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花嫁お断りします。

 三矢田璃世(みやたりせ)は人生最上級のピンチにさらされていた。


 この世に生を受けて二十一年と数か月。今までこんな目にあったことはない。

 勤めていた会社の倒産も宿無しも、両親の突然の死すらも経験してきたけど、よもやこんな、妄想の中にしか存在しない事態が自分の身にふりかかるなんて。


(もしかしてまだ夢の中だったりとか……)


 もう一度眠ればかえって目が覚めるかも――と、まぶたを下そうとしたら、鼻先にヌルっとした生温かい感触。


「うひゃっ!」


 驚いて両目をガッと見開いたら、視界いっぱいに端正な顔があった。


 シャープな輪郭の小さな顔。その中にくっきりとした奥二重のアーモンドアイと筋の通った鼻梁、そして美しい曲線を描く唇が神業のごとく配置されている。


 クールかつセクシーな顔面は眼福ものだけれど、一点だけ異色なものがある。頭上にある黒い毛に覆われた“耳”だ。


 それが目に入った瞬間、璃世は我に返った。


「な、なにをするんですか!」

「なにって……味見?」

「あじっ」


 小首をかしげながらいけしゃあしゃあと言われ絶句した。だけどすぐ、眉間に力を込め、上にある端正な顔をギリッと睨む。


 睨まれた方はどこ吹く風。長い手足を檻にして璃世を布団の上に閉じ込めていながら、表情は涼しげ。璃世の反撃を楽しんでいるようでもある。


 少しでも気を緩めようものなら、瞬く間に喰らいついてきそうな気配。味見どころか本当に食べられてしまいそうだ。


「の……のいて、ください!」

「なぜ」

「な、なぜって……」


 まさか理由を問われるとは思わず、瞬間焦った。それでも押しきられるわけにはいかないと、八割方ショートしかけている頭で必死に言葉を引き寄せる。


「セ……セクハラだから!」

「嫁なのに?」

「夫婦間においても同意のない行為は――ていうか嫁じゃない!」


 激しく異議を唱えたら、アーモンドアイがスーッと細められた。青みがかった黒い瞳があやしく底光りする。


「頑固だな。観念して俺の嫁になればいい。知らないのか? なってみれば案外いいものだぞ、夫婦というものも」


 そんなこと知るはずもない。結婚どころか男女交際すらしたことのない十人並みの人間なのだ、こちらは。


 丸い輪郭の顔に、一応二重まぶたで形も悪くないが、さほど大きくはない目。鼻も口も割と小さめで、“コンパクト”といえば聞こえがいいが、要は“凹凸に乏しい”というだけ。


 今は枕の上に広がっている髪は下ろせば肩甲骨に届くけれど、細くてクセがあるからすぐに絡まるので、起きているときはいつも頭の上でひとつにくくっている。


 とりたてて特筆すべきところのない平平凡凡の人間としてこれまで二十一年間生きてきたというのに、どうして今こんなことに――。


 このままでは職と住み家に引き続き、貞操すら失いかけない。

 そんなわけにはいかないと、眼前の男をめいっぱい睨みつけ、毅然とした態度で口を開いた。


「断固としてお断りいたします!」



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