6話・初めての口付け
背中に隠していた薄絹製の夜着。布が薄過ぎて、ほとんど透けているそれを、リオン様が凝視しております。
「何故こんなものが」
「先ほどクローゼットから見つけまして」
「ほう」
もしや、勝手に引き出しの中を漁ったことについてお怒りなのかしら。
この客室に閉じ込めたのはリオン様です。逃げられないのなら着替えがあるかどうか確認するのは当たり前のこと。私は悪くありませんわ!
言い訳もせず謝りもしない私に対し、リオン様は無言で夜着を弄っておられます。広げたり、ひっくり返したり、まるで初めて目にしたかのよう。
何を白々しい。これは貴方が別邸に連れ込んだ女性に着せて愉しんでいるものでしょう?
きっと婚約者の私に何と弁解したものか思案していらっしゃるのね。結婚前とはいえ不貞が明らかになれば両家に溝ができてしまいますもの。
「わっ私は別に構いませんわ! あなた様の自由ですもの」
別に追及する気はありません。どうせ婚約は解消するのですから、リオン様が誰と何をして遊ぼうが私には一切関係ありません。
フンと鼻を鳴らしてそっぽを向くと、リオン様の右手が私の頬に添えられました。左手にはまだ夜着を持ったままです。
「自由にしていいのか」
「? ええ。もちろん」
改めて確認しなくてもよろしいのに。
そう思った次の瞬間、私は再びリオン様の腕の中に囚われてしまいました。
先ほどとは違い、二人とも身体を起こしております。しかも、フットベンチからベッドに乗り上げているのです。
薄暗い寝室。
ベッドの上。
そんな場所でまた抱きしめられるなんて!
「ちょ、ちょっと、リオン様?」
「あれは俺を試していただけか」
あれ?
なんの話でしたっけ。
腕の力が強くて逃げられません。そういえば、リオン様は貴族学院を卒業してから騎士団に入ったとか。常日頃から鍛えていらっしゃるのだから、力が強くて当たり前です。
何とか引き剥がそうとしましたが、上等な上着を傷付けそうで掴むことを躊躇ってしまいます。故に、ただ彼の背に手を添えるだけの結果に。
「ならば、もう我慢することはないな」
「え、ええ。リオン様の好きなように」
もう婚約者に遠慮してコソコソ女性を連れ込むなんて真似しなくても良いのです。婚約を解消してくだされば、どなたと付き合おうがリオン様の自由なのですから。
ぽすん。
……おや?
また寝室の天井が見えました。押し倒されたのだと気付くのと同時に、視界いっぱいにリオン様の顔が。切れ長の目、スッと通った鼻筋。非常に整った、いわゆる美形と呼ばれる部類のお顔立ちです。その顔が超至近距離に迫ってきました。
「あの、むぐ」
近過ぎますと訴えようとした私の口は、リオン様の唇によって塞がれてしまいました。
咄嗟に瞼を閉じたため、より強く感覚を拾ってしまいます。ほんの少しだけカサついた、あたたかくて柔らかな感触。
私、リオン様と口付けをしてる……?
何がどうしてこうなりましたの……?
茫然としていると、何やら腰の辺りがモゾモゾすることに気付きました。ドレスの上から身体を撫でられているようです。
「んん~~~っ!?」
驚いて悲鳴をあげようとしましたが、私の口は現在リオン様によって塞がれており、声を発することはできません。
あれ、唇に濡れた感触が……。
なにこれ!
まさか、リオン様の舌!?
リオン様は舌先で私の唇をちろりと舐めています。口内に侵入して来なかったのが唯一の救いですが、私はとっくに限界を迎えておりました。
こうして、私の初めての口付けは婚約解消予定のリオン様から一方的に奪われてしまったのです。