5話・寝室での抱擁
寝室のクローゼットの中から予想外の品を見つけてしまいました。
まるで娼婦が客をその気にさせるために裸体の上に羽織るような、薄い絹で作られた夜着。いえ、実際に目にしたことなどありませんけど。
「もしや、買った女性を別邸に呼んでいる……?」
王都の貴族街の中心に建つネレイデット侯爵邸に花街の娼婦を呼べば悪目立ちしてしまいます。
しかし、王都郊外にある別邸ならば女性を呼んでも誰にも見咎められません。リオン様がこの別邸を利用しているのは、つまりそういうことなのではないかしら。
「……なんだかフクザツ」
名ばかりの婚約者で、今日までまともに会話したことすらなかったのです。リオン様は私より二つ年上。そういったことに興味関心がお有りなのでしょう。結婚前にどなたと何をしていても私には関係ありません。どうせ婚約は解消するのですから。でも、やはり少しショックかもしれません。
手にした夜着を眺めていると、扉が開く音が聞こえました。きっと先ほどの老メイドが茶器を片付けに来たのでしょう。
しかし。
振り返ると、開け放たれたままの寝室の扉の陰にリオン様の姿が。驚きの表情で私を凝視しております。
「り、リオン様」
このような破廉恥な夜着に興味を持っているように思われたら心外です。咄嗟に背に隠し、数歩後退して距離を取ります。
リオン様は眉間にシワを寄せ、こちらへと足を進めました。歩み寄るというより、ほぼ小走りくらいの勢いで。思わず怯み、私も更に下がります。
「きゃっ」
後ろ向きに下がったせいか、足に何かが当たって転びそうになりました。倒れかけた私に向かって、リオン様が咄嗟に手を伸ばします。しかし微妙に間に合わず、そのまま二人で後ろに倒れ込んでしまいました。
私が躓いたのは寝室のベッドではなく、ベッドの足元に設置されていたフットベンチでした。背もたれのない長椅子のようなもので、あまり柔らかくはありません。そこに仰向けに倒れた私の上にリオン様が覆いかぶさっております。
もしかして、転びそうになった私を助けようとしてくださったのかしら。
「あの、リオン様?」
「…………」
すぐに退いてくださればいいものを、何故かリオン様は動こうとしません。薄暗い寝室内で、まるで押し倒されたかのような体勢です。
こんな風に殿方と接した経験などありません。彼と間近で視線を合わせたのも初めてではないでしょうか。
押し返すには触れねばならず、逃げようにも私の左右にはリオン様が手をついておられるため、下手に身動きが取れません。リオン様から離れていただかなくては。
「……逃げたのかと」
「はい?」
しばらく無言だったリオン様がぽつりと呟きました。その声は消え入りそうなほど小さく、聞き取るのがやっとなほど。
「あっ」
私の背にリオン様が腕を回し、ぎゅうと抱きしめられました。意外と力が強いのですね、少し苦しいです。あと、細身とはいえ成人済みの殿方に伸し掛かられているので重いです。
あらっ?
寝室で殿方と抱き合うなんて、もしかしなくても一大事なのでは?
「リオン様、お離しください」
「いやだ」
「どーしてですの!」
いけない、つい声を荒げてしまいました。
耳元で大きな声を出されて怯んだか、拘束が少しだけゆるみ、その隙をついて身をよじります。ところが、ドレスの裾にリオン様が膝をついているため、やはり逃げられません。
「すまない」
どうしたものかと思案していたら、リオン様が上体を起こして離れてくれました。どうやら正気に戻ってくださったようです。
安堵したのも束の間。
「……なんだ、これは」
私の背中の下から引き抜いたリオン様の手には薄絹で作られた夜着が。
あああああっ!?
先ほど隠したまま忘れておりました!