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第十七幕

「いい雰囲気の中悪いが、まだ終わっちゃいねえよ。」


昭宜の目の前で倒れていた青年は立ち上がる。


「邪魔をするな!!!」


振るわれた剣を悠斗は素手で掴んだ。昭宜は戻そうと剣を動かすがピクリとも動かない。それが男の握力によるものであることを理解したとき、昭宜は悪寒を感じた。


「あんたに何があったかは知らない。辛いこともあったんだろうな。だけど、俺もやらないといけないことがあるんだ。そのためにも、ここで死んではいられないもんでな!!!」


男の瞳がまっすぐ昭宜を見据える。虚ろながら決して迷いのない目、覚悟を持った瞳だった。

悠斗は握りしめた刀身を一気に引っ張る。バランスを崩した少年の下腹部に前蹴りを打ち据えた。


吹き飛ぶ昭宜を後ろから抱きかかえた葉子が衝撃を吸収する。


「ありがとう、葉子。」

「これで2対1。しかも貴方は手負い。圧倒的に不利よ。」


「それはどうだろうかな?」

その言葉と同時にナイフが葉子の目の前を通り過ぎた。


金髪碧眼の少女はゆっくりと立ち上がっていた。


「エマ、大丈夫か?」

「ああ。傷は深いが動くことはできるさ。」

エマは葉子へ向き直る。


「これで2対2だな。」



エマは悠斗の傍へ歩み寄り、囁く。


「アレをやる。いいか?」

「ああ。出し惜しみは無しだ。」


二人は瞼を閉じる。そして同時につぶやいた。


「重解放。Ceux qui accomplissent la volonté de Dieu sacrifient leur propre vie pour allumer le feu de joie, reliant d’innombrables âmes à la volonté de Dieu. 虚無への供物(ヨルガ‣レルイジット)


詠唱と同時に黒い日本刀はその刃を伸ばす。それは刀から物干し竿を越え、槍の姿を化した得物は赤く、血に染まった断頭台かのようだ。


エマのナイフはその影を見せないほどに長い槍と化し、今は亡き者であり、友の槍を扮したかのようだった。エマが葉子へ槍を投げつける。葉子は体を逸らし、そのまま突進する。身を翻し、壁に刺さった槍を引き抜きその刃を止める。


「お前の血から過去を見させてもらったよ。確かにあんたの弟への愛は本物さ。……私もそうだ。たくさんのものを失った。だからこそ言える。あんたはあの男の母親にはなれない。」


「はぁぁぁぁ!!!」


葉子の攻撃が更に速度を増す。上下右左、四方から飛んでくる斬撃をエマは槍の穂先や柄で受け止める。左手に2本目の軍刀を生み出し、さらなる連撃を繰り出す。


「うらぁぁ!!!」

「チッ。」

 

2本の剣の攻撃をかわしながらエマは反撃の隙を狙う。葉子の連撃は隙を作らないよう立ち回っている。急所を見せぬように回転を多用した動き、右腕と左腕を独立させて動かすことで予測させない。しかし、エマにはその攻撃がすべて見切ることができていた。疲労ゆえに徐々に単調になっていく攻撃に、エマは回避する速度を上げていく。


「そこだ。」

エマの右手が動いた。葉子が回避行動に移るよりも速く、その槍は肩を貫いた。一気に引き抜き、右太もも、左足甲を続けて刺し貫く。最後に返し手の柄で鳩尾を殴りつける。


倒れた葉子の左肩を柄で抑え、エマは目の前に立つ。


「私は母というものを知らない。だが、相棒の母親にはよくしてもらった。あんたの願いは理解できる。だけどあんたは母にはなれない。母は守るだけではない、時には子を信じて冒険させなければならないのさ。」


「そう……、私は……。」


瞳を静かに閉じた少女の亡骸は灰のように散っていく。その手には黄色のリボンが握られていた。エマはその絹衣を手に取る。赤い血がこびりついたそれには言葉に表せないような温かさが籠っていた。






「どうしてだ!?どうしてあんたは立ち上がるんだよ!!」

振り払う一撃が畳を断ち、障子の和紙を切り裂く。錯乱したかのように大振りであるが破壊力は申し分ない。こちらへ飛んできた攻撃を丁寧に弾き返す。

反撃の隙を伺おうにも、昭宜の連撃は上手く弱点をカバーしている。


(意外と冷静なのか?)


悠斗は槍を振るう。首筋スレスレを狙った攻撃。昭宜の視線から外れた攻撃。しかしそれを見切ったかのように昭宜は頭を傾ける。視線はおろか瞬きさえ行わず。

剣が頬を掠め、血が垂れる。同時に悠斗は患部がピリピリと痺れる感触を覚えた。


「やはり電気椅子系の能力はこれが怖いな。」


徐々に首元へ移動する麻痺感を抑えながら、悠斗は槍を握る力を強めた。

下段から一気に振り上げる。後方へ回避した昭宜に踏み込み、距離を縮める。態勢を崩した昭宜の右肩に槍を突き刺す。そして右ハイキック。側頭部に炸裂した一撃で少年の身体は吹き飛んだ。


首筋へ向けられた紅い穂先は少しでも動かせば喉を突き破り、刺し殺すことができるだろう。


「思えに質問がある。西園寺という名字に聞き覚えは?」

青年の質問する声は普段とは裏腹に低く、重かった。


「知らない。」


「もう一つ。お前はこの村のことをどれだけ知っている?」

「わからない。僕は外様だから。」

「そうだったな。さっさとこの村を出たほうがいい。過去も呪いも捨ててな。」


少年は握りこぶしを強く握りしめる。その眼には確かに覚悟を持っていた。昭宜は口を開いた。


「それはできない。だって兄さんたちと約束したんだ。僕がこの村を守っていくって。だから今、負けられないんだ!!!」


昭宜は槍の柄を握り、穂先を首筋からずらした。悠斗は槍を振るい、その手を振りほどく。後ろへ回避した昭宜は構える。悠斗は槍を水平に構える。

「わかったよ、お前さんの覚悟。だったら俺もそれに応えなきゃな。」



昭宜も両手に剣を生み出し、双剣を構える。

静寂。睨みあった二人の間に流れる時間は永劫にも感じられる。しかしそれは二人の間に流れる刻だけがそうであった。周りから見れば刹那一瞬のことだった。


「あああぁぁぁぁ!!!!!!」

「らぁぁっっ!!!」


同時に踏み台した右足、急速に縮まる距離、悠斗は赤い槍を突き出した。音速を超えた刺突を昭宜はスローのように感じられた。勝利を確信した昭宜は頭部を狙う槍を頭を傾けることで回避し、軍刀を握る手を男の腹部に目掛けて振るった。


ガキンッ!!!


その音に昭宜は顔をゆがめた。音の元凶、間延びした時間の中、男の腹部を見た。2本の軍刀は男の足元から生えた槍に防がれていた。地面から竹のように生えた槍は男が持っている槍と同じ型のものだ。


「はぁぁぁぁ!!!」


悠斗は回避された槍の刃先に自分の力を流した。穂先から直角に刀身が伸びる。鎌のように形を変えた異形の獲物を一気に引き戻す。

昭宜に振り返る猶予は与えない。首に食い込んだ刃は何事もないかのように頸椎間の髄を切断し、気道を切った。

空中を回転して飛んだ首は地面にどさりと落ちた。その顔には苦痛も後悔もない。ただ、無表情に瞼を閉じていた。



「終わったな。」

「あぁ。」


パチパチ


二人は部屋の障子を見た。ズタズタに破れた障子から廊下が燃えていた。


「うお!!マジかよ!!!」

「ユート、さっさとずらかるぞ!!!」

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