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第二十二幕

舞は徐々に接近する少女の動きを注視していた。その少女は無表情に剣を担ぎその歩を進める。

およそ5メートル。かなりの近距離まで迫った時、二人は同時に動いた。

少女が飛び跳ねる。高く跳び上がり巨剣を叩きつけた。横へ跳ね、回避する。巨剣の一撃はすさまじく、地面を割り、大地が揺れる。


「凄まじい破壊力。身長を超える大剣。腰斬か。」

「正解。さすがね、鋸挽。」


少女の無表情な能面が崩れ、不敵な笑みがこぼれる。


「それが貴様の本性というわけか。」

「貴女は儀式で死んだらしいわね。どんな気持ちだった?私はね、爽快だったわ。」

「は?」

「素晴らしいじゃない。誰かのために死ねるって。自分の死に意味を与えてくれるって、本当に気持ちがいいわ。そう。だからこの村を、この呪いを終わらせるなんて私が許さないわ。」


「私は高尾志乃。腰斬:灰狼。」

「櫛本舞。鋸挽:転孤だ。」


少女が大剣を叩きつける。音速を越えているであろう一撃を回避する術はない。舞はノコギリ鉈で防御する。大質量と音速の一撃に全身が痺れるような痛みが響く。志乃は蹴りで舞を吹き飛ばす。

「がっ!」


転がる身体を止め、態勢を直す。しかし、視界を覆ったのは巨剣の峰だった。即座にしゃがみ、回避する。

「まさか、回避できるとはね。」

「貴様こそ、峰打ちとは舐めてくるな。」

「私は楽しみたいだけ。こんな程度で倒れてもらっては困るわ。」


先に動いたのは舞だった。ノコギリ鉈を引き、一気に接近する。下から振り上げた鉈は振り下ろした剣に防がれるも、腕は止まらない。更なる一撃を叩きつける。防がれようとも関係ない。ただ連続でノコギリ鉈を連続で振り下ろす。徐々に劣勢になる志乃へ反撃を許さない。


「はぁぁぁ!!!」

大きく振り上げた一撃が志乃を弾き飛ばした。


「貴女、素晴らしいわね。」


連撃によって彼女の藤色の上衣は至る所に切り傷が付いている。滲んだ血痕が紫を赤く染め上げる。彼女の口角はさらに釣りあがる。まるでその傷そのものが快感であるかのように。


「だから、私ももっと楽しくしなくちゃ。」


志乃は剣を地面に突き刺し、目を閉じる。全身から噴き出すような殺気、覇気。刺すような痛みさえ感じられるほどの殺意が具現と化した。


「色褪せた大剣よ、今一度その輝きを取り戻せ。白銀の過ちを導くがいい。禍津日(マガツヒ)!!!」


志乃の大剣が漆黒から美しい白銀へ変色する。まるで永き時の錆が剥がれ落ちるかの如くその本来の輝きを取り戻していく。同時に彼女の茶色の瞳は青く染まり、その鋭さを増す。まさに狼。獲物を前に涎を垂らす獣のように鋭く獰猛に絢爛と輝いている。


「では行こうか。」

志乃の初動さえ舞には見えなかった。気づいた時点ではもうすでに背後へ回られていた。大きく巨大な鉄塊の一撃がその背中を狙う。

「な!?」


振り返らずしゃがみ、回避する。後方へ飛びながらその姿を視界に収める。


「あの大剣を背負いながらの高速移動。異常だな。」


舞はノコギリ鉈を展開する。多少ではあるがリーチは長いほうがいい。この高速機動に対しカウンターしか攻撃を当てる方法しかない。舞はゆっくりと鉈を構える。刺すような殺意を全身で感じる。ところどころから感じる攻撃のタイミングに体を慣らす。


「何時来るか、それだけだな。」


連続する殺意の針、何度も突き刺さるような殺気の中で一際大きく鋭い一本が左半身に重く刺さった。


「そこだ。」


左腕に持ち替えた鉈を横に薙ぎ払う。ガキンと重い衝撃。しかし捕らえられた。鉈の刃を大剣の刃に滑らせ、近づく。志乃の腕を掴み、インファイトへ持ち込む。残った右腕の手刀で大剣を落とす。さらに鳩尾に掌底を叩き込む。


「げっ!!」


さらなる攻撃を仕掛ける直前、志乃の蹴りが脇腹へ刺さる。

「おうっ。」


掴まれた腕を掴み返し、一本背負いのように投げ飛ばす。倒れた舞に志乃は馬乗りに跨る。そして連続のジャブだ。一切の狂いなく、正確無比に鼻、喉、眉間を穿つ。


「がぁっ。」


痛みを堪えながら舞は身体を捻り、脚を志乃の下半身へ絡める。同時に両腕で地面を押し上げ身体を跳ね上げた。一気に形勢逆転。お互いに胸を前蹴りで吹き飛ばしお互いの武器を拾い上げる。

ふたりは急接近し、互いの武器を振り下ろした。重なり、鈍い金属音が響いた。夕焼けに反射する鉈は巨剣の輝きに劣らず、研ぎ澄まされた刃は殺意の具現だった。


同時に繰り出される攻防に腕が痺れてくる。何十合の打ち合いの果てに舞は一瞬のスキを与えてしまった。それは志乃の意図的な一撃、刃同士の接触の瞬間に刃を引いたのだ。ノコギリの刃に引っかかった巨剣は質量的にこちらへ傾くのは自明の理だった。


「もらった!!!」


志乃は姿勢を崩した舞へ振り下ろした。


「させるかぁぁ!!!」



舞にとってその攻撃は予測したものだった。いや、それまでの何十合の応酬、そのすべてにブラフを張っていた。

『こいつは反撃か奇襲しか攻撃してこない。となればこの攻撃で奇襲が来るのは道理か。』



振り下ろした腕よりも近く、剣の刃幅よりも近い地点。懐まで忍び込んだ舞はノコギリ鉈の志乃の肩口にぶつける。そしてそのまま一気に引きずり下ろした。服が裂け皮膚を削り、内臓を抉る一撃。致命傷であることは間違いなかった。


「ははは。さすがね。()()負けちゃった。」

「あぁ。思い出したよ。あんたは前に一度、殺ったことがある。80年前。」

「やっと思い出してくれた?あの時にそっくりね。刺殺として呼び起こされ、貴女へ奇襲したとき同じように反撃されて、同じように傷をつけられて。結局私も変わらなかったのね。」

「貴女が奇襲しかしてこないのは意趣返しという訳か。」

「違うわ。ただ私が臆病なだけだったのよ。そしていつか貴女へ復讐したかった。いつの日か必ず殺して見せるって。」

「あぁ。もし機会があるならばその挑戦、受けよう。」


「言ったわね。必ず殺してやるわ。」


志乃は重い瞼をゆっくりと閉じた。最後に見えた好敵手の見下ろす姿に腹が立ったが不思議と悪い気はしない。満足した気分の中、意識は深く途切れた。







「ありゃりゃ。向こうさんは終わったようだね。」

大剣を振るう正直の口調にはかなり余裕があった。実際戦況もかなり優勢だった。

連続攻撃に防戦一方の晴樹は唇を嚙む。


『こいつ手練れすぎる。』

距離を離そうとすれば絶妙な間合いを詰めてくる。攻勢に転じようとすればそれを防ぐように攻撃を変化させる。徹底的な妨害により十分な攻撃を行えない。さらにこちらのスタミナは徐々に削られ、切り傷が増えていく。


「くっ。」

「ごめんね。僕も職業柄、荒っぽいことは日常茶飯事でね。慣れてるんだよ。」


振り上げた剣がガードを弾いた。そこにタックル。晴樹は自分の体が宙に浮いたことに気付いたのは盛大に転んでからだった。転がる身体を剣を地面に突き刺すことで止め、姿勢を正す。


「あんたなんでこの村を守るんだ?」


「守る?・アハハハ!!!何か勘違いしていないかい?」

「どういう意味だ。」

「僕はこの村なんてどうだっていいんだよ。僕はジャーナリスト。この村のことなんかこれっぽちも関係ないよ。」


そう笑う男の目に初めて光が灯った。軽快な口調で続ける。


「ぶっちゃけ君がどうなろうかさえも僕には興味もない。君が死ねば悲劇と語り、君が虐殺者なら喜劇と伝える。要はインパクトさ。僕はその語り部に過ぎない。」


その男の目は本物だった。真の狂気。いや本人にとっては大真面目なのだろう。でなければあれほどの目の輝きはない。


「それであんたは何を手に入れられるんだ?」

「いや別に。僕が欲しいものなんてないさ。強いて言うならばこの村を語るための証拠が欲しい。だからこそ君にこの村を壊すことをやめてほしいんだ。」

「しかし、この村はもうすぐで水底さ。」

「もちろん。手は打っているさ。」


晴樹はこの男を理解できなかった。本能的に理解を拒んでいるのかもしれない。しかしこの男の目から感じられるのは言葉にできないような大きいものだ。闇や深淵とかでは表すには明るすぎる。正義と呼ぶには歪みすぎている。形容しがたいこの感覚に晴樹は眩暈さえ感じる。


「おしゃべりはおしまいにしようか。あまり時間をかけるのは得意じゃない。」


大剣を掲げ、振り下ろそうとする。晴樹はにやりと笑った。


「かかったな!!」


正直の足元が浮き上がる。地面から生えたのは複数の刃だった。トラバサミのように食らいついた刃が左足首を切断する。同時に地面に手を付きながら蹴りを顎へねじ込む。更に握りしめた剣を無尽に振るう。

生きているかのようにしなやかに動いた刃の鞭は正確に正直の右手を切り落とす。


地面に転がる正直はゆっくりと立ち上がろうとするが左足首の先が無いゆえにおぼつかない足取りだった。正直は自分の右手を見る。肘あたりから先が無くなった断面からは脈拍に沿うように血液が飛び出し、骨の断面が見えていた。


「あらら。これはやばいな。」

「言い残すことはあるか?」

「うーん、そうだね。僕にとってジャーナルとは娯楽なんだ。そこに人の命がかかわっていようが関係ない。楽しいことなんだ。君の中にもあるんじゃない?人命を越えて求めたいものが。それと同じさ。ということでさようなら。」


清々しいほど軽快、一切の邪悪さを感じさせない正直の声はどこか重く、どこか深いような気がした。

正直は笑いながらその姿を粒子へと変えていった。その眼は細く和やかに笑みを浮かべており、その奥を覗くことは許されなかった。晴樹は肩の力を抜く。掴み所が無いその男のプレッシャーはそれほどにまで強かったらしい。頬を伝う汗がそれを物語っていた。


「晴樹、急ごう。」

舞の言葉で現実へ引き戻された意識にはっとする。



「そうだな。」

生返事で返す言葉には力がこもっていなかった。

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