
四葉が死ぬだけでここまで変わるなんて…思わなかった。
私は放課後、河川へと走った。
綿音は居なかった。
今は家に居るのかな。
私は一旦家に帰ってランドセルを自室に置いて、再度河川へ向かった。
「綿音…居ないなぁ…」
遠くから聞こえるはしゃぎ声に私は振り返る。
綿音が両親と一緒に居た。
「お義母さん…あの子だよ!私の友達!」
綿音は嬉しそうに地団駄を踏んでいた。
子供らしい綿音が可愛くて愛おしかった。
「薊蓮ちゃんって言ったかな、いつも綿音と仲良くしてくれてありがとうね。」
綿音のお母さんは私の頭を撫でてくれた。
お父さんらしき人は綿音の頭を撫でていた。
「薊蓮、今日は家においでよ…!」
私はうん!と頷いて綿音達と一緒に綿音の家へ向かった。
綿音の家は大きかった。
リビングは広くて暖かい。
綿音のお母さんがクッキーを焼いてくれていた。
「コーンスープもあるけど飲む?」
私は元気よく飲みますと頷いた。
私はクッキーに手を伸ばすと綿音が不思議そうに見ていた。
どうしたのと聞くと綿音はこう答えた。
「薊蓮、先にクッキー食べちゃうの?」
私はうんと頷いて続けてこう言った。
「好きな物から先に食べる派なんだぁ私!」
綿音は可笑しそうに笑った。
私はなんで笑うのと頬を膨らませると綿音はごめんごめんと謝りクッキーに手を伸ばした。
「私も真似していいよね?」
私は当然と頷き私と綿音は一緒に頬張る。
互いにハムスターみたいに膨れたほっぺたを見て笑いあった。
「綿音があんな顔をしているのはじめて…」
綿音の両親は嬉しそうだった。
私達はあれからタブレットを借りて一緒に絵を描いて勝負したりゲームをして遊び日が暮れそうになっていた。
「薊蓮ちゃん、そろそろ帰らないとお母さん達心配しちゃうわよ」
私は時間を見てやばいと声が漏れた。
綿音は謝るが私はいいよいいよと励ます。
「私が送ってくわ。綿音もおいで。お母さん達にはしっかり説明するから安心して」
私はうん!と力強く頷いた。
綿音のお母さんの車に乗る。
車内はいい匂いがした。
家の道を説明しながらも、私は綿音とワイワイはしゃいでいた。
家に着いて綿音のお母さんがインターフォンを鳴らす。
母が出てきた。
「あら薊蓮…その人達は?」
私は友達!と元気よく答えた。
父も出てきて綿音の両親とは意気投合していた。
私と綿音は両親の長い話の最中に色々家を探索して約三十分経って両親も話が終わり私達は手を振って別れた。
「綿音ちゃん凄い可愛い子ね、でも不思議よね、アルビノかしら?」
私は秘密!と言って両親と家に入った。
ご飯が美味しくて涙が止まらない。
久しぶりに感じた。
味と言う幻だったものを。
「変な子ね…」
両親は笑っていた。
恥ずかしい。
だけどそれ以上に温かい。
翌朝。
学校は祝日で休みだった。
家を出ようとした矢先にインターフォンが鳴る。
扉を開けると綿音と綿音の両親が立っていた。
「薊蓮の家で遊びたいんだけど駄目かな…?」
私をチラチラ見ながらモジモジしていた。
私はいいよ!と答え家へ入れる。
綿音のお母さんと私の母が楽しそうに話をしていた。
私達はゲームをして遊んだ。
時には笑いあって、時には少し揉めた。
楽しい。
綿音と居るといつだって楽しい。
綿音は好きな歌を聞かせてくれた。
それを一緒に歌ったり私の好きなカードゲームをしたり時間を忘れて遊んでいた。
気付けば夕暮れ。
母が車を運転して綿音を家まで送る。
昨日とは立場が逆転した。
「綿音……ごめんね…何でもない。」
綿音は私の頭に手を添えてふてぶてしく頬を膨らまして言ってと力強く言った。
「…どうしても…どうしても!冬を越せないの…?…わた…し…私…綿音が居ない世界が…」
綿音は私を抱き締めた。
ごめんねと謝った。
わがままばかりの私でごめんなさい、綿音。
でも…でも…聞かないと胸が張り裂けそうになるの…
綿音の家に着いた。
綿音はまたねと元気よく手を振った。
私も力強くまたねと答えて互いに別れた。
「薊蓮…綿音ちゃんが冬を越せないって…どう言うこと?」
私は何でもないと誤魔化した。
母は少し察したのかそれ以上は言わなかった。
家に着いて私は自室へ走った。
戸を閉めて、ベッドに飛び込む。
気付けば夕飯。
濡れた枕から顔を離して私は慌てながらも泣いた跡を朧気ながら隠した。
母と父はご飯を食べるのが遅くなった。
いつも空いている席をぼんやりと見詰めていた。
四葉は死んで尚も私から両親の視線を奪っている。
学校へ行き、そして放火後。
一人地面と見つめ合って家に向かう。
はしゃぐ子達が何だか羨ましかった。
私も友達…いや…綿音と一緒に帰ってみたい。
綿音が居れば私の世界はいつだって晴れ空になるから。
家に着いてドアレバーに手を掛けるが扉が開かない。
仕方なくランドセルを降ろして鍵を開ける。
「ただいま…」
珍しく誰も居なかった。
私はランドセルを自室に投げ入れて、足早に家を飛び出し河川へ向かう。
綿音は今日居なかった。
私は仕方なく綿音の家の道を思い出しながら綿音の家に向かった。
インターフォンを鳴らすと綿音のお母さんが出てきた。
私が来た事を知ると綿音ははしゃいで出てきた。
「いらっしゃい薊蓮。」
私は綿音の家に入り手作りのマフィンを頂いた。
「美味しい!」
ついつい声が溢れ出た。
綿音は嬉しそうに、にははと微笑んだ。
綿音は公園に行きたいと言い出して私と綿音は近くの公園に行った。
「ここ昔から好きなんだぁ…古いけど何故だか落ち着くの。」
確かに一見古い公園だが何故だか落ち着く。
まるで家の様な安心感がある。
花壇に植えられている花はよく手入れされていた。
「このお花は私が植えたの。それから毎日こうやってお手入れをしてあげてるの。この子達は私の子供だから。」
綿音が花を見る瞳は私を見る瞳と同じ輝きをしていた。
綿音の瞳はいつだって平等なんだ。
「綺麗だね。」
綿音ははにかむように微笑んで頷いた。
春が終わり夏がやってきた。
初夏。
セミの声は森を揺らした。
セミは死にたくないから鳴いている。
昔こんな話を聞いた事がある。
セミは長い年月土で暮らし終ぞ外へ現れその命はたったの七日で命を終える。
綿音はそんなセミが美しいと言った。
私は何故だか聞いた。
綿音はこう答えた。
「儚いから…儚い命が美しいの。私と似ているけどセミは死にたくないと泣ける…それが綺麗で愛おしいの。」
綿音も死にたくないと泣いていたが本人には自覚がない。
綿音は不思議な子だ。
知れば知る程に。
綿音は人間と言う物差しで対等に人を見れる子だが何故だかいつも自分だけは認めようとはしなかった。
「綿音も綺麗だよ。」
綿音は少し笑った。
元気が無くなっていく彼女は見ていられない。
だけど綿音は笑ってくれる。
私の為に無理に笑ってくれる。
無理をしなくていい、この言葉を綿音に伝える事を私は躊躇ってしまう。
綿音が本当に居なくなってしまうと言う事実を受け入れてしまっているようだから。
綿音は必死に頑張って生きようとしている。
私はそんな綿音を応援している。
「綿音、そろそろ帰ろっか、お母さん達心配しちゃうよ。」
綿音はハッとした。
気付けば夜だと可笑しそうに笑った。
「薊蓮と居ると私の中の短くも長い時間があっという間に過ぎちゃう。楽しくて堪らない。薊蓮…ありがとね、貴女と居る時間はいつだって安らぎを得られる」
私もありがとうと綿音に言った。
綿音は首を傾げる。
「私も貴女と居ると世界が晴れ空の様に輝くの。綿音と同じで貴女と居る時間は安らぎをいつだって得られる。」
綿音は微笑んだ。
私の手をギュッと握り私達は手を繋いで綿音の家に向かった。
綿音は躓いた。
「大丈夫!?」
綿音はおかしいなと少し笑った。
「何だか道が見えにくいの…何でだろう…」
綿音は立ち上がりごめんねと私の目を見て照れ臭そうに謝った。
綿音の目は白くなって行っている。
恐らく原因はそれなのだ。
その事実が胸を強く押し込んだ。
一番辛いのは綿音のはずなのに。
私は涙を必死に押し殺した。
私はふと綿音を見た。
綿音の頬には涙が伝っていた。
「綿音…泣いていいんだよ。我慢しなくてもいいんだよ。綿音は一人じゃないんだから。」
綿音の白い唇が震えて綿音の瞳孔が揺れて涙が溢れ出た。
私は綿音を抱き締めた。
「ありがとね…薊蓮…」
私はううんと首を横に振った。
気にしないで欲しかったから。
「薊蓮、今日はありがと、お母さんに聞いてみるね今日送れるか。」
綿音はお母さんと少し話して私は車に乗せて貰った。
家に着き母と綿音のお母さんが話していた。
私達は庭で夜空を眺めた。
掴めそうで掴めない輝く星々。
「薊蓮…もし私達が天国で再会したら…星の砂溜まりで一緒に遊ぼうよ…きっと楽しいと思うから…ダメかな…?」
私は首を横に振った。
「ダメな訳ないじゃん、約束!指切りげんまん!」
私達は死後に果たす約束を交わした。
綿音のお母さんが綿音を呼び私達は別れた。
「また明日、薊蓮…!」
私もまた明日と大きく返事をした。
あれから日が経った。
夏休み。
私と綿音は一緒に海に行った。
綿音は奇異な目で見られていた。
綿音は恥ずかしそうに蹲った。
「綿音、大丈夫だよ、みんなきっと綿音に魅入られてるんだよ!私みたいにさ。」
綿音は私のセリフが可笑しかったのかにははと笑った。
私は綿音が笑ってくれたのが嬉しかった。
「にひひ、綿音、一緒に海入らない?冷たかったらすぐ出よ」
綿音は頷いて私と綿音は波で上がってきた水に足をちょんっと乗せる。
「「ぬる!」」
お互いにハモってしまい笑いあった。
少しだけ海に入り私達はすぐに出た。
「ごめんね、薊蓮…気を使わせちゃって」
私は綿音の頭を撫でてこう言った。
「気なんか使ってないよ、気にしすぎだよ」
綿音は照れ臭そうに俯いてうんと頷いた。
綿音のお母さんが駆け寄り何か食べるかと聞いてきて私と綿音を目を合して互いにニヤリとしこう答えた。
「「アイスクリーム!」」
私達はアイスクリームを売っている所まで行き、何がいいかを聞かれこう答えた。
「「ミックス!」」
互いにまたハモリそれが可笑しくて笑い合った。
綿音のお母さんは仲良しねと嬉しそうに微笑んだ。
私と綿音はアイスクリームを食べながら海を眺めていた。
「海って大きいよね…私も海みたいに大きくなりたかったなぁ…」
綿音のお母さんが綿音を抱き締めた。
綿音の頬に一筋涙が伝う。
母の腕を優しく撫でて謝った。
「ごめんなさいママ、わがままな事言っちゃって」
綿音のお母さんはわがままなんかじゃないと震える声を必死に押し出していた。
私は自分ばかりが辛いと思っていた。
だけどそれは間違いだと気付かされた。
綿音は私なんかより辛いはずだ。
綿音はきっと生きたいはずだ。
綿音はきっと…きっと…
私達はあれから少し遊び帰った。
月日は経ち冬が間近となった。
風は徐々に寒くなって行き息が白くなる。
綿音は家で寝たきり。
私は綿音の家へ行き歩けない綿音に話しかけて気分を紛らわせてあげていた。
それくらいしか今は恩返しが出来ないから。
「薊蓮…良かったら明日…私とあの河川へ行こうよ…久しぶりにあそこでお話がしたいの。」
私は行きたいと言う感情を押し殺した。
「…ダメ…なんだよ…ごめ」
綿音は私の手をガシッと握った。
その手は冷たくそして震えていた。
「お願いだよ…薊蓮…お願いだから…」
私は泣きながら私に懇願する綿音を見ていられなかった。
辛かった。
辛くて辛くてどうしようもなかった。
「薊蓮ちゃん…いいのよ…綿音と一緒に行ってあげて。」
綿音のお母さんの顔は太陽の様に温かく冬の風の様に冷たかった。
私は綿音の手を両手で握り返して答えた。
「わかった…いいよ。一緒に行こっか!」
綿音はありがとうと弱々しくも温かな微笑みを浮かべていた。
後日、午後18時。
私は綿音をおんぶした。
「大丈夫…?私重くない…?」
私は心配する綿音に気にしないでとそして続けてこう言った。
「私これでも力あるんだよ。」
私達は河川を目指して歩を進める。
「もう一度走ってみたかったなぁ…風を浴びたかった…はぁ…はぁ…」
綿音は寒い空気が苦しそうだった。
「綿音、大丈……ごめん、なんでもない。」
綿音はありがとうと感謝を私に伝えた。
「あ、猫だ、見て綿音」
綿音は少しひゃっと小さく声を零した。
「綿音、猫苦手なんだ」
うんと恥ずかしそうに微笑んだ。
「あと少しだよ、綿音。」
綿音は楽しみと無邪気に微笑んだ。
「私のわがまま聞いてくれる?」
私は当然と頷いた。
「着くまであのお歌を歌ってよ…」
私はあの時綿音と一緒に聞いた歌を歌った。
「着いたよ、綿音。」
私は綿音をゆっくりと下ろし一緒に夜空を眺めた。
「綺麗だね、綿音。」
綿音は綺麗と子供のように微笑んだ。
「薊蓮…ありがとう。薊蓮が居てくれて…薊蓮が友達になってくれて…ありがとう…ありがとう。」
綿音は私に感謝を伝えた。
「綿音、ありがとう。綿音には色々と教わって色々と救われたの。ありがとう。大好きだよ綿音。」
私達は見つめ合う。
互いに微笑んだ。
「「愛してるよ」」
綿音は手を広げた。
私は綿音に身体を預けた。
「「温かい」」
私達は身体を離すのが惜しかった。
だけどお互いに恥ずかしがり屋で照れ臭くなり離れてしまう。
私は恥ずかしさを誤魔化す為にこう言った。
「綿音、気持ちいいでしょ!秋の風は。にひひ」
綿音はうんとはにかんだ。
「ねぇ薊蓮…」
私はどうしたの?と首を傾げる。
綿音は私の瞳の奥を見詰めていた。
「私のわがままなお願い聞いてくれる…?」
私は微笑み当然でしょと頷く。
「私をいつも愛して…私が薊蓮を支えるから…」
私は答えた。
「言われなくてもだよ。にひひ」
薊蓮は微笑んだ。
「私はずっとずっと薊蓮を……」
流れ星が空を舞った。
「綿音!今の見た、流れ星……綿音…?」
綿音の瞼が落ちていた。
息の音が聞こえてこない。
「綿音……綿音ぇ!」
綿音の身体を私は必死に揺さぶった。
起きて…起きてよ綿音!
「いやだ!ダメだよ!綿音ぇ!起きて起きて…起きて……」
私は綿音を抱き締めた。
綿音の腕はもう私を包やしない。
私は綿音の頭を撫でた。
「頑張ったね…綿…音…わたね…」
私は綿音を背負って綿音の家まで歩を進める。
綿音の好きな歌を歌いながら一緒に帰る。
やっと叶ったよ。
綿音と一緒に歌いながら帰ることが。
綿音の体温がついぞ消え行く。
私は堪えきれず抑えていた目の水槽が割れた。
「綿音…ありがとう…付き合ってくれて…さ…」
何か言ってよ綿音…いじわるだなぁ…
着いたよ綿音。
お父さんとお母さんが出迎えてくれてるよ。
「おかえり…綿音…頑張ったね…ありがとね…薊蓮ちゃん…綿音ったら嬉しそうに…笑ってるじゃない…」
綿音の両親に抱き締められる。
温もり。
綿音…目を覚ましなよ…
綿音の流した涙は温かく、薊蓮の流した涙は……冷たかった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ」
私、変だよね…いずれ来るって分かってたのに…覚悟していたのに…涙が止まらないよ…
綿音の葬儀には私の両親も参列した。
白く儚い少女の人生は温かみ抱き幕を閉じた。
薊蓮は綿音の両親からこれからも共にと綿音の遺髪を渡した。
世界が写り変わる。




