4話・クローゼットの中身
唯一の帰宅手段である馬車を失ったショックで茫然としていると、客室の扉がノックされました。どなたか来たようです。リオン様ならノック無しに入ってきそうなので、きっと違う者でしょう。もしかしたら、事情を話せばこの別邸から逃してくれるかもしれません。
椅子から飛び降り、扉へと駆け寄ります。鍵は内側からでなく廊下側からかけられているため、私はただ入室の許可を相手に与えるだけで良いのです。
「どうぞ、お入りになって」
声をかければ、すぐにガチャリと鍵が外され、扉が開かれました。予想通り、ノックしていたのは使用人です。きっと客室を整えるためにやってきたのでしょう。
なにしろ、リオン様は私をこの部屋に閉じ込めておくつもりなのですから。
使用人は腰の曲がった小柄な老婆でした。メイド服に身を包み、ふるふると小刻みに震える腕で大きなワゴンを押しています。思わず道を開け、彼女の邪魔にならぬように下がってしまいました。
ちなみに、廊下側の扉は開いたままです。今なら客室からは出られますが、郊外にある別邸から王都にある我が家に戻るまでの方法がないのです。出たい気持ちは当然ありますが、ぐっと堪えてその場に留まりました。
私が葛藤する僅かな間に、老婆は客室の片隅にあるテーブルにお茶やお菓子、軽食などを用意してくれていました。震えているのに見事な手際。きっと彼女は熟練のメイドなのでしょう。
「ありがとう、いただきますね」
ねぎらいの言葉をかけると、老メイドはニコリと穏やかに微笑み、椅子を引いて座るよう促してきました。先ほど叫んだせいで喉が渇いております。せっかく用意していただいたものですから、素直に頂戴いたします。
椅子に腰掛けると、すぐさま熱い紅茶がカップに注がれました。十分に蒸らされた茶葉から華やかな香りが舞い、客室内に漂います。さすがネレイデット侯爵家、良い茶葉を使っておりますね。
「それではお嬢様、ごゆるりと」
老メイドは最初の一杯を提供した後、深く頭を下げてから退室していきました。情報収集したかったのに残念。また片付けに来た際にでも話を伺えば良いでしょう。
お茶でひと息ついた後は、この客室を調べます。閉じ込められた直後にザッと見てまわりましたけど、まだ何があるのか把握しておりませんので。
「ごく普通の客室ですわよね」
今いる部屋が一番広く、向かい合わせにソファーが置かれた応接セット、片隅には椅子とテーブル。見晴らしの良い大きな窓。壁際には小さな書棚があり、ぎっしり本が並べられています。
扉を隔てた先に洗面室があり、その奥にお手洗いと浴室。使用人用の小さな通用口はあちら側から施錠され、用がない時は誰も入ってきません。
隣の扉は寝室。入ってみれば、天蓋付きの大きなベッドが薄暗い部屋の中央を陣取っており、クローゼットもあります。もしこのまま別邸に泊まることになれば着替える必要もあるでしょう。私は予備の服など用意がありませんのでお借りせねばなりません。
クローゼットを開け、中を確認いたします。女性もののドレスが十数着掛かってますね。どなたのものか分かりませんけれど用途に応じた衣装がひと通り揃えられているようです。一番大事なのは替えの下着があるかどうか。引き出しの中も見ておきましょう。
引き出しの中には普通の女性用下着の他に、見た目からして明らかに品質が異なるものが紛れております。手に取り、広げてみました。
「…………なんですの、これは」
それは薄絹で作られた扇情的な夜着でした。