7話・噛み合わない会話
なんということでしょう。
私、リオン様に口付けされてしまいました。先ほどの会話の流れで、どうしてそうなってしまったのか分からず放心中。
……。
…………。
いや、長いな?
あまりのことに抵抗も忘れて茫然としていたら、その間もリオン様は私に口付けを続行しておりました。息継ぎの仕方が分からず、ずーっと呼吸を我慢している状態です。さすがに苦しくなってきました。
「んむ~~ッ!」
リオン様の胸に手を当てて強く押しますが、びくともしません。もっと普段から鍛えておくべきだった、だなんて今ごろ後悔しても遅いのです。
酸欠直前になってようやく唇が離されました。
「っはあ、はあ、はあ……」
肩を上下させて荒い呼吸を繰り返します。恐らく顔も真っ赤になっていることでしょう。ベッドに押し倒されたせいで髪も乱れてしまったのではないかしら。このような姿を殿方に晒してしまうなんて。
先に上体を起こしたリオン様は呼吸が整うまで待った後、脇と膝裏に腕を入れて私の身体を抱きかかえました。いわゆる『お姫様抱っこ』です。私は伯爵家令嬢なので、正しくは『お嬢様抱っこ』と呼ぶべきなのですけれども。
「嬉しいよ、フラウ嬢」
「……はい?」
「君も俺と同じ気持ちでいてくれたんだな」
ちょっと何言ってるか分かんないですね。
先ほどからリオン様の発言と行動が噛み合っておりません。私は婚約解消を前提と考え、不貞を不問にすると伝えただけ。それがどうして接吻に繋がるのか意味が分からないのです。
「いきなり済まなかった。あちらへ行こう」
「は、はあ……」
抱きかかえられたまま寝室を出て、客室へと運ばれていきます。そっとソファーに降ろされ、身体が離れてホッと息をつきました。寝室では妙な空気になってしまいますもの。ベッドがない客室ならば間違いは起きないでしょう。
「あら、もう陽が傾いて……」
大きな窓に目を向ければ、いつのまにか陽が傾き、森の向こうに夕焼け空が広がっておりました。
別邸に訪れたのが今日の昼過ぎ。話し合いからもう数時間も経ってしまったのね。我が家の馬車は私を置いて帰ってしまったし、本当にこのまま別邸で過ごさなければならないのかしら。
「リオン様」
「なんだ」
心なしか機嫌が良いような。
今ならまともな会話が期待できそうです。
「私、明日は貴族学院に通う日なのです。家に帰せていただきたいのですが」
今日はお休みでしたが、明日は平日です。貴族学院の高等部は十五から十八歳までの貴族の子が通う学舎です。リオン様は既に卒業しておられますが、私はあと一年ほど通わねばなりません。
ここは郊外。王都の中心部まで馬車で片道一時間半ほどかかります。この別邸から通うなんて有り得ません。
ところが、もっと有り得ない話をされました。
「貴族学院は休学だ」
「休学? どうして」
「花嫁修業のためだと学院側に使いを出した」
「そんな!」
貴族学院に通う令嬢の中には、確かに『花嫁修業』の名目で長期休学し、そのまま結婚する者もおります。
どうして勝手にそんなことを。婚約を解消するというのに花嫁修業だなんてとんでもない!
私の意志は全て無視されております。いかに格上の侯爵家のかたとはいえ許せません。怒り心頭とはまさに今の私の心境ですわ!
「冗談じゃありません。私、帰ります!」
立ち上がり、客室の出入り口へと向かいます。我が家の馬車は勝手に帰されてしまいましたが、徒歩でも数時間ほどで王都に着くでしょう。森を抜けたところにある集落で馬車を出してもらうという手段もあります。最初から自力で帰っていれば良かったのですわ!
ドアノブに手を掛け、重い扉を引いて開きます。
しかし、開きかけた扉は私の肩越しに伸びてきた腕が押さえ、再びガチャリと閉じてしまいました。顔だけ振り向けば、真後ろにリオン様が立っております。窓から差し込む夕陽が逆光となり、表情はよく見えません。でも、お怒りになっているように思えました。
「絶対帰さない」
「……ヒェッ……」
低い声音が紡ぐのは私の意志を否定する言葉。現役騎士の凄みに圧倒され、私は情けなくも床に座り込んでしまいました。