こんなこともあろうかと!
もう何回もやりつくされてるテンプレをもう一度読みたいなって方向け。
どうも、転生したら伯爵令嬢になってた、前世日本人です。
もうこれだけであーはいはいと理解されるくらいにはテンプレ展開がはじまっております。
「主、すまないが俺たちは聖女殿を新たな主としたい」
「君の恩を忘れたわけじゃない。ただ……聖女様に惹かれてしまったんだ」
「ごめんなさい。でも聖女様の魔力はとっても心地よくて、それにとっても強いんだ!」
目の前で、頭を下げつつもあんまり謝意のない謝罪をしているのは私の精霊だ。頭を下げてるのに下げられてるのはこっちって、なかなか高度な謝罪である。
まあ、こんな展開も、前世でさんざん読んだんだけど。
私の後ろで控えていた初期……はじまりの精霊が激昂したのを制する。
「貴様ら……っ」
「アスラン、落ち着いて」
「主!」
「大丈夫だから。落ち着いて」
「……わかった」
私がまったく落ち着いているのを見て、アスランが大きく息を吐いて、それでも対峙している精霊たちを睨みつけた。
「申し訳ありません、ポラール様。わたくし、こんなことになるなんて……」
大きなピンク色――桜色の瞳を潤ませたのは聖女エイミィ。すると彼女を取り巻いていた精霊たちが「君のせいじゃない」と口々に慰めはじめた。
ため息を吐きたくなるのを堪え、息を吸い込む。
「気になさらないでください、聖女様。やっぱりか、と私でも思うくらいですから。誰のせいでもありません」
どっちかっていうと私のせいである。
この世界では、一人につき最低一体の精霊が付く。魔法に目覚めると精霊と契約を結ぶのだ。いや、魔法を使うために精霊と契約するのか。
なぜか。魔法はたしかに使えるのだが、人間がそのまま使うには負担が大きいのだ。ほんの少し、コップ一杯の水を出すだけでもそのままでは魔力が枯渇するほど魔力を使ってしまう。
私としては、コップ一杯の水を出すのに蛇口全開で回すとか、力加減へたくそか、と呆れるのだが、その力加減をコントロールするのが精霊である。魔力を対価として精霊に魔法を使ってもらうのだ。
精霊は魔力がなくては生きていけない存在で、なのに自分では魔力を生み出すことができないときている。大変不便な体質である。
精霊によるマッチポンプかと思いきや、卵が先か鶏が先か問題だった。とにかく精霊と人間の契約は、どちらにも利のあるものなのだ。
「やっぱり……? どういう意味だ」
アスランの顔色が変わった。はじめから信用していなかったと言われたようなものだし、当然か。
「私さ、精霊を顕現……受肉させちゃったじゃない?」
安心して。アスランは違うよ。
「ああ」
「通常なら意思の疎通ができなかったのにアレコレ言えるようになったんだもの。感情だってあるのに、そりゃ浮気くらいするかもって気づいたのよ」
あれもしかしてまずかった? と気づいたのは、アスランを顕現した後に我も我もと精霊が契約を求めてきてからだ。
精霊は、通常だと光の塊にしか見えない。契約主のそばをふよふよ浮かんでいるだけだった。言葉はなく、主にはなんとなーく気持ちがわかる程度。魔法はこちらがイメージして使ってもらう。
これに私は憤った。なんてもったいないことしてるんだ! だって精霊だよ!? 自分に懐いてくれる精霊だよ!?
こんなの……こんなの擬人化するっきゃないじゃん!!
日本人をなめるなよ。こちとら二千年も前から神でも鬼でも擬人化してきた民族ぞ。自国どころか他国の偉人や神だって容赦なくキャラクター化、女装男装女体化なんでもござれな伝統文化を持つ国家だぞ!? なんなら世界二大宗教の教祖が首都にお住まいでしたけど!? 漫画の中だけど!!
……ノリと勢いでやったことは否定しない。魔法はイマジネーションって言葉もあったくらいだし。やったらできちゃったんだよね。もちろん後悔も反省もしていない。
そして精霊擬人化は爆発的に流行した。ボクと契約して主になってよ! と精霊が私に押し寄せ、すでに主のいる精霊も……どちらかというと主のほうが顕現を強く望んだのだ。
なお、顕現という言葉はどうも難しかったらしく定着しなかった。一般的には受肉と言われている。無念なり。
わかるよ。やっぱりみんな、自分の精霊と話がしたいし、遊びたいよね。
ノリと勢いでやった魔法をきちんと形式化し、誰にでも使えるように構築した。実際に魔法を使うのは精霊だけれど、そのイメージができなければ契約とはいえ魔法にならない。大変だった。なんせ擬人化という概念がそもそもなかったから……。そこからはじめなければならなかったし、すでに契約している精霊とさらに顕現という契約を交わすことでイメージを固定する、それを儀式化しなければならなかった。
自分のイメージしたキャラクターを、イラストだけではなく性格から話し方まで一から決めるのだ。これに精霊がOKをだして、契約成立となる。
自分の理想を好きなだけ詰め込める反面、それを三次元化するわけなので最終的には羞恥心との戦いにもなった。性癖暴露大会だ。開き直れるか否かが成功のカギ。
本当に大変だった。しかしこれも擬人化のため……主とかマスターとか呼ばれたいのは私だけではなかった感動と、満たされるオタク心を糧に、頑張りましたとも。
「魔物と戦う時に、こうしてって命令するのだって、前もってみんなと連携がとれてたほうがやりやすいでしょう」
「そうだな。他の精霊と交流できるようになったのは大きい」
「そう。他の、主以外の人間とも触れ合えるようになったのよ。アスラン以外は私の魔力じゃなくて、受肉目当てに契約したようなものだし、やっぱり他の人が良いって言いだすんじゃないかと予想はできてたの」
聖女についた精霊たちは「そんなことは……」と言いかけ、聖女を選んでおいて説得力はないと黙り込んだ。
「私が良いって来てくれたのはアスランよ。私のはじまりの精霊」
「俺を選んでくれたのは主だ」
精霊が主を選ぶ基準は魔力の質と量だ。
貴族は代々魔力重視で血を繋いできたので伯爵家の娘の私もけっこう良いとこいっているらしい。ふよふよやってきた精霊の中からアスランを選んだのはただの勘だったけど、間違っていなかったと自信を持っていえる。
あと、やっぱりはじまりは複数からひとつを選ぶんだなぁってしみじみしたものだった。
「魔物との、終わりの見えない戦いは続くわ。ならばより良い主の下で、そう思うのは仕方のないことよ」
この世界には、魔物がいる。
太古の昔、世界を創った神々が、天へと還る際に魔界に封じたのが神と敵対する魔王である。魔王は神を倒そうと、神が創った世界を滅ぼすべく侵攻してくるのだ。
魔王は魔界に封じられたが、綻んだ封じの隙間から魔物が現れる。世界各国は魔物との戦いを余儀なくされていた。
神々は人間に世界を守るよう命じられ、その助けとして精霊を与えたのだといわれている。
貴族がいるのも魔物と戦うためだ。
平民にも魔力はあるので精霊と契約しているが、貴族と比べるとその力はとても低い。せいぜい生活に役立つ魔法、怪我をした時の回復魔法、魔物から逃げるための魔法が使える程度だった。
血を繋いで魔力と魔法を磨き、魔物との戦いで前線に立つ。それが貴族の貴族たる所以だ。
貴族や王族なら精霊と複数契約している者がいるにはいる。しかし基本的には一人につき一体だった。
なぜか。契約した精霊は、主と共に育っていくからだ。精霊のレベルが上がれば主のレベルも上がる。使える魔法が増え、より強い魔法が使えるようになる。
育成要素まであるとか、もうゲームじゃん……と私が思ったのもおわかりいただけるだろう。
なのでまあ、アスランを筆頭に精霊を美形ぞろいにしてしまったのは、まあしかたないよね。現実離れした、まさに神々しいイケメン。
その中でも一番の美形で一番プライド高いヤツが、真っ先に聖女に靡いたわけだけどさ。そりゃ聖女様だってころっといくわ。納得しかなかった。
「聖女様が彼らを従え、国を、民を守ってくださるのならば、私に否やはありません」
「主……」
「ポラール様……!」
「受肉契約は、こうした時に備えて主従契約の解除も含まれています。私との契約を切ったうえで、聖女様と再契約、受肉契約をしていただきます」
この意味、わかってるかな? 単純に喜んでいるようじゃわかってないかも。
私が素直に精霊と契約を切ると言ったことに、見守っていた人々が悲痛な顔をした。
「ポラール・ナハトの名において、ここに契約の縁を切らん」
アスラン以外の精霊の名を呼んだ。精霊の名づけも主が契約時に行うものだ。
「解!!」
パン!!
柏手を打つ。同時に顕現していた精霊たちが光の塊に戻った。
……いや別にセリフも柏手も必要ないんだけどね? せっかくだもん、やりたかったの。錬金術師みたいでかっこいいでしょう!? 憧れるでしょ、せっかく魔法があるんだし。
「……え?」
聖女が呆けた顔で光となった精霊を見回した。
「ど、どういうこと!? どうして消えたの!?」
「消えてなどおりませんわ。ほら、聖女様のおそばにいるではありませんか」
「そうじゃないわ、シリウス様たちよ! どうして体までなくなるの!? 元に戻しなさいよ!」
「まあ」
ここで私は笑ってみせた。そして、癇癪を起した子供をなだめるように、やさしく言ってやる。
「そういう契約だと説明したばかりではありませんか。元に戻した姿が今ですわ。私と契約したままでは聖女様の精霊にはなれませんものね。ほら、早く契約してさしあげてくださいませ」
私の精霊だったから、あんな美形でいられたのだ。私が考えた、イメージした姿だった。それをそのまま欲しいなんて、そんな我儘が通るわけないでしょう?
だから契約を切ることを魔法に盛り込んでおいたのだ。せめてもの意地である。
精霊に契約を解除される、切られるのは、大変不名誉極まりないことだ。
その不名誉を私に押し付けるのなら、報復だってさせてもらう。見た目に惹かれて奪うのなら、その見た目を奪ってやったのだ。
この先一生精霊に捨てられた不名誉に比べたらかわいいものだろう。
聖女の周囲を精霊が飛び交っている。
もう何を言っているのか聞こえない。伝わっても来なかった。こんなはずじゃなかったと泣いているのか、早く契約をと聖女を急かしているのか、私にはもうわからない。
私に向かって飛んでくる光の塊を無視して、アスランを連れて大聖堂を後にする。聖女が呼んでいるというから前線から来てみれば、ただのテンプレ展開だったわね。なんのひねりもない。よくある話だわ。
「主、本当に良かったのか?」
「良いわよ。たくさん精霊がいるのも楽しかったけど、やっぱりアスランを極めたかったのよね。これでアスランだけに魔力を注げるわ!」
今まで精霊たちに与えた魔力は戻らないけれど、これからはアスランだけに集中できると思えば悪くない。
あの子たちとの契約中、育ったのは彼らだけではない、私の魔力もだ。
いくら私が貴族の娘でも、たくさんの精霊を従えるのは大変だった。コップ一杯の水を分け合うようなものだ。枯渇してしまえば私が死ぬ。
なので少々小細工をしていた。ただ魔力を与えるのではなく、循環するように魔法を構築していたのだ。コップ一杯の水ではなく、小さくても泉の水。イメージとしてそんな感じだ。
私という泉から湧いているけれど、雨や地中の水もそこには含まれている。私の中に入ってきた私のものではない水を私の体で循環させ私の魔力とする。さらに魔力のコントロール――蛇口を精霊に任せるのではなく、自分で調整できるように訓練した。これは契約魔法に含まれていない、私だけの特技、私の実力だ。
「あの子たちと切れて、体が軽いわ」
ひとり、ふたりならともかく、十数体の精霊は負担が大きかった。体が軽い。その軽さが寂しかった。
六歳でアスランと契約して、それから次々に来たあの子たちと十年以上を過ごしてきた。普通の精霊との付き合いではない、主従関係でありながら家族のように育ってきたのだ。
精霊は魔力があれば生きていける。私だってあれだけの数の食事を用意するのは、いくら伯爵家とはいえ無理だと断られた。
その代わりに、ちょっとしたお菓子を作って一緒に食べた。魔物を退治すれば報酬が得られるから、それで材料を買えた。
一度与えられればもっとと欲が出るのはわかりきっていたので、ある程度鍛えたところでガンガン参戦して金を稼ぎ、あちこちの店で食べ歩いたりもした。ほとんど人間と同じ肉体があるのだ、好きな食べ物を設定に加えたのは私だ。
勉強だって、遊びだって一緒にやった。戦いの最中、山に沈む夕日を見てうつくしいとはこのことだと教え、村祭りに参加して楽しいを味わわせた。誰かが傷つけば悲しいし、悔しくもなる。死とはその最たるもの。それでも人と話すのは、触れ合うのは尊いことだと身をもって知ってもらった。世界のためではあるけれど、私たちが魔物と戦うのは生きるためだ。親しい人たちの幸福なひとときを守るために私たちは、あなたたちは在るのだと。
生きる喜びを知ってほしいと。
それなのに。
やっぱりね、と思うのと同じくらい、どうしてなのとも思ってしまう。子育てのつもりはなかった。かといって色恋などではない。相棒として、一緒に育ってきた。育ててきた。それなのに。
「主……」
「大丈夫よ。こんなのペットロスみたいなものよ」
うろたえるアスランに笑ってみせる。失敗したらしい。あわあわと両手を振り回していたアスランが、ぐいっと頭を掴んで肩に寄せてきた。
精霊の、凝りにこった設定は私の考えたもの。聖女が新しいものを与えても、覚えていても、見た目も性格もまったく同じにはならないだろう。精霊そのものは変わっていないのに。
光り輝く膨大な魔力の持ち主。女なら聖女、男なら勇者と呼ばれる。ただの称号だ。
けれど聖女はその称号にふさわしいと認められたから聖女なのだ。魔力もさることながら、美貌も家柄も私とは比べ物にならない。あの子たちは称号に惹かれたのではけしてなかった。
恋をしたのだ。おそらく。好きだから、そばにいたいと願った。主を捨てるほど。
人と精霊は恋をすることはできても、結ばれることは絶対にできない。人の体を持っていても精霊は精霊で、人との間に子をなすことはできないからだ。そこは私でもどうにもできなかった、神の領域だ。
私の精霊だったあの子たちにはもう二度と会えない。それがひどく悲しくて、寂しかった。
「こんなこともあろうかと、あんな契約魔法を作ったんだもの。聖女様がどこまでやれるかわからないけどね!」
アスランの肩を借りて憎まれ口を叩く。ちっぽけなプライドがあの子たちが好きな人を見つけたのを祝福してやれない。新たな出発を喜べるほど私は寛大にはなれなかった。
恋ではなかった。ただ、愛していた。過去形。愛していただけだわ。
さよなら、みんな。愛していたわ。
「主……」
アスランの腕が頭に回り、周囲から私の顔を隠してくれる。
「主。主……俺は主を愛している。何があろうとも、俺は死ぬまで主と一緒だ」
雨のように降り注いだ。
はじめのうちはテンション高くテンプレキター!! でも、実際やられてみると思った以上にきつかった。
こんなこともあろうかと、は日本人ならおわかりいただけるだろう備え。本当に必要になるのは本当にもうどうしようもない時だと気づかなかったポーラです。
精霊は主が死ぬと次の主を探すので、死んでもないのに次の主に行かれるのはすごい恥で不名誉になります。
支部でさんざん書き殴ったネタをなろう風にこねくりまわしてみました。