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第二十六幕


「お前も俺と同じなのか……?」

鍔ぜりあう晴樹は目の前の青年の目を見る。確かに覚悟を決めた鋭い瞳の中にどこか物悲しげであるように感じた。


「うるさい!!!」


志郎は力づくで刀を押し込む。弾かれガードが開いた腹部を蹴り飛ばす。

「ぐぇっ……」


倒れた晴樹を狙うように刀が振り下ろされる。

身体を捻じり、回転しながらその攻撃を回避していく。立ち上がり、構えなおす。


「君は知らない。大切なものを奪われた痛みも大切なものを殺された苦しみを!!!」

「わかるさ。俺だって母親亡くした。」

「な……。」

「俺の母親は俺をかばって死んだ。それから何度もあの時を悪夢に見るさ。業火の中、最後まで俺を心配していた。」



晴樹の目には志郎と同じように悲哀を持った瞳をしていた。同じように大切なもの失った瞳。しかしその暗さ以上に彼の瞳にはもっと温かい、いや熱いものが宿っていた。


「どうして……どうしてお前は同じはずなのに……前を見て歩ける……!!」

「それが約束だから。母さんや舞、いすゞと彦治との。前に進む、彼女たちを呪いから解放するって。だから俺は諦めない。夢の中にいつまでも囚われてちゃいけないんだ!!」


「そうか……。しかし僕にも為すべきことがある。そのためなら虚妄の夢であったとしてもそれにしがみついてやる。現実という悪夢をみるくらいなら理想の中の幸せに沈む方がいいさ。」


「例え辛い現実であっても、それに目を背けてはいけない。現実を受け入れ、一歩を踏み出すことが正者に与えられた唯一の弔いの方法だ。だから俺は明日へ進む。それが俺のできる償いだから。」


それが全てだった。心の奥底にある思いを言葉にした。

二人はお互いの武器を構える。最後の戦いの火ぶたが切られた。






琴の匕首が舞の頬を撫でるように抜ける。舞はノコギリ鉈を振るい、琴の腹を切り裂く。

「らぁぁぁ!!!」


そのままの勢いで腹の傷をえぐるように蹴り飛ばす。


「ぐぁッ…!!!」

乱雑に振るった琴の左手が舞の肩を抉り、突き飛ばす。神籬によって強化されたお互いの攻撃がお互いの傷を深く削る。


「がッ…。」


倒れこんでいる暇はない。二人はほぼ同時に立ち上がる。舞はノコギリ鉈を、琴は匕首を拾い上げ、その右腕を振り下ろす。鈍い金属音が響く。ガリガリと引き裂くような音と共に匕首の刃をノコギリ刃が削る。


「チッ…。」


匕首を捨て、新しい得物を生み出す。白銀の刀身は紅色の空を反射し、その狂気を反映しているように思われる。

対して、舞のノコギリ鉈は血を浴び、固まった血痕は瘡蓋(かさぶた)のように貼りつき、木製の柄を錆色に彩る。今までの激戦を思わせるその姿に舞は絶対の信頼を置いていた。レバーを操作し、ロックを開放する。

大きく素振りし、折りたたまれていた刃を展開する。180度回転した刃はノコギリ刃を峰とし、内側の鉈を露出する。赤黒い血を纏い、刃こぼれした刃は因縁さえも断ち切るに適した形だった。湾曲した柄を強く握り締め、大きく深呼吸。


「行くぞ。琴。」


舞が動く。両手で振り下ろされた一撃を回避。匕首で首を狙う。真っ直ぐ狙いへ放たれた攻撃は蹴りで妨害される。弾かれた腕の代わりに膝蹴りで返す。脇腹に入った一撃は琴に距離を取るための時間を与える。

琴が後方へ回避し、左手に新たな武器を生み出そうとした時。彼女の姿はすでにそこにはいなかった。


「遅い!!!」

琴は咄嗟に頭を下げる。刈り上げるように振り上げられた鉈が琴の黒い髪を切り裂く。下がった姿勢を舞は蹴り上げる。


近くの桜に身体を打ち付けられ、琴は口の中が切れるのを感じた。血液混じりの唾液を吐き捨て叫ぶ。


「どうして!!!どうしてお前は強くなれる!!!何も変わらないはずだ!!80年前から、私たちの夢は止まったままだ!!!」


「そうだ。私たちは死者だ。夢というこの村の中でしか生きることのできない囚われた者だ。……だが、あの男、皆月晴樹に出会った。そして過去を思い出した。そして憧れたんだ、夢のその先に。だから私はここに立っている。夢を超え、その先の未来へ歩き出すために。」


「貴女が夢を語るか。長き時を呪いと歩み続けた私たちの夢はどうなる?数多の命が紡いできたこの村を見殺しにするのか?そんな事、私は認めない。あなたを必ず止める。」


琴は匕首を構える。舞はノコギリ鉈を展開する。同時に駆け出した二人の武器がぶつかる。オレンジの燐光が弾ける。

再び、匕首を振り下ろす。舞の左肩に食い込んだ刃は硬い物へ引っ掛かる感触を指先に感じる。肩甲骨か鎖骨に食い込んだことは間違いない。


「ぐっ…?!」


幾度とない剣撃の中刃こぼれした刀身が肩に食らいついていた。さらにその刃を濡らす猛毒がその肩を伝い直接体内へ流し込まれる。


「がぁっ…!!」

「おしまいだ。さようなら、私の宿敵、太陽の寵児。永遠の黄昏に沈みなさい。」



「……いや、これでいい。太陽が沈めば月が現れる。しかし太陽の反射によって生み出す月光は表裏であり同等のもの。ともに沈んでもらおう。月光の嬰児。」


肩に刺さった刃を掴む。動きの止まった少女の半身はがら空きだった。展開していた刃を戻す。彼女の能力に違わない刃を纏った一撃が彼女の左腕を叩き落す。振り下ろされた刃を返し、その胸を引き裂く。白銀の衣は鮮血を纏い、緋色に染め上げる。


「負けか……。」

「すまない。だが私は進まなくてはならない。」

「そう。……最後にお願い。私たちのこと、決して忘れないで。ここで生きて死んでいった者たちのことを、自らを捨ててまでこの村のために夢を捨てた者たちのことを忘れないで。」

「あぁ。絶対忘れない。私の罪として死ぬまで背負う。」


最後の言葉を紡ぎ、琴は満足そうに微笑む。身体を伝い地面に染み込む。まるでその血を吸ったかのように一本の桜が仄かに赤みを増した。




二人の剣が甲高い音を響かせる。蛇腹剣を展開し、志郎の全身を切り裂く。毒刃が身を削り、晴樹の体を蝕む。

「おらぁ!!!」


大ぶりの攻撃を志郎は軽く躱す。ステップを踏んだ回避行動はこちらの動きをしっかり読んでいる。うかつに踏み込めばカウンターが飛んでくるだろう。


「しかし、こうするしかないな。」


晴樹は刀を変形させ、刀身を分割させる。そして一気に詰め寄る。大きく振った剣が鞭のようにしなる。十数個の小片が四方八方から追いかかるものの、志郎は回避と刀の防御でその攻撃をすべて無傷で突破する。そして即座に反撃へ転じた。


軽く横に薙いだ刀が足の甲を斬る。返し刀を太ももを切り裂く。下段への攻撃に対応が遅れる。崩れた姿勢に志郎の前蹴りが刺さる。

刀を地面に刺し吹き飛んだ動きを止める。


「おらぁぁ!!!」


志郎の足元の地面が割れ、無数の刃が飛び出す。そのうちの2本が足を貫く。


「なっ!?」

「はは。やったぜ。」


晴樹は地面から刀を抜く。その刀身の先は無くなっていた。新しい刀を生み出し、その刃は輝きを取り戻す。


「地面でわざと刀を壊し、残した刀を土中で繋げて操ったのか。」

「正解。さぁこれでお互い機動力はゼロ。正念場だな。」


先ほどまでの機動力を捨て、二人はゆっくりと刀を支えにして近づいていく。


「恨みっこなしだ。」

「上等。」


同時に振り上げた刀が互いの肩に突き刺さる。お互い振り抜き、その胸を斜め一文字に切り裂く。


「「がぁ!!!」」


同時に倒れる二人。そして同時に立ち上がる。おそらく先ほどの問答の時からだろう。晴樹は一つの答えを出していた。こいつは、吉永志郎という男は自分にそっくりなのだ。


大切なものを失った者、そして自分の無力さを知り、憤りを覚えた。自分に対する怒り、周囲への怒り。


志郎の左拳が右肩に突き刺さる。日本刀が手から零れ落ちる。すかさず晴樹は頭突きを繰り出す。クリーンヒットした一撃に怯んだ志郎の日本刀を掴み、振り落とす。振りかぶり相手の頬を撃つ。ボディーへ掌底。鳩尾に肘がきれいに入る。


月下、桜舞い散る夜の中。二人の男は願いを胸に拳をぶつけ合う。


「らぁ……!!!」


志郎の大ぶりな一撃が晴樹の顎を打ち砕く。


「がぁっ…。」

晴樹は血の混じった唾を吐きだし、志郎のノーガードの腹に一発食らわせる。


「げっ…。」


志郎は目の前に立ち続ける男を見る。顔を腫らし、青い痣がいくつもできている。しかし、その双眸だけは変わらず闘志を燃やし続けている。しかしどこか物悲しげな感じを滲ませていた。

その視線を感じたのか、晴樹は口を開いた。


「……やっぱり俺とお前はそっくりだ。」

「奇遇だな。僕もそう思ってた。愛するものを失って、憤って。だけど君と僕で一つ違うことがある。僕は立ち止まったままだ。前に進んだ君とは違う。だが譲る気もない。僕にもやらなきゃいけないことがある。」

「そうか。俺もだ。」


右拳に力を籠める。同時に大きく振りかぶる。


「うらぁあぁぁ!!!」

「はぁぁあぁっ!!!」


同時に拳を顎へ振り抜く。確かな手応えと同時に顎への一撃が脳を揺らす。一瞬の静寂は麻痺した感覚のせいだろう。痺れが視界を揺らし、意識を混濁させる。


「……俺の勝ちだ。」


気絶した志郎を支えながら晴樹は呟いた。妖艶に赤く輝く月が溶け、元の夜が現れる。暗闇に包まれる中、抱えた青年の姿が消え始めていた。



「……負けてしまったか。」

「あぁ。俺も立っているのが精一杯だがな。」


「そろそろこの村もダムの底だ。逃げるといい。」

「そうだな。」


「最後に一つ。ありがとう、皆月晴樹。この村を壊してくれて。」

「いいのか?俺を赦して。」

「あぁ。君と殴り合ったとき思い出したんだ。姉さんたちが殺されたとき、『泣かないで』といったんだ。きっとあれは誰も恨むな、前を見て進んでほしいということだったのかもしれないって。けど僕は許せなかった、この村をこの呪いを。そして彼女やいろいろなものを利用してしまった。むしろ謝るのは僕だった。」


「お前の罪も願いも俺が受け止める。それが俺の罪だ。だから安心して眠ってくれ。」


それ以上の言葉は無かった。穏やかに静かに消えていった志郎の身体は光の粒子となっていった。流れ落ちた一滴の涙が地面を濡らした。


「とはいえ俺も身体が動かないな……。」

全身を張り巡らせていた緊張の糸がプツンと消えたように膝から崩れ落ちる。その体を支えたのは舞だった。


「馬鹿者。生きて帰るまでの力を使い果たしてどうする。」

「悪い。そっちこそ過去との決別はついたか?」

「あぁ。私は罪と共に生きる。」


支えられながら二人は歩き出す。突如目の前が明るく照らされる。それは車のヘッドライトであった。



「すまない。待たせたな二人とも。早く乗れ。」

運転席から身を乗り出してエマが顔を出していた。



「さ。ユートの元へ行くぞ。」


急激なアクセルと同時に車は加速しその場を去った。

険しい獣道を突き進み、開けた場所にでた。そこには隻腕の青年がぐったりと倒れていた。

エマは飛び降り、うつ伏せの青年を起き上がらせる。

平手打ちを頬へ。弾けるような甲高い音が響く。


「いってぇぇ!!!」

「起きたか?」

「ああ。心配させたか?」

「少しな。」

「さっさと撤退した方がいいな。」


悠斗は車の助手席に座る。後部座席には舞と晴樹。運転席ではエマがサイドブレーキを操作している。

先ほどとは違い、安全に発進した車はその場を逃げるように去っていく。


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