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天、声を聴く。

作者: 浪崎ユウ

なろう投稿2作目。


短編小説を書くのは初めてです。

よろしくお願いします…。

 

 これは、超人的な身体能力を持つ、わけでもずば抜けて頭が良い、わけでもない少年。



 ただ“人の心が読める”だけの、

 日本の高校生【星河 天】の話だ。







 冬、猫がコタツで丸くなるように、(テン)も布団で丸くなっていた。





 けたたましく鳴り響くアラームを、腕を限界まで伸ばして止め、そのまま布団に戻る。


 突然視界が開け、眩しい光が差し込む。


「起きなさい!! 遅刻するよ!!」母が叫ぶ。カーテンを開かれた。(これ以上遅刻すると内申が…)その小さな呟きに、寒いんだから仕方ないじゃない、とぼやきながら天は芋虫のようにのそのそと這い出て支度を始める。


 現在の時刻は7時58分で、登校時間は8時。

 これはもう遅刻確定だろう。


「行ってきまーす」


 制服を着て家を出る。


 その瞬間、滝のように人の声が聞こえてくる。

(ちょー眠い)

(ダリぃし会社サボろっかな)

(彼、私のこと見てくれてるのかな)

(今日も上司に怒られる…)


 お前それいつも言ってるな。


 天は心の中でツッコミながら最寄り駅へと歩く。

 天の高校は最寄り駅から電車に乗って二駅。ごく普通の進学校だ。





 外の空気は制服の上にコートとマフラー、そして耳当てをつけていなければ凍えそうなほど冷たい。


 何枚着ても、風は容赦なく首元から入り込んでくる。


 学校ってなんで全員行かなきゃならないんだろう。


 天は成績が平均よりは上だと自負している。

 あぁ、家に籠りたい。憂鬱な気分でそう思った。




 学校に登校すると、警備員にジロリと見られ、「おはよう」(コイツ、早く起きようと思ったことないのかよ)と挨拶されたので、「おはようございます」(努力はしてます)と返す。


 いつもいつも嫌味ばかりの男。


 天はこの警備員があまり好きではない。


 でもこの寒さの中でずっと立ち続けているのは尊敬に値する、とは思っている。




 クラスの1番端の席に着いて机に突っ伏すと、クラスの喧騒を聞き流す。



 そして授業も聞き流す。



 そんなことより。天は隣の席の彼女が気になっていた。いやこれでは嘘になる。


(今日こそ、話しかけてみよう…! あっ、でも私が急に話しかけたらびっくりさせちゃうかな…)


 隣の席に座っていていつも無口無表情。茶髪の前髪が少し長く重めで顔が少し隠れている。


 そんな彼女、【宮元ひつじ】は天の()()()()だった。といっても、宮元ひつじは天のことを密かに応援している、そんな変わったファンだった。


 いっそ早く話しかけてくれないかな。


 天がそう感じているのもつゆ知らず毎日心の中で悩んでいる。





 昼やすみになった。

 休み時間には声が普段よりも数倍に増す。


 友達と話して、何かしらを思い、感じるのだろう。


 人と関わってそれで自分を作っていく、それは良いことだと思う。


(今日は体育館空いてるはず…)

(話しかけようかな…でもいまは…)


 音楽のように聞き流して、登校中にその辺りのコンビニで買った、甘いミルクコーヒーとメロンパンを黙々と食べて再び机にうつ伏せになる。

 こういう休み時間って何をすればいいのかいつもわからないものだ。



 ……あと20分もある。


 天が眠気に身を任せ始めた、そんな時。


(よし、がんばれ私…!)


 決意したような声が隣の席から聞こえたかと思うと、続いてイスががたりと引かれる音が鳴った。

 人の気配が目の前まで移動する。


「……お、おはよう」


 天は動かない。心の声だと勘違いして反応できなかったのだ。今度は手を握り直し、少し声を張る。


「おっ、おはよう!! いつも眠そうだよね」

「えっ?……うん…宮元はいつも静かだよね…」


 心の声じゃなかったのか。少し目を見開いてひつじを見た。


(う、うわ、なんでこんなの言っちゃったの私!?よりにもよって眠そうって…すごい失礼じゃん…!!こっちガン見してるし…!)


 その声は震えているのに、目の前のひつじは無表情のまま。ギャップがすごいな、と天は感じる。


「や、そういうつもりじゃ」

「ああの!!」


 声が重なる。気まずくなって互いに目を逸らす。


「えっと、先どうぞ」

「ほ、星河くんこそ先に…」


 また声が重なり、ひつじは目を泳がせた。


「あ、あの、ミルクコーヒー、好きなの?」

「え?」

「ほ、ほら、いつも飲んでるから…」


 唐突に訊かれた天は少し間をおいて話を理解する。


「あぁ…うん、甘いのが好きなんだ…」

「そ…そうなんだ!実は、私も甘いの好きだよ…!ほら、よく食後のデザートとか食べちゃうし…」

(ちょっと話せた!?)

「これ会話って言うのか…?」

「え、なに?」

「なんでもない。食後のデザート、うまいよね」

「う、うん、おいしい!」


 チャイムが鳴る。


「次、移動教室だよね」

「…そ、そうだね、じゃあ、また今度…」

「うん」


 それぞれ次の授業の準備をするため会話を切る。

 顔を背けたひつじは、ほんの少しだけ口元を緩ませていた。





 こんな気温なのに外で陸上をするという体育は頭が痛いと言ってサボりーー常習犯なので教師に怪訝な顔はされたがーー、ようやく放課後となった。

 天はひとつ伸びをしてから空のゴミ袋のように軽いリュックを背負う。


(やっと終わった〜)

(先輩に呼び出されちゃった…!)


 先輩。この学校に入学して2年間一度も部活に入っていない天は、学校生活でいう縦の関係に縁がない。

 1番人気な部活は囲碁将棋部で、ここは強豪校なのだそうだ。僕なら無双できるな、などと考えてすぐにその思考を捨てた。

 そんなものに時間を取られるより早く帰って寝よう。

 コートのボタンをしっかりととめて黒いマフラーに、手袋、耳当てをつける。

 これでよし。




 白い息を吐きながら、駅へ向かう。

 山手線でおにぎりの具のように詰め込まれ、重い疲労を感じながら外の空気を目一杯吸った。




 家に帰って、いつものようにコンビニのミルクコーヒーを開ける。



 やっぱり、甘い。



 それがなんだか少しだけ、いつもより優しい味がした、そんな気がした。



(明日は、何話そうかな)



 別れ際に聞こえたひつじの呟きが、

 天の心に、静かに染み込んでいた。



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