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天、声を聴く。

作者: 浪崎ユウ

なろう投稿2作目。

短編小説を書くのは初めてです。

 

 これは、超人的な身体能力を持つ、わけでもずば抜けて頭が良い、わけでもない少年。



 ただ“人の心が読める”だけの日本の高校生、



【星河 天】の話だ。





◆○◆




 冬。


 猫がコタツで丸くなるように、(テン)も暖かい布団に潜り込み、丸くなる。


 けたたましく鳴り響くアラーム。腕を限界まで伸ばして止めて、そのまま再び布団に戻る。



 突如視界が開け、眩しい光が差し込んだ。



「起きなさい!! 遅刻するよ!!」



 母が叫んだのだ。

 弱々しい抵抗も虚しく無理やりカーテンは開かれる。(これ以上遅刻すると内申が……)その小さな声に、寒いんだから仕方ないじゃない、とぼやきながら天は芋虫のように這い出て支度を始めていく。



 現在の時刻は7時58分で、登校時間は8時。

 これはもう遅刻確定だろう。



「行ってきまーす」



 制服を着て家を出る。

 今は日常となった滝のように流れる、人の声。


(ちょー眠い)

(ダリぃし会社サボろっかな)

(彼、私のこと見てくれてるのかな)

(今日も上司に怒られる…)



 ───お前それいつも言ってるよね。



 天は心の中でツッコミながら最寄り駅へと歩く。

 彼の高校は最寄り駅から電車に乗って二駅。


 偏差値は良くも悪くもない、ごく普通の進学校だ。




◆○◆




 外の空気は制服の上にコートとマフラー、そして耳当てをつけていなければ凍えそうなほど冷たい。


 何枚重ね着をしても、風は容赦なく首元から入り込んでくる。



 学校ってなんで全員行かなきゃならないんだろう。行かなきゃいけない訳ではないのだが、少しの罪悪感と、母に連絡されると面倒なので、引き篭もりは経験がない。



 ───やっぱ家に籠りたい。



 天は成績が平均よりは上だと自負している。

 憂鬱な気分で毎日願っていた。





 学校に登校すると、警備員にジロリと睨まれる。


「おはよう」(早く起きようと思ったことないのか)と挨拶されたので、

「おはようございます」(努力はしてます)と返す。


 いつもいつも嫌味ばかりの男。

 表面の顔は厚いが、天には心の声が丸聞こえ。

 彼は、この警備員があまり好きではない。


 でもこの寒さの中でずっと立ち続けているのは尊敬に値する、とは思っている。認めてはいるのだ。





 クラスの1番端の席に着いて机に突っ伏すと、クラスの喧騒を聞き流す。

 そして、授業も聞き流す。



 そんなことより。

 天は隣の席の彼女が気になっていた。

 いや、これでは嘘になるだろう。



 彼女が、天の事を気になっているのだった。



(今日こそ、話しかけてみよう…! あっ、でも私が急に話しかけたらびっくりさせちゃうかな……)


 隣の席に座っていていつも無口無表情。茶髪の前髪が少し長く重めで、顔が少し隠れている。


 そんな彼女、【宮元ひつじ】は天の()()()()だった。といっても、宮元ひつじは天のことを密かに応援している、そんな変わったファンだった。


 ───いっそ早く話しかけてくれないかな。


 天がそう感じているのもつゆ知らず、毎日心の中で悩んでいる。




◆○◆




 昼やすみになった。

 休み時間には声が普段よりも数倍に増す。


 友達と話して、何かしらを思い、感じるのだろう。

 人と関わってそれで自分を作っていく、それはとても良いことなんだと思う。


(今日は体育館空いてるはず…)

(話しかけようかな…でもいまは…)


 音楽のように聞き流して、登校中にその辺りのコンビニで買った、甘いミルクコーヒーとメロンパンを黙々と食べて再び机にうつ伏せになる。

 こういう休み時間って何をすればいいのかいつもわからないものだ。




 ────あと20分もある。




 天が眠気に身を任せ始めた、そんな時。



(よし、がんばれ私……!)


 決意したような声が隣の席から聞こえたかと思うと、続いてイスががたりと引かれる音が鳴った。

 人の気配が目の前まで移動する。



「……お、おはよう」



 天は動かない。心の声だと勘違いして反応できなかったのだ。躊躇うように指を動かすと、今度は手を握り直し、少し声を張る。


「おっ、おはよう!! いつも眠そうだよね」

「──えっ? うん、宮元はいつも静かだね……?」


 心の声じゃなかったのか。


 天は少し目を見開いてひつじを見た。

 おかげで脳は覚醒して眠気は醒めたようだった。


(う、うわ、なんでこんなの言っちゃったの私!? よりにもよって眠そうって、失礼じゃん…!! やばいこっちガン見してるし……! 何とか話を繋げないと……)


 その声は震えているのに、目の前のひつじは無表情のまま。ギャップがすごいな、と天は感じる。

 こちらも皮肉のようだったなと思い返して謝ろうと軽く口を開いた。


「や、ごめん、そういうつもりじゃ」

「ああの!!」




 声が重なる。気まずくなって互いに目を逸らす。




「えっと、先どうぞ」

「ほ、星河くんこそ先に…」



 また声が重なり、ひつじは目を泳がせた。



「あ、あの、ミルクコーヒー、好きなの?」


「ミルクコーヒー?」


「ほ、ほら、いつも飲んでるから……」



 唐突に訊かれた天は少し間をおいて話を理解する。



「あぁ……うん、甘いのが好きなんだ」


「そ、そうなんだ! 実は、私も甘いの好きだよ!! ほら、よく食後のデザートとか食べちゃうし……」

(ちょっと話せた!?)


「これ会話って言うのか…?」

「え?」



 思わずひつじの心の声に反応してしまった天。

 誤魔化すように微かに微笑む。



「なんでもない。食後のデザート、うまいよね」

「う、うん、おいしいよね!」



 チャイムが鳴る。



「次、移動教室だよね」


「……そうだね。じゃあ、また、今度……」


「うん」



 それぞれ次の授業の準備をするため会話を切る。

 顔を背けたひつじは、ほんの少しだけ口元を緩ませていた。




◆○◆




 こんな気温なのに外で陸上をするという体育は頭が痛いと言ってサボり──常習犯なので教師に怪訝な顔はされたが──、ようやく放課後となった。


 天はひとつ伸びをしてから空のゴミ袋のように軽いリュックを背負う。



(やっと終わった〜)

(先輩に呼び出されちゃった…!)



 先輩という単語に珍しさを感じる。

 この学校に入学して2年間、一度も部活に入っていない天は、学校生活でいう縦の関係に縁がない。


 1番人気な部活は囲碁将棋部で、ここは強豪校なのだそうだ。僕なら無双できるな、などと考えてすぐにその思考を捨てた。そんなものに時間を取られるより早く帰って寝たい。


 それが星河天である。


 コートのボタンをしっかりととめて黒いマフラーに、手袋、耳当てをつける。




 ───これでよし。




 白い息を吐きながら、駅へ向かう。

 平日の山手線でおにぎりの具のように詰め込まれ、重い疲労を感じながら外の空気を目一杯吸った。




 家に帰って、いつものようにコンビニのミルクコーヒーを開ける。



 ───ちょっと苦くて、やっぱり甘い。



 それがなんだか少しだけ、いつもより優しい味がした、そんな気がした。



(明日は、何話そうかな)



 別れ際に聞こえたひつじの呟き。

 それは静かに、天の心に染み込んでいた。




「最強少女の魔法奇譚」

「天才×転生 〜コミュ力皆無の不老不死は普通を目指す〜」の2作を連載中です。


ぜひそちらもお読みください!

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