間章:「剣を持たぬ軍にて」
――剣を捨てたとき、人は誇りも捨てるのか。それとも、“在る”ということに、誇りは残せるのか。
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舞台:防衛省・地下第八会議区画 午後21:12(JST)
広大な軍用ブリーフィングホールに、ふたりだけの影があった。
堂島篤中将――国家戦略航空軍の最高指揮官。
朝霧千景――戦わないことを選んだ、異色の総理大臣。
対面することは稀だった。だが、この夜は避けられなかった。
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「総理。失礼ながら、私は抗議のためにここに来ました」
堂島は背筋を伸ばしたまま、言葉を切り出す。
「今の日本には、“敵を倒す剣”がない。
軍人は、ただ“祈る”だけの存在に成り下がった」
千景は、ゆっくりと彼を見返した。
「……それでも、祈る人間がいる限り、この国は終わらないわ」
「軍は、祈るために存在していません。
我々の任務は、“国を守る”ことです。
そして守るとは、必要なら敵を排除するということです」
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対話:国家に必要な“力”とは
「中将。あなたは“排除”を『守ること』と定義するのね」
「ええ、当然です」
「では、こう問わせて。
もしその“敵”が、何も撃ってこない相手だったら?」
堂島は答えられなかった。
千景は一歩近づき、静かに言葉を重ねる。
「軍とは、本来“暴力を制限する”ための存在よ」
「それは“行使”のためではない。その存在が、暴力を起こさせないための重みになるの」
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軍人の誇りとは何か
堂島は歯を食いしばる。
「……ですが、兵たちは戸惑っています。
誰も死なない。撃たれない。勝っても敗けてもいない。
では、我々は何を背負っているのか。
今やこの軍に、“戦士としての誇り”は存在できるのか?」
千景は、しばらく黙った。
そして静かに、手帳を一枚取り出す。それは、彼女の父が遺した遺書の写しだった。
「“剣を使わなかった軍人が、いちばん誇らしかった”
そう書かれていたの。私の父も自衛官だった。
でも彼は、一度も撃たずにこの国を守り抜いたわ」
「撃たないということは、何より勇気の要る決断よ。
君たち兵士は、“撃つ理由がないまま立ち続けている”。
それができるなら、あなたたちはもう、誰よりも誇り高い兵よ」
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未来への灯火:役割を再定義するということ
堂島は黙って、遠くの作戦パネルを見つめた。
その中央には、静かに光るオルビスの演算パルス。
「ならば、我々は“兵器”ではなく、“境界線”であると……?」
「ええ。あなたたちは、戦うためにいるのではなく――“越えさせないため”にいるの」
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堂島の一言:変わる決意
沈黙の末、堂島は静かに敬礼をした。
「分かりました、総理。
私たちが誇りを捨てぬ限り、“剣なき軍”もまた、国家を支える柱となる」
「ですが――どうかお忘れなく。
私たち軍人は、“あなたが最初に倒れることを望んでいない”。
もし必要なら、私たちが“剣を手にする覚悟”も、常に残っています」
千景は微笑み、頷いた。
「その覚悟がある限り、私はあなたたちに“剣を握らせない”努力をし続けるわ」